第52話 始まる同棲生活▓▓

 

 今まで認知していなかった子供と出会って「じゃ、明日からお願いね」とフランクな母親から預かる事となった。


 その母親、ハル…あいつは相変わらず大雑把な女だ。それに付き合わされるアキちゃんの心中を察すると、優しくしてあげなければという気になる。


 衝撃的だったこの日を境に俺の生活はガラリと変わってしまった。



 まず、店の閉店時間が大幅に縮小。


 これまで夜は常連が帰るまで営業していたのだが、21:00で閉店時間とした。そして店で酒を飲むのを止めた。




『マスター、お疲れ様です……』



 学校、部活が終わった制服姿のアキが店にやってきた。


 数日前に初めて出会った男に対していきなり「お父さん」なんて呼びにくいだろうから、店では「マスター」と呼んでくれとアキには言ってある。


『お疲れ様、アキちゃん。腹減っただろ?晩ご飯作るから少し待っててね』


『はい。勉強していますので、急がなくても大丈夫です……』


 アキちゃんはカウンター席の端っこ――テーブルに置いてある「予約席」のプレートを外して、学校指定の大きなカバンから勉強道具を広げて、宿題だか復習だかをしている。


 小さい顔に合っていない黒縁メガネはしていない。普段は休日だけ着けているそうだ。


 俺は今受けているお客さんの注文をこなすと、アキの夕食を作って勉強の邪魔にならない場所に準備する。アキのそばに来ると部活後の汗のにおいがフワリとして、自分の学生時代を思い出す。



『マスター、ごはんいただきます』


『うん。おかわり欲しかったら遠慮なく言うんだぞ』


『はい。ありがとうございます』


 何度も言うが、アキと出会ってからまだ数日だ。まだ会話がぎこちないけど、これは時間と共に解消してくれると思っている。


 それはそれとしてアキはめちゃくちゃ食う。そりゃ育ち盛りで部活もしていれば燃費も良くないだろう。


 いつも遠慮がちにご飯のおかわりを言ってくるので、今は大きなすり鉢にご飯をこれでもかと大盛りにして出している。リゾット用に白米を置いているので、いくら食べても問題ない。


『マスター、これ、すごくおいしい』


 そういって褒めてくれたのは、鶏のささ身をピカタにしてトマトソースとチーズで焼いたものだな。


 客においしいと言ってもらえるのも嬉しいのだけど、自分の娘に褒められるのは格別だ。


『――! そうか、足りなかったらすぐ作れるから言うんだぞ?』


『はい……!』


 嬉しそうにモリモリ食っている。俺は仕事中なので一緒に食事することはできないが、目の前で食べるところを見れるのは嬉しいものだ。


 この娘と出会ってから毎日が充実しているような気がしている。きっと俺は浮足立っているのだおる。



 アキは食事が終わると食べ終わった食器を自分で洗い、再び勉強を始めていた。


 俺はオーダーが終わると、少しづつ閉店準備を始める。


 それから最後のお客さんを見送って閉店だ。アキの方を見るとカウンターテーブルに伏したまま寝ていた。俺はお客さんに使ってもらうためのひざ掛けをアキの肩からかけてやる。


 学生は大変だ。授業で疲れて、部活で疲れて、帰宅しても自宅での勉強が待っている。


 アキを起こすかそのまま寝かしてやるかで迷ったが、店に居る間はそのままにしておいて、俺は明日に回していた作業に取り掛かった。




『う、う~~ん……』


『お、起きたか?そろそろ帰ろうか』



 閉店された店内は防犯程度のライトで薄暗い中、俺はアキが起きるのを明日のランチメニューを書きながら待っていた。


『――あ!ごめんなさい!あたし、閉店のお手伝いするって約束していたのに……』


『うん。でも学校を優先する事って言っておいたよね?だからいいんだよ』


『でもあたし、勉強も途中までで……』


 ちょっと涙目になっている。結構うじうじするタイプなのかな。


『勉強は帰ったら俺も手伝うよ。それとアキちゃん、今日はちょっと寄り道するから帰りの準備をして』


 ――手伝うと言ったが、勉強に関しては多分役に立てないと思うけど。





 エンジンを始動する前に二、三度アクセルをひねってビックキャブレターにガスを送る。


 セルを回してエンジンに火が入ると、大排気量の野太い排気音が閑静な住宅街に木霊(こだま)した。


 店で酒を飲むことをやめた理由がこれだ。飲酒運転、ダメ、絶対!


 数日前から店から家まではバイクで二人乗りをして送っている。


『よし、行こうか。ちゃんと捕まっておくんだぞ』


 当然だがアキは制服姿だ。バイクに乗ると風でスカートから中身を晒してしまう為、学校のジャージを履いてバイクにまたがるようにしている。


 いつもの帰り道とは反対方向にバイクを走らせ、湾岸沿いの人口島から人口島へアクセスしているバイパスに入る。


『今日は少し飛ばすからな。落ちないようにしっかりつかまっておくんだぞ』


『はい!わかりました!』


 ヘルメットにはインカムをペアリングさせているので大きな声で話さなくても十分聞こえるのだが、その辺の調整がわからないのも無理はない。


 そして俺の腰に手を回し、しっかりとつかんだ。


 アキの状態を確認して俺は大胆にアクセルを開けるとエンジンがうなりを上げ、スピードメーターの針が一気に上昇する。


『大丈夫か?辛くなったら言うんだぞ』


『うわ~!風がすごいです!』


 どうやら怖がってはなく、楽しそうだ。


 このバイパスは夜になるとほとんど往来が無くなるので、ストレスなく走れて街の夜景が流れるように見れる。


 ここから海岸公園まで一気に走り抜けた。対岸にライトアップされた観覧車やタワー、人工島をつなぐ大橋が一望できる、景色を眺めながら考え事をするのにいい場所だ。



『寒かっただろ。ほれ』


 暖かくなってきたとはいえ、四月の夜にバイクを走らせるとまだまだ寒い。


 自販機で買った暖かい缶コーヒーをアキに渡して、自分の缶コーヒーの栓を開ける。


 今更語るわけではないが、バイカーはこれを飲むことが走る目的だったりする。



『はああ~あったかい……』


 グローブをしていても手が冷えたのだろう。カイロ代わりの缶コーヒーは開けられることなく手でこねくり回されて暖を提供している。


『あのね、今日クラスの子から今朝マスターと通学しているところを同じクラスの子に見られたみたいで』


 実は今週からアキは俺の家で寝泊まりしている。校区から少し離れてしまったので朝は俺が車で学校に近くまで送っている。


 目立たないように結構学校から離れたところでアキを降ろしていたのだが、結局見つかってしまったか。


『マスターの事、あたしの彼氏だと思ったみたい』


『――? えええ!?』


 まさか中学生と釣り合うくらいなのかとバイクのミラーで自分の顔を見るが……そうか。自分でもおかしいと思っていたけど、そんなにか??


『すまんな。その、見たという生徒にはうまく説明できそうか?』


『ううん、否定しなかったらもう校内に広まっちゃってて……それでね、あたしって校内の女子から人気?があるのだけど』


 うん?同性から人気があるのはいい事じゃないか。言い淀んでいるアキを見ていると俺は意味をはき違えているのだろうか。


『その、人気っていうのは……その女子から告白されたりとか……』


 そう言う事か。って、今どきの子ってそんな事あるのか?よくわからん。


『そうなんだ。その……結構告白されたりするのか?』


『うん、月に二、三人は』


 ……俺はモンスターを生み出したのかもしれない……。その計算だと中学の三年間で百人斬りを達成してしまう。


 てか待て待て、校内に俺が彼氏であることが広まっているという事は……。


『それでね、おかーさんに相談したら「年々減るから気にしなくていい」って言われたのだけど、できればマスターにはあたしの彼氏ってことにしてもらえないかと思って』


 まずい。俺は女子中学生に刺されるかもしれない。


『嫌……ですか?』


 胸元で缶コーヒーを持ちながら上目遣いでこちらを見てくるアキ。


 ……ダメですか?と言われたらダメとは言えないけど、嫌ですか?と聞かれたら嫌なんてもっと言えるわけがない。つまり俺には選択肢がない。



『はぁ~、まあいいか』


 俺は残った缶コーヒーを一気に飲み干し、設置されているゴミ箱に捨て、寒そうにしていたアキに自分の着ていたジャケットを羽織らせた。



『それと……これ渡しておく』


 ポケットから取り出したフェザーのキーホルダーが付いた家の鍵。


 このキーホルダーは十五年前、前の持ち主から返却されたものだ。今度はその娘…俺の娘に渡すことになるなんてつい先日まで予想もできなかった。



『これって家の鍵……いいんですか!?』


『アキは他人じゃないんだ。失くすんじゃねーぞ? さて…そろそろ行くけど、寒いしラーメンでも食って帰るか?』


 さっき店で腹いっぱい食ったアキに聞くセリフじゃないのはわかっていたのだが



『今アキって……。うん!おなかすいた!あたしもラーメン食べたい!』


 そう言い、アキはバイクを停めている所まで走り出してしまった。


 さっき店で眠ってしまってへこんでいたのが嘘のようだ。


『マジか……色々すごいな。最近の中学生は』


 最近の――で片付けてしまってはいけないが、同性の色恋に、食欲に、当時の自分と重ねて…まあ変わらない所はあるか。今後も受け入れて理解の姿勢であらねば。と、自分に言い聞かせる。



『あたしもバイク乗りたいな~』


『ああ、アキが免許の取れる歳になったら教えてやるよ』


『んふふふ~楽しみ~』


 アキがリアシートにまたがり、行きの時より力強く俺の体を両腕で掴まれた。


『いくぞー』


『はーい!』



 アキとの親子関係は日に日に良好になっている…はずだ。俺の生活に春の色取りが加わってくる。

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