第45話 指令室へ

 

 今日は都心部にある指令室まで出張だ。


 なんでも先日の任務に関して俺から面着で報告せよ、とのことで呼び出しがあった。


 俺は50年間、仮想空間でビジネススキルを磨いていたわけではないのに、最近は会議だの勉強会だの尋問だの、人と対話する仕事が増えた。



「隊長…いえ少尉、お茶をどうぞ」


 今回は電車での移動だ。


 俺が知っている頃の新幹線の何倍も速い速度で移動している。


 隣に座っているのは、今回俺に同行するライドルトちゃん(♀)だ。いつもは「アツシさん」と呼んでくれているが、今日はお仕事モードなので少尉と呼ばれている。彼女は俺が考え事をしている間にお茶を用意してくれていた。


 アキはケイカと幼児セイカの護衛があるので、今回はお留守番である。



「ああ、ありがとうライドルト。最近はすっかり声も変わってしまって、男だった時の頃を忘れそうになる」


 ライドルトは女性用のジャケット、パンツ姿のセットアップを着用している。


 お茶を差し出すためにこちらを向いたライドルトのインナーから胸の谷間が見えた……しっかり膨らんだ胸が本物か偽物か気になるところだ。


 ……偽物だよな?



「当時は意識して低い声で話してました。気を抜かないようにしていましたし……どちらかと言うと今のほうが普通に話せています」


「そうなのか、気を使っていたんだな。配置が変わって仕事の事とか不便はないか?」


 前の任務で処分対象となってしまったライドルトは、俺が監視することで一時的に処分を免れているが、色々と行動に制約があり、現在ケイカのオフィスがある隣の秘書室で俺と業務をこなしている。


 今日の出張も本来ライドルトに用事はないのだが、俺が居なくなると監視役が居ないため同行させた。


「不便は…ありませんが、私のせいで少尉にご迷惑をおかけしている事が心苦しいです」


「そんなことはないぞ、ライドルトはよくやってくれている」


 ライドルトはウチへ居候した頃から、朝は俺がランニングに行っている間に洗濯物をして、午後は帰宅後、家中の掃除を欠かさずしてくれている。


 彼女なりに役に立ちたいと一生懸命なのが伝わっているから、安心してほしいのだが、今は本人のやりたいようにやらせている。


 最近では俺から料理を教えてほしいとお願いされて、現在は花嫁(?)修行中だ。


 人見知りの幼児セイカも最近は慣れてきて「らーどちゃん」と野性味あふれる脂ギッシュな名前で呼ぶようになった。



「私に何か至らないことがありましたら、いつでもおっしゃってください。この新しい生活も少尉のおかげなのですから、これからなんでも頑張ります」


 前のめりでやる気を出されてしまった。


 なんでもと言われて、すぐにエロいことを連想してしまった事から、ライドルトはもう男から女の認識になったのだなと実感した。


 そして俺の心は汚れている…いや、そういう目で見たらアカンやろ。


「そうか、これからもよろしくな。それはそうとライドルト、お前が居た国の文化もまあ…性別も違うのだから何かしてほしい事があれば遠慮なく言うのだぞ?」


「はい!わかりました!」


 こんな感じで指令室までの道中は過ぎていった。



 ─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─



 ――目の前に司令官がいる。


 おかめのお面を付けた全身グラフィックのアバターだ。


 これお面付ける意味あるのか?



「――任務ご苦労様でした。貴方がSAVに加入してから帰還者処分の成功率が上がったと聞いております。これからもご協力をお願い致します」


 お面なのに口が動いていて、見た目気持ち悪い。



「いえ、今後もさらに向上させるよう励みます」


 自分が所属しているとは言え怪しい…謎の組織とはこんな感じだと言わんばかりの怪しさだ。ここはビジネスライクな会話で終了させて、さっさと家に帰ろう。


 今日、出来るだけ早い時間には帰るとアキに言っているので、俺の分も晩飯が用意されているだろう。



「ところで、貴方は50年間も身柄を拘束されて、我々に恨みなどありませんか?」


 は?なんの面接だこれは。今更、気持ちに決着をつけた事柄を持ち出されても回答に困る。


「何もないと言えば嘘になりますが、自分自身すべきことが明確にありますので他の事は考えないようにしています」


「そうですか。すべきこと、とは?」


「家族と一緒に居る事です」


「……50年も理不尽に拘束されて、なお家族との時間を取ると?…年を取らなくなるとそんな思考になるのか。貴方は家族から巣立つ気はないのでしょうか?」


 ……何を言っているんだ?


 巣立つのは子供の方だろう?俺が家族に依存していると言うのならその通りだが。



「価値観はそれぞれです。家族がいるからこの任務を行えています」


「では、家族が居なくなれば、貴方は永久ともいえる時間をどう過ごしますか?」


 暇つぶしの問答か?今、何を答えても薄っぺらい回答になる自信があるぞ。


「わかりません……が、わかることは時間を無駄に使う事くらいでしょうか」




 ――こんな感じで司令官とのとりとめのない質問で時間は過ぎた。その後は、俺の生い立ちから家族構成、あまり言いたくなかったのだが女性遍歴まで答えた。


 話していてわかった事は、なぜなぜ期の子供と話しているような気分だったこと。


 見た目アバターだから、わかる事なんてそんなもんだろう。




「では、また会いましょう。それまでお元気で」


「……失礼します」




 ……どっと疲れた気分だ。


 幼児セイカがいかにいい子だという事がよく分かった。早く会いたい。



「お待たせライドルト。とっととここから出て行こう」


 司令官の部屋の扉を閉めた後、肩を下ろして待合室で待っていたライドルトに声をかけた。


「すごく疲れていますね、少尉。そんなに怒られたのですか?」


「まあそれは後で話す。とりあえず外に出よう」


「わかりました」


 俺が早足で歩く後ろをライドルトが小走りでついてくる。


 ひとまずAIセイカに帰宅することを報告しようと、歩きながらデバイスを操作したが


「あれ?デバイスが操作できない。通信障害か?」


「え?そんなこと…さっきまで私使っていましたけど……あれっ?本当だ、使えなくなってる」




 ――ライドルトと二人で色々試しながら指令室のあるビルを出た時だった。



「――!!」


 声をかけている暇など無い。


 無言で隣に居たライドルトを突き飛ばした。


「きゃ!」


 ライドルトは不意に突き飛ばされたので軽く悲鳴を上げて倒れた。


 俺たちの後ろにあるビルの出入口のガラスが割れ、細かくなったガラス片を浴びた。


「ライドルト!狙撃だ!建物に入れ!」


「は、はい!」


 走ってビルに戻ると、警報が鳴り響き、武装した警備員がぞろぞろと出てくる。


 俺はデバイスを動作確認したが、やはり通信はできないようだった。


(セイカが居ないと追えない……か)


 弾道から予測して狙撃ポイントはここから約700mほど離れた高層ビルからと予測する。ここから現場まで行ったとしても逃げられていると判断し、警戒しつつも避難をした。

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