第17話 デッドヘッズ【12:22】
『処分は失敗したけど、まずはお疲れ様でした』
AIセイカが微妙に嫌味を含んで労(ねぎら)ってくれる。
先ほど、帰還者の四五口(しごぐち)と神崎を取り逃がしてしまった後、緊急事態とセイカから連絡が入りロジャー、Jと別行動になって俺一人(AIセイカもいるけど)移動中だ。
「……悪かったよ。人数が少なかったからとかアキが居なかったからとか言い訳はしないよ。で、なぜ分けたチームをまた解体する必要があった?俺一人にするってことは何か重要なことがあるんだろう?」
『ええ、そうよ。ここから空港まで行く予定なのだけど、この車で到着時間が15分ほど。これからのことを15分で話すから聞き漏らしの無いようによく聞いて』
セイカに見えるように頷き返して説明を促した。
『まずは重要度の高い事案から説明していくわね。地点U-6でケイカが拉致されたわ』
「はあああああああぁぁぁぁ!?」
『黙って!……気持ちはわかるけど黙って聞いて』
いつも冷静なセイカだけど自分の姉が拉致された事に混乱した俺への語気が荒くなっている。いつもと違うセイカを感じて俺も冷静になった。
「……すまん。続けてくれ」
『前にも言ったけど、こちらの情報が洩れている可能性がある。今回ケイカを拉致した相手はI国の民間軍事会社を隠れ蓑にしたN国。
相手は国か……スケールの大きな話に俺の家族が巻き込まれている。いい加減にしてほしい気持ちよりもまずケイカを攫った命知らずに親父の鉄槌を与えてやりたい。
『今回富子を中心としたユニットでケイカの奪還作戦を立てたけど、人質の交換交渉で作戦を一時中止、現在空港にて待機中。アキには単独で気配を消してもらって空港付近で潜伏中』
「なぜアキだけ別行動なんだ?ユニットメンバーの生存率に係るだろう?」
『理由は二つあるわ。まず犯人を特定するきっかけとなったのはウイルス攻撃だけではなく、敵側にイズライール・ブルース軍曹がいたわ。これがその時の映像よ』
デバイスのモニターに動画として映し出されたのは富子ユニットとの戦闘中の映像だ。
ざっと敵側の人数は30名くらい。うちの
敵側は光学迷彩を使って隠れながらこちらに銃火器で攻撃しているがおそらく安い海外製の物なのだろう、一瞬、姿が見えてしまう時がある。その瞬間を撮ったものだった。
「――――!」
イズライール・ブルース……金色の短髪に口ひげ、鍛え抜かれた肉体、肩に両刃剣のタトゥーが見えた。あれはSAVの元隊長、通称イジーが映っている。
「……イジ―は死んだと聞かされているが」
『そうね、イズライール・ブルースは死んだと報告されているわ。帰還者の攻撃で遺体も残さず蒸発したと』
イジーはIONの仮想空間では戦友だった。俺が目覚めたときメンバーからは死んだと聞かされ、優秀な戦士が居なくなったと残念な気持ちだった。
『一旦その話は後。理由の二つ目だけど、そのイズライール・ブルースに加えて帰還者も敵側の一員として参加していた』
――状況は最悪。ただ……
「アキは?アキが居てなんとかならなかったのか?」
『……実はこの襲撃について私は敵国の行動について予測済みだったの。ケイカ自ら囮(おとり)になって敵国とその周辺をあぶりだす作戦だった。だからアキにはケイカの殺害が目的である場合はこれを阻止、敵の殲滅を指示していたのだけど、実際は拉致が目的だったのでアキには手を出さないように潜伏するよう指示したわ』
「無茶な……それで、ケイカを拉致した目的……交換条件とはなんだったんだ?」
『まずは富子ユニットの攻撃を中止。ケイカを開放する条件としてオギツキ アキ、ライドルト・シュライザーの引き渡し、及び釧路空港に逃走用の航空機を1機準備をすること』
「分かりやすくて助かるな。この交換条件に関して本部は?」
『9対1で交渉前に本社内で否決、ただし作戦の為の人的、金銭的物資は準備すると』
「現在負傷者は?」
『今のところ負傷者、死者はなし。ケイカ含めて全員バイタルのモニターができているわ』
全員無事か。ひとまず落ち着いて行動ができそうだ。
俺たちの敵は帰還者だけではない。利権を求める欲は世界中で渦巻いているという事だろうか。
『話を戻すと、潜伏待機中のアキには人質交換の際、ケイカの奪還と帰還者の処理を指示している』
アキはSAVの隊員でもないのに重要な役割を……いや帰還者がいるんだ。俺達では不意打ち以外で太刀打ちは難しい。
「ちなみに帰還者の名前は?」
『仮面をしているから映像から予測一致率は94%なのだけど、動きから見て左陶毬子(さとうまりこ)で間違いないと思うわ。今のところ視覚情報で確認されている帰還者は左陶一人だけ』
――左陶毬子
ゴーレム使い、土系統の魔術師。
俺が仮想空間から目覚める前、帰還者として組織のリストに入っている人物だ。アキと因縁があるとも聞いている。
ION内に左陶の戦闘データが入っているが、俺はこいつには仮想空間で一度も勝った経験がない。
帰還者同士で徒党を組んでいるという話があったと思うが、この左陶もそのグループの一人だ。現在確認されているグループの人数は4名(うち、萱沼は俺が殺したので3名)リーダーは剣干賢人という帰還者だ。
「このタイミングで処分対象目標(帰還者グループ)が出てきたってことはいよいよこの件はきな臭いな」
『そう。N国がこの帰還者グループを匿っているのは高確率でクロね。さっきも言ったけど、この仮説の裏どりが得られれば、このミッションの完了としているわ』
ケイちゃん……。お前が命を懸けてまでやるミッションなのか?これは。
『さて、細かい質問は時間が余ってからするとして、ここからお父さんと2人きりになって話したかった内容よ』
これで質問は終わりと言うようにセイカは話を続ける。
『イズライール・ブルースとライドルト・シュライザーの関係は知ってるわよね』
「もちろん知っているよ」
『よろしい。ではこれからライドルト・シュライザーと北海道に行き、任務にあたってもらいます。作戦は機内で伝えるわね』
《ライドルト》*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.。
一人きりになるとネガティブな方向に考えてしまいがちだ。
僕だけ今日も待機命令を言い渡されてしまった。
今のSAVで役に立つ機会が無い?僕に存在価値なんて無い?
イジ―がいた頃と比べて今は出動回数が減った。
そりゃそうか。僕の仕事はSAVのサポート及び、取り逃がした帰還者の捜索、そして彼らに取り入り、暗殺する。
イジーからそういう仕事を与えられたときは「そんなこと本当にできるの?」と当時は疑っていたがイジーの為に頑張ってみたら成果が出た。
今では僕の見た目を最大限利用した仕事だと思っている。
僕が同性、異性からそういう目で見られている事を自覚している、特別なことをしなくても女性からは言い寄られるし、体つきが華奢で肩幅も広くない。男性にも寄り付かれるし、セクハラなんてしょっちゅうだった。
誰かの役に……イジーの役に立ってる事が嬉しくて、嫌なことでも我慢できた。
でも今はどうだ。イジーは死んでしまって残された僕はもうお払い箱ではないのか?
だが、この仕事を始めるために戸籍、人権を捨てた。もっとも僕にそんなものはあってなかったようなものなので、どうでもよかったのだけど――ただ、ここ(SAV)を辞める事は死を意味する。
結局僕はイジーに守られていて自分一人では何もできない……そう、出会った頃から。
自虐的な思考は良くない。切り離してイジーのことを思い出す。
僕が彼と出会った時、彼はアメリカ陸軍の特殊部隊にいた。それに対して僕は何もない、何もできない子供だった。
・・・・・・
僕が生まれ育った土地は平和な町だった
実家で営んでいたガラス工房、両親の苦労もあり、幼少期の僕は比較的不自由のない生活ができていた。
12歳の頃、戦争が起きた。宗教絡みの戦争だ。
両親が死んだ。身寄りのない僕は戦争孤児となった
訳が分からないまま両親の死を受け入れる時間もないまま、孤児院に連れて行かれて新しい生活が始まったのだが、そこに居場所はなく、子供の自分は守られている事もわかっておらず、自分はかわいそうな人間だと決めつけて、大人の都合で過酷でかわいそうな生活を強いられていると決めつけて、結局外の世界へ飛び出した。
世界は優しい世界ではなかった。戦争中の巻き込まれた世界とは狂っているのだ。
知らない街を子供一人で歩いていれば、男に襲われる。
お金を持っていない子供は体を奪われる。
何度も、何人にも犯され、やがて仲立ちが現れ、僕で金を稼ぐ者も出てきた。
僕を犯した奴の顔は思い出せないけど、体を売って稼いだ少ないお金でパンを買った時、パン屋のおばさんが僕を見る時の目をよく覚えている。そのくらい僕はその街で有名だったのだろうか。
大人が子供に向けて見る目ではなかった。そこで初めて自分は汚れていると実感した。
最初の取り分でご飯を買うこともできたけど、やがて僕への分け前は無くなり、食事は現物支給となった。
やがて地獄のような日々は終わったかと思った。
仲立ちしていた人物が殺された。殺したのはこの町の娼館に関わる男だった。
無許可で商売した罪で仲立ちは娼館に裁かれた。
僕は娼館に連れて行かれ、きれいな服を着せられ、化粧をして男娼になり同じ業種に転職を果たした。
路地裏で男の相手をするより暮らし向きは幾分よくなったが、人間関係でミスをした。
前々から僕のことを狙っていたと言う同じ娼館で働く娼婦に襲われ、男としての初めてを経験した。
幾度となくその娼婦との関係は続き、やがて娼館に見つかってしまい……
――僕は性器を失った。ボコボコに殴られた挙句、娼館の人間に切り取られてしまった。
そこで僕は男ですらなくなった。
この世に絶望し救いは無いと思った時、イジーが現れた。
この娼館を取り仕切っている男が国際的なテロ組織の幹部だったらしく、当時陸軍特殊部隊だったイジ―がその男の捕獲作戦に参加していた。
イジーは娼館でボロボロになっていた僕を保護して、本国まで連れて行ってくれて面倒を見てくれた。
その後、IO-MOSAへ僕の傷の治療と心のケアの為、ION(仮想世界)に入る事になる。
仮想世界で最新の医療と、最新の教育を受けていた。それに加えて護身術と銘打った暗殺術も。
その後知ったのだけど、僕の治療のためにイジーはSAVへ入隊したのだと聞いた。
僕はともかく、SAVに入隊するという事は今まで築いたキャリアをすべて捨てるという事だ。
なぜそこまで僕の為にしてくれたのか、理由がわかるようになる時間もなく、イジーは死んでしまった。
僕ができる恩返しはSAVで任務を全うし、イジーを殺した相手に敵討ちする。選択肢の少ない僕にはそれしかできない。
「イジ―……」
自分のすべきことはわかっている。でも非力な僕がどうやって……。
デバイスに通知が来た。すぐに内容を確認をする。
【出動指令】ライドルト・シュライザー隊員 5分後正門に迎えが来るのでE装備で待機せよ
*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.:.,.。*:,.。
俺はパイロットスーツに着替えてこれから合流するライドルト君の到着を待っている。
有人飛行が可能な戦闘機を自衛隊から借り受けたようで、俺が操縦して北海道まで飛ぶ。
仮想世界で防衛省から発行された操縦のデジタルライセンスをちゃんと取得しているから問題はない。
余談だが現在の戦争による制空権の取り合いは無人戦闘機の性能によるもので戦闘機のスペックと操縦するAIのスペックで決まる。
戦争に人が関与することが少なくなって、終戦への落としどころがわからなくなってきていると話を聞いたが結局戦争で人が不幸になる事に変わりはない。
俺の目線の先に車がこちらに向かっているのを確認した。多分ライドルト君が到着したのだろう。
すでにパイロットスーツを着ていてこちらへ走ってくる。
「はぁっ、はぁっ。ライドルト二等兵曹到着しました!」
俺に向かって敬礼をする。
「よし、これから北海道へ向かい、任務を開始する。その前に――」
装備していたハンドガンを出して銃口をライドルト君に向ける。
ライドルト君は何事かとビクリを体を反応させた。
「この任務について事前に説明を受けているか?」
「受けておりません!」
大きな声で返事をした。ライドルトの緊張を表しているのか、さっき数十メートル走ったせいか分からないが、汗が止まってない。
「……これから行くところにイジーがいる。だが敵だ」
「イジ―が……生きていたのです……か!?」
ライドルトの目に光が灯ったようなきがする。俺が仮想世界にいた頃をライドルトについて思い出した。以前はもっと生き生きしていたような記憶があった。
「さっきも言ったが敵国兵士としてこちらは認識している。実際情報漏えい問題が発生した事から貴様が監視対象になっていた」
「……イジ―と私がつながっていると疑っているのですか?」
「当たり前だ。そのせいで俺のケイカが危険な目にあっている。それにSAVに無用な危険に巻き込まれるかもしれない」
俺は本音と苛立ちを隠さない。
「私をどうするつもりでしょうか。ここで殺しますか?」
「お前の回答次第だ。これから俺がする質問に答えろ」
「はい」
ライドルトは俺の目を真っすぐに見ている。
「今から行く先でイジーに会ったらお前は俺達を裏切り、ヤツに付いていくか?」
「……わかりません」
「そうか、では乗り込み開始だ。ただし、俺の判断を鈍らせたり、作戦の支障になるようなことがあれば即射殺する。心して任務に当たれ」
「――???……はい」
ライドルトは意味が分からないと言った顔をしたが、一々説明する暇もないし拉致されてしまったケイカにどのくらいの時間の猶予があるのかよくわからない。
俺は持っていたハンドガンをしまい、急いで戦闘機乗り込み、離陸準備を開始した。
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