第14話 デッドヘッズ【10:55】

 

「うおぉぉぉ!アディーック!今日のメシが不味くなっちまうよ!早く指示をくれ!」



 ――仲間の怒号と大量の銃弾が飛ぶ。


 アディックというのは俺のあだ名だ。衛生兵(メディック)と呼び間違えたわけではない。


 ここはビジネス街、とある会社のビル8Fオフィスだ。周辺は人払いで侵入規制されているためゴーストタウン化している。


 非常に珍しい……というか自宅以外の場所で帰還者が発現する事は初めてのパターンだ。



「冷静になれJ(ジェイ)。実弾は通じないのだから無駄弾を撃つんじゃない。あくまで反撃してきた時のけん制に使える範囲で撃て」


 俺は50年で得た知識を総動員して敵に対し有効な手段を考えていた。



「すぅーー……」


 一呼吸おく。いつものゲン担ぎだ。



「……HQ、指示はあるか?」


『人型の霧状浮遊物に関しては現在解析中よ。逃走中の神崎鳴子(かんざきめいこ)に関しては処分を優先とするが、まもなく規制エリア外に入る。状況に応じて柔軟に対応してください』


 丸投げかよ……帰還場所と同じく初めて見るパターンで帰還者は目視はできるが実体を持たずに霧状になっている。つまり霧人間だ。


 当然だが、霧相手に銃を撃っても負傷することなく弾はすり抜けている。


 Jは空を浮遊している霧勇者を監視中だ、変わらず反撃はない。逃げたい以外の意思はないのか?


 しかし……なんというか、勇者のイメージを悪い意味でぶち壊すような奴だ。とても勇(いさましい)者(もの)とは思えない。逃走に特化したような魔法で、今まさに有効活用されて我々から逃げようとしているところだ。


 百歩譲ってこの霧勇者は逃げられたとしても言い訳できるし諦めはつく。


 ただ、この霧勇者の逃走に一人協力者がいる。こいつはタダでは逃がしたくない。


 何故ならその協力者とは以前取り逃がした帰還者だからだ。



「ロジャー、あの女にターゲットペイント弾を撃て」


「了解」


 現場のビル8Fの窓を吹き飛ばして霧勇者の逃走を手伝って、その後地上まで飛び降りて逃走している神崎。


 もうすぐ侵入規制範囲外まで逃げられてしまう。


 ロジャーは持っていた自動小銃からライフルに持ち替えて、もう一人の帰還者にペイント弾を二連射で撃った。


「ヒット」


 デバイスのスコープモードで確認すると、一発目の弾丸は避けられたが避けた先に二発目の弾が命中した。神崎の背中から首にかけてペイント塗料が付着した。


 何度も見たとはいえ、ライフル弾を避けることに驚いていたが、避けた先を読んで二発目で弾を当てるロジャーも大したものだと感心する。



「おわあぁぁぁ!!」


 Jが悲鳴を上げている。こちらは光学迷彩の装備をしているのに銃で撃ちまくっているので位置は完全にばれている。ペイント弾の反撃とばかりに鋭利な氷の刃が無数に飛んできた。ライフルでしか届かない距離にいるのに相手は普通に届く距離らしい、油断はできない。


 霧勇者の方を目で追っていたJが当たりそうになりながら物陰に隠れて銃を構えた。


 このペイント弾はコンビニの店舗によくあった防犯用のカラーボールのようなものではなく、当たればペンキのように色が付く。


 ただ色が付くのはダミーだ。


 皮膚に付着すると塗料の色の部分は洗えば取れる。だが塗料を洗えば内容物に水と反応してGPSの役割を果たす粒子が混合されており、そちらは数日は沈着して取れない。


 デバイスを確認すると神崎の位置情報を確認できた。


 うまくいくとは考えにくいが、逃走している帰還者に対して深追いは厳禁だ。高確率で返り討ちにあう。



「被害はあるか?」


 ロジャーとJに先ほどの被害報告を確認する。



「マルヨン、危なかったが問題なし」


「マルニ、ライフルがやられた」


 目視で確認すると、先ほど神崎に撃ったロジャーの持つライフルが氷漬けになっていた。どういう原理なんだ。ともかく当たるとヤバいな。


 一旦、神崎を追うのはやめて霧勇者のほうだ。


 今、霧勇者は空中を浮遊したまま風に流されている。こちらも攻撃をやめたので、組織のドローンが霧勇者を近くで監視している。あれ、ゴミ袋とかに入れたりできないかな。


 ともあれここは俺たちだけではどうすることもできない現場だったな。




(――アキが居てくれたらなぁ)


 少し前の自分の行動を後悔した……アキは今回別行動で違う現場にいるはずだ。ケイカも同行しているのでアキとの別行動が可能となった。


(まあ、昨夜のアレが記憶に残ってたから気付いてない振りをしていたけど、本当は俺も気まずかったのかもしれない。別行動と聞いてアキめっちゃ怒ってたし後でちゃんとフォローしておかないと……)


 俺はそばにあったオフィス備え付けの消火器を手に取り、陸上競技のハンマー投げよろしくグルグルと回転して霧勇者に向かってスローした。



「こーのーまーまーじゃー!夢精するわーークソボケー!!」


 掛け声とともに力いっぱい投げた消火器は放物線を描き、霧勇者に届いた。が、弾丸同様すり抜けて対面にあったビルの窓ガラスが割れてしまった。



「おー届いた」


『ちょっと!マルイチ何やってるの!?』


「消火器がアイツに有効か試しただけだよ?」


 沈黙していたHQセイカから通信があったが「俺が何か悪い事したの?」みたいな言い方で返事をした。



「あひゃひゃ!いいな!アディクト!俺も試してみるわ!」


「俺はーワーキーガじゃねえー!」

「奥さーん!帰ってこーい!」


 Jとロジャーも同じくオフィスにある適当なものを霧勇者に投げつけた。



『あなたたち!やめなさい!や、やめろー!』


「「「あははははは」」」


 ・・・・・・


 その後、普段のストレス解消とばかりにオフィスにあった投げられそうなものを3人で爆笑しながら霧勇者に投げつけまくった。


 なんというか、男の職場はこうあるべきだよなと思った。


 後でセイカにめちゃくちゃ怒られるだろうなとデバイスに意識をやるとタイミング良く通信があった。



『緊急事態よ。マルイチ、マルニ、マルヨンは直ちに帰還。SAVブリーフィングルームに集合してください……一部訂正します。マルイチは個別の指令がありますので、ここからは別行動となります』


 連日のスクランブルで嫌な予感はしていたのだが、何かあったか……ひとまず次のミッションに移行だ。



『HQからの指示は聞いたな?マルニ、マルヨンはSAVブリーフィングルームへ直行だ。ここから現場の指揮はロジャー、頼む』


 HQに聞こえるよう通信をしたまま俺はロジャーの目を見て言った。



「おいアディ。あんた、不安な感情が顔に出てるぜ。その顔は良くない。こっちの事は俺に任せて行ってこい」


「すまんロジャー。俺はあんたが大好きだ」


「はぁ~?俺の事は~?」


 Jがわざとらしく聞いてきた。



「お前の事は信頼している。ちゃんとロジャーの指示を守って任務に当たれ……まあこれが終わったら久しぶりに飲みに行こう」


「かーっ!止めてくれよその死亡フラグみたいのはよ~。まあ俺は悪運が強いんだ。いざとなったらいつもみたいに逃げるよ」


『HQ。これからマルニ、マルヨンと別れ、地上で待機している車……車とは俺の車に乗り込めばいいんだな。この現場の引継ぎは?』


『マルイチ、あなたの車です。引継ぎはこちらでやります。急ぎ次の任務にあたってください。詳細は移動中に話します』


『了解』



 俺は二人と別れ車に乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る