第44話 あとしまつ

【アキ視点】。:+* ゜ ゜゜ *+:。:+* ゜ ゜゜ *+:。:+* ゜ ゜゜ *+:。



「あやしい……」


 出社して朝のミーティングを終え、業務デバイスで、おとーさんの今日のスケジュールをチェックしている。


 なぜって?


 おとーさんと一緒の部隊に配属されて、一緒の部屋で仕事ができると思ったら、ケイカ姉さんのゴリ推しで、普段の仕事部屋は別々にされてしまったからだ。


 そりゃおとーさんの予定は娘として把握しておくべきでしょ。



 ――で、だよ。


 本日、おとーさんの午後の予定が【外出⇒直帰】となっている。


 これが営業職ならお得意先へ外回りに行くと見せかけ、パチンコ屋に行って負けるまでがセットだ。


 なんなら、負けた悔しさを忘れようと、まっすぐ家に帰って寝る。


 朝になって日報も何もしていない事に気が付き、慌てて出社。


 その無限ループだ。


 最終フェイズはクビ。


 ――と、おとーさんから聞いた話だ。私はそんな経験したことがない。




 いや、そんな話じゃなくて、ウチのおとーさんの場合……



 ⇒⇒⇒⇒⇒⇒【風俗直行】⇒【賢者タイム】⇒【直帰】



 ・・・・・・



「いかーん!!!」


 あたしは席から立ち上がった。


「ひえっ!?」


 隣の隣にいるジャンが反応して怯えていた。


 何この人、こんなキャラだっけ?


 二つ向こうの席なのに、あからさまに怯えられるとこっちも迷惑なんですけど。



「アキさ~ん、何かあったのですか~?」


 隣の席にいるしまこが聞いてきた。


「ちょっと家に忘れ物したから取りに帰る。もう帰ってこないかも」


「えー!?帰ってこないなら仕事に来た意味ありますかー??」


「あたしには必要なものなの。すまない、しまこ!さらばだ!」


 シュタッ!っと仕事場から立ち去った。



 。・゜・。。・゜・。。・゜・。。・゜・。・゜・。。・゜・。


「アキちゃんが変な行動に出る時って、大体隊長絡みよね?」

「おい、今日アディは“アレ”に行ったんじゃないのか?」

「そうっすね~。ボク、最初見た時、胸が痛くなったっす」

「ワタシも言葉が出なかった」

「しまこ、お前の言葉と胸は薄っぺらいんだよ」

「なんですとー?」

「アキちゃん、お父さんのあの姿を見て、落ち込んだりしないか心配ね」


 一同は唸った。


 。・゜・。。・゜・。。・゜・。。・゜・。・゜・。。・゜・。



『こら、どこいくの?仕事に戻りなさい』


「セイカ姉さん、ちょうどよかった」


 セイカ姉さんから通信が入った。どこに居てもバレてしまう。


 壁と障子に目と耳がついているから隠し事ができない。


『あなたはいつも制御不能なのよ。どうして突然エスケープしようとしたの?』


「今日、午後っておとーさん外出って予定だったのだけど、セイカ姉さん何処へ行くのか知らない?」


『あなたの不振行動はそれが原因なのね。お父さん、今日の午後はちょっとした任務なのよ』


「ちょっとした任務って?」


『……あまり言いにくい任務』


「教えてくれないの?お姉ちゃん?」


 あたしは目をぱちぱちして上目遣いで……ってAI相手に上目遣いってどうするんだ?


 とにかく、妹に甘々なセイカ姉さんならきっと大丈夫。


『……はぁ~、まあ教えてもいいけど、見てもあまり気持ちのいいものではないわよ?取りあえず仕事に戻って』


 ちょろいセイカ姉さんに行き先を教えてもらったので、時間まで仕事に戻ることになった。



 · · • • • ✤ • • • · ·✤· · • • • ✤ • • • · ·



 セイカ姉さんに連れてこられたのは住宅街の一角。


 あたしは物陰から、指定された一軒家の入り口を見ている。



「セイカ姉さん、この家に何があるっていうの?」


 全く心当たりのない家だ。


 こんな昼間からおとーさんの用事とは……?



『黙って見ていなさい。見ればわかるわよ。それと、何があってもお父さんの仕事の邪魔をしない事!いいわね?』


「わかったよ。何なの?そんなに何度も念押しして」



 しばらくすると、組織の車が一軒家の前で停車した。


 車から降りてきたのは、黒のスーツ姿のおとーさんだ。



「何?何?おとーさんのスーツ姿……かっこよー!!」


 長身が良く似合うスーツを着こなしている。髪もセットしているし、なにこれかっこよ!!


 あたしは普段見ない姿に興奮した。



『ちょっと!バレるからあんまり興奮しないでちょうだい。見つかったら私も気まずいのだから』


「セイカ姉さんもわかるでしょ?めちゃかっこよくない?うちのおとーさん」


『もう、どれだけファザコンなのよ』



 再びおとーさんに視線を送ると。手には綺麗な布にくるまれた箱のようなものを持っている。


「あれは……」


 あたしは良く知っている。


 骨壺が入った箱だ。


 おとーさんは目標の家のチャイムを押すと、インターホンでなにやら話している。



「セイカ姉さん。あれって?」


『数か月前に処分したアライコウジよ』


 アライコウジ、たしか数か月前、風の魔法使いだったアライコウジか。


 あたしが氷の槍で瀕死状態にして、おとーさんがトドメを刺した帰還者だ。


「――ということはこの家って」


『そう。帰還者アライコウジの家族の現在の住まいよ』



 しばらくすると、壮年の男女が家から出てきた。


 壮年の女性はおとーさんから桐箱を奪い取るように受け取り、箱を抱いて泣き叫んでいる。


 おとーさんは一歩下がり、お辞儀をしたところで壮年の男性がおとーさんに掴みかかり、おとーさんを殴った。


 おとーさんは避けることもガードすることもせず、ただ殴られ続けていた。


 顔面を殴られ鼻血が出て、口内も切ったのだろうか口から血を滲ませている。


「…………」


「……セイカ姉さん、なんでこんな事おとーさんがしているの?おとーさんの仕事は戦う事でしょ?」


 おとーさんが殴られている事実に、はらわたが煮えくり返る想いだけど、一生懸命抑えている。


『そうね。別にやらなくていい仕事よ。ただ、これはお父さんが言いだしてSAVに入ってから、ずっとこの業務を続けているわ』


 おとーさんは、もう何回もこんなことをしているなんて知らなかった。



 あたしは出ていくタイミングを逃してしまい、後悔する。


 なんであたしは出ていけなかったのか。


 殴られるならあたしも一緒だろう。


 だけど、おとーさんの立ち姿からは言い表せないのだけど「誰も入ってくるな」みたいな雰囲気が感じられた。


 あたしの勝手な言い分、言い訳なのかもしれない。


 だからあの間に入る事が、おとーさんを庇いに行くことができなかった。


 多分だけどおとーさんもそれを望んでいないだろう。


 アライコウジの父親とみられる壮年の男性は殴り疲れるまで、あたしのおとーさんを殴り続けた。


 あたしの大切な人が殴られているけど……殴り返したいけど、それができない。


 何故ならあの壮年の夫婦があたしたちなら、彼らと同じことをするからだ。


 黙って見ている事こそ、あたしの罰なのだろう。


 あたしは目を背けずおとーさんを見ていた。


 だけど視界はどんどん崩れて前が見にくくなっていた。目に涙が溜まっていたからだ。



 キリリとキメていたスーツ姿のおとーさんは、壮年の夫婦が去って、一人になった時には血で汚れ、髪は乱れ、みすぼらしい姿になっていた。


「アキか……」


 おとーさんは殴られ続けたけど、その場で倒れ込むことなく立っていた。


 あたしがおとーさんに近寄ると、あたしに気付いて声をかけてくれた。



「おとーさん……」


「へへ……カッコ悪いところを見られちゃったな」


 あたしは黙っておとーさんを見ている。


「なんでこんなことしているの?」


 血まみれの顔でニコッとあたしに笑顔を返してくれた。


「必要なことだと思ってな」


「それは、わざわざおとーさんがする事なの?」


するとおとーさんは少し考えて――


「今の俺に必要な任務だと思っている。ここは仮想世界じゃないからな」


「そっか、よくわからないや……だけど」


「ん?」



「あたしはおとーさんが傷つくのはやだ」


「それはその顔を見ればわかる。アキ、さあ帰ろう」


 あたしの目にたまった涙がこぼれた。


「うん…………うぇ…うえーーーーん」




 おとーさんに連れられて、車に乗り込んだ。


「ところでセイちゃん、どうしてアキがここに?」


『…………』


「セイちゃん?ラグった?」


『…………』


「セイちゃん、なんか怒ってる?」


『え?うん?何かしら?』


「今日の事、アキに教えたのか?」


『……そうね、私、アキには甘いのよ』


「それは知ってるぞ……まあいいか。変に疑われるより良かったのかもしれないな」


『お父さんの行動はいつも変だもの』


「なんだそれ!?いつもそう思われてたの!?」


 セイカ姉さんとおとーさんは軽口をたたいてじゃれていた。


 多分、泣いていたあたしを元気づけるための気遣いだと思う。



「おとーさん、ヒールするからそのままじっとしてて」


「あ、いいんだ。家に帰ってからでいい」


「――? そうなの?」


「そうなんだ。くぁ……ちょっと眠いから家に付いたら起こしてくれ」


「うん?わかった」


 そう欠伸をしたおとーさんは目を瞑って黙ってしまった。




『――アキ、そのまま私の話を聞いて』


 セイカ姉さんから個人通話が入った。おとーさんには聞こえていない。


『さっき言った、なんでこんな事しているのかと言う話だけど、お父さんは私にも何も話してくれなかったわ。ただ、思ったことは……お父さん、痛みを感じなくなったでしょう?』


『だから……痛みを忘れないために、こんなことをしているのだと思ったわ』


 あたしはセイカ姉さんの話を無言で聞いた。


 何が正解なのか分からない。


 この仕事がいい事なのか、悪い事なのか……ただ言えることは、あたしたち家族が生きていくためには必要なことなんだと思う。


 だけど、それだけじゃないんだよ、と、おとーさんは背中で語っているような、そんな気がした。






 ――その後、アライコウジの家族が住んでいた家が全焼したと、ニュースで知った。


 原因不明の不審火だったようだが、警察は一家心中として処理された。という事だった。

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