第53話 JCクライシス▓▓▓

 

 週の真ん中、大体個人経営の飲食店なら大体定休日。


 どうも、今日は俺の店の定休日です。



 一人で過ごしていた頃は前日の酒が抜けるまで眠っていたが、今は違う。


 早起きをして、二人分の朝食、あとアキの弁当と昼食の間に食べるおにぎりを握る。


 アキが起きているか確認するため部屋の前まで行き、扉をノックする。



『アキ、朝ごはんができたぞ。起きてるか?』


 部屋の外から声をかけると扉が開き、出てきた寝間着姿のアキに手を取られて部屋の中へ引き込まれる。



『おい、まだ朝ご飯の準備が――』


『そこ、座ってください』


 新しく買った姿見鏡の前に座らされ、髪を梳(と)かれる。


『じっとしてください。寝ぐせがついてます』


『あ、ああ…ありがとう』


『今まで無頓着だったでしょう?ちゃんとしてくれたら――いいのに』


『わかった。ちゃんとする』


 最後、アキの声が小さくて聞き取れなかったが、二つ返事で即答した。



『え?いいの?こだわりとかあったりしないの?』


『寝ぐせ頭にこだわりなんてないだろ?今まで一人だったからその辺はあまり気にしなかったのだけど、今は一人じゃないしな』


 アキの顔を見ながら言うと、少し照れ臭くなったのか目を逸らされてしまった。


 ハルとこの娘が来てから、俺を取り巻く環境は変わった。ならば俺もその環境に変えなければいけない。



『もういいか?アキ。登校の準備はできたかい?』


『うん。あの…あたし着替えるから』


『ああ、出ていく。アキ、コーヒーに砂糖は?』


『砂糖はいりません。ミルクを多めにお願いします』


『わかった――』




 その後二人で朝食を済ませてアキの学校まで送り届けた。


『さて――』


 俺はスマホを取り出してハルに報告メールを送信、そしてアドレスから一件通話ボタンを押した。



 ・・・・・・


 ・・・・


 ・・



 俺個人の用事が終わり、アキの学校付近、指定のあった場所辺りで車を止め、アキの下校を待つ。


 今日は俺の休みにアキからインテリアなど見たいと言われたため、北欧の大型家具チェーン店がある街まで行くことになった。


 すでに学校が終わったからそちらへ行くと言うメールを確認したので、間もなく来ることだろう。


 そんなことを考えていると制服姿のアキがこちらの車を発見して、手を振りながら小走りでやってくる。



『アッくーーーーーーーんんええええええええええええ!?髪切ってるーーーー!?』


 アキは奇声を発し、こちらに向かって走ってきた勢いで転びそうになっていた。


 俺はアキを学校へ送り届けた後、一度家に帰って髭を剃り、知り合いの美容師に連絡して伸びきった髪を切ってもらった。整髪料を使ってセットしてもらっているが、飲食をしている関係上、明日からは自然な感じにしていると思う。


 そういや聞き逃しそうになったけど、今アッくんって言ってなかったか?俺の事?



『お疲れ様、アキ。この髪どうかな?ちょっとはマシになったか?』


『うん、すっごく良い!!カッコいいよっ!』


 サムズアップして答えてくれたアキは声も威勢も良かったのに、しばらくすると、朝同様また下を向かれてしまった。視線を合わせてもらえない事から、まだまだ俺への好感度は高くないのかもしれない。


『ん?アキ、どうした?』



『――あのっ!』


 アキとは別の方向から呼びかけられた。



『ん?誰かな?アキのクラスメイト?』


 アキと同じ制服を着ている女の子が間に入ってきた。



『あ、そうだったアッくん、こちらハンドボール部の部長でドレミ先輩』


 昨晩アキから聞かされたことを思い出した。多分俺の呼び方が変わっているのもそういう事だろう。


 学校で変な噂話にならない様に、ここは察してアキにの要求に応えなければならない。



『こんにちは、ドレミさん。俺はオギツキアツシです。アキがいつもお世話になってます』


『は、はじめまして。私はカワオトドレミと言います。あの、アキさんに彼氏ができたと聞いて…それが年の離れた男性だと』


 少しおどおどしているが単刀直入に心配していると言いたいのだろう。いい先輩じゃないか。



『なるほど。俺にアキが大人の男に騙(だま)されていないか心配して来てくれたんだね?ドレミさんは責任感の強い部長さんなんですね』


『ええ、はい。本当に彼氏なのかを確かめに来たのもありますので』


『そっか。アキを送り迎えしているのは、アキのお母さんに頼まれて、今は俺の家から通っているからなんだよね』


 一部情報を隠しただけで、ほぼありのままだ。嘘は言ってないぞ。


 アキの方は今のセリフを聞いてかどうかはわからないが、掴んでいる俺の腕を何度も握って緩めての繰り返しで感情を表現している様だった。



『え……?同棲……親公認……結婚を前提に?』


 途中から盛大に勘違いをして、あからさまにショックを受けている表情の○ラミちゃん、いやドレミちゃんに反して、ルンルンのアキはドレミちゃんにドヤ顔ダブルピースをしている。



『これからアキの新しい部屋にインテリアを買いに行く予定なんだけど、よければドレミさんも一緒に行かないかな?』


『あの、いえ……これから練習がありますので、私はこれで失礼します……』


 トボトボと肩を落として学校へ戻っていくドレミちゃん。俺言い過ぎたかな?



『とりあえず買い物へ行こうか』


『は~い♪』


 ここで立ち話していてもしょうがないので、車に乗り込み目的地への移動を始めた。



 車中でのアキは終始ご機嫌だった。どのくらいかというと、ふんふんと鼻歌を歌っているくらいにご機嫌だ。



『アキは今日、部活に行かなくて良かったのか?』


『ん~?ちゃんと事情は説明しているので問題ないですよ~~』


 アキの言葉が弾んでいる。鼻歌の合わせて左右に体を揺らしている。可愛い仕草にこちらも和んでくる。



『部長さん落ち込んでたな。悪いことしちゃったかな』


『ううん、大丈夫。人望も厚くて、ハンドボールも上手な先輩なんだけどさ~』


『もしかしてあの部長にも告白されたとか?』


『うん~、実はそうなんだけどさ、ちゃんと断ったのだけど、どうしても部活で一緒の時間が多いからなかなか諦めてくれなくって』


 すごいな、年上から告白されるのか?この場合「お姉さま」と呼んで欲しいとか?


『俺の対応で変な風に噂にならなけれないいけどな』


『それはすでに遅くてさ~、結構な噂になっているらしいから。今日のこれでしばらく女の子から告白されることもなくなると思うんだよね~』


『俺は女子に人気の女子中学生から夢を奪ったおじさんとして非難の的になるのか』


 こう言葉に出すと変な日本語だと思ったのだけど、こういう感覚がおじさんなんだろうな。


 だけどまあ正直あまり関わることのない世代だったので、どう言われようがどうでもよかったりする。



『まあ、そこはあたしがいるからいいじゃない』


 励ますようにポンポンと肩を叩かれた。この短時間で好感度が上がった気がする。


『はい。至上の喜びでございますよ、お嬢様』


『んふー!んふふふ~♪』


 俺のお嬢様は上機嫌で助手席で体を左右に揺らして小躍りしていた。


 その日は家具店で必要な買い物を済ませ、二人で外食して俺の休日は終了した。



· · • • • ✤ • • • · ·✤· · • • • ✤ • • • · ·



 次の日、朝いつものようにアキを学校から少し離れた所まで送ると……


 十名ほど制服を着た女子が待っていた。


 俺は車から降り、アキに大きな弁当袋を渡すと、待っていた女子に囲まれてしまった。


 早くも女子中学生に集団リンチされてしまうのだろうかと、俺は覚悟を決めた。



(うわ!アキちゃんの言った通りマジでカッコイイやん)

(何歳なんだろうね、わたしんちのおにいちゃんと交換してほしい~)

(アキちゃん、こんな彼氏いたら、告白された相手が学校の生徒ならそりゃ全部断るよね)

(ちょっとわたし話しかけてみようかな)

(マジで!?うち緊張して無理~~)


 女子中学生たちは集まってひそひそ話をしているが、全部聞こえている。



『あのすいません、アキちゃんの彼氏さんですよね?SNSとかやってたりしますか…?』


『え?SNS?一応やってるけど……』


『きゃー!アカウント名とかおしえてもらってもいいですかー!?』

『わたしもいいですかー!?』


 すごいぞ!JC爆釣や!って、これはまずいか!?


 恐る恐るアキの方へ視線を送ると……



『……よかったね!アッくん女子中学生にちやほやされて!!あたし警察行ってくる!!』


 超絶怒っていた。


『まて!いや待って!学校はそっちじゃない!アキ…!アキちゃーーーん!?』


 怒ったアキを見るのは初めてだ。学校と反対方向に早足で行くアキを必死に追いかけた。



 結局アキの怒りを鎮める事ができたのだが、何でも一つだけ言う事を聞くという事と、身なりを整えて良いのは店の営業中だけにしろとの指令を受けた。


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