第42話 勇者リワーク!【打ち上げ飲み会②】

 

 ケイカがここにいる全員におごりだと言い、メンバーは更に盛り上がっている。 


 これは彼女が社会人として長い間経験して、人の心を掴めるように成長して自然とできるようになったものかもしれない。


 俺には成長の過程の現場には居なかった。



 ――親は無くとも子は育つ。



 そんな昭和の時代に使い古され、育児放棄の言い訳のような慣用句が胸に刺さる。


 育児放棄した自分がそうであり、贖罪、後悔と自責の念を抱きながら彼女たちと関わっている。


 今、俺にできることは、彼女たちを陰ながら支える事しかできない。


 これからも彼女たちの為に生きて、役目を終えれば死ぬ。


 これは神が与えてくれた二度とないチャンスだ。彼女たちだけを見て、残りの人生は過ごすと決めている。


 もう絶対失敗はしない。



 それに……


『――私の前から居なくなって欲しくないの。アツシさん』


 長い間、確執のあったケイカから、最近で言われて嬉しかった事のNo.1だ。



「あの……アツシさん?」


 俺は無意識に、膝に座っているケイカの後ろからおなかに手を回して抱き寄せていた。


「ん?ああ、すまん。嫌だったよな」


「いえ……」


 うつむいたケイカの顔がみるみる赤くなっていった。


 そうした隙を見逃さないアキにケイカのおなかに回した手の甲を摘ままれ、引きはがされた。


 そんな微妙な空気の中、ケイカが追加で頼んでくれた酒が来る。



 今晩は家族全員で施設の仮眠室で泊まる予定となっている。


 多少は酔っても大丈夫だろう。



「アツシさん大丈夫ですか?私重くないですか?」


 俺の膝に座っているケイカが、考え事をしていた俺に気遣い聞いてくる。


「ああ、軽いくらいなんだけど、ケイちゃんもっと食べたほうが良くない?」


「いえ、今くらいの体重のほうが体調がいいんです。あ、アツシさんこれ」


 俺の飲みかけのジョッキをケイカが飲んでしまったので、追加で頼んでくれたビールを渡された。


「じゃあアツシさん、今回もお疲れ様でした」


 そう言いジョッキを合わせて二人だけの乾杯をする。


「こうしてケイちゃんと酒を飲む日が来るとは……感慨深い」


「ふふっ、そういえば今日食事を誘われた時、てっきり二人きりなのだと思っていました」


「えっ?どうして」


「前に言ってくれたじゃないですか。……お母さんの事です」


 忘れていたのか?と思われたようで、少し顔がむくれていた。


「いや忘れてないぞ。じゃあ、うやむやにしないためにも今、日程を決めておこう。ところでドレスコードと何の関係があったんだ?」



「えっ?いえ、アツシさんと二人っきりで食事と勘違いしてしまって一応聞いてだけです。あの、そういう意味じゃないんですよ?」


 そういう意味とは……。


 あれか、高級ホテル、高層階のレストランでヴィンテージもののワインで乾杯、食事が終わったころを見計らって「実は部屋とってあるんだ」と言って、部屋のキーを見せる。


 口説かれていると察した女性は静かにうなずく。次の日「おいしい朝食だったね」と腕を組みながらホテルから出社してくアレか。


 ……いつの時代の話だよ。そんな手、今も使えるのか?



「ケイカ姉さん、どういう意味かな~?そろそろおとーさんから離れてほしいのだけど」


「アキちゃん……何かにつけて私に絡んできて、いつもアツシさんと一緒に居れるからいいじゃない!」


「そのあたしのオアシス(?)から、あたしを引き離そうとしているのはケイカ姉さんじゃない!」


「何言っているのかわからないわ?ちゃんと人にわかる言葉で説明して!」


「もーいいわ!この際はっきりケリをつけようじゃないの」


「二人とも落ち着いて?」


「「おとーさん」「アツシさん」は黙ってて!」


「……はい」


 もうダメだ。これは止められない。


 俺は幼児セイカを抱っこしてロボットのセイカと席を離れた。




「すまんな。お邪魔するよ」


「アディ、可愛い娘に好かれててうらやましい限りだよ」


「こちらどうぞ」


 ロジャーと富子がいる席に空きがあったので俺、セイカ、セイカの三人でやってきた。


 富子が空いていた隣の席に通してくれた。


「ろじぃ~♪」


 ろじぃと言うのはロジャーと爺(じじ)が合体して、セイカが呼んだところ定着した。


 ロジャー本人も親しみを込めて呼んでくれているので、喜んでいる


 施設内でもセイカとSAVはコミュニケーションをとる機会が多いので、いつもは知らない大人がいるところでは人見知りが発動してずっと黙っているセイカなのだけど、顔見知りが多いので今日はリラックスしている。


「お嬢!今日もやたらキュートだな!その服、誰に買ってもらったんだ?」


 そう、いつもは制服のような紺色のブレザーとスカート、たまにベレー帽をかぶっていてめちゃくちゃ可愛いのだが、今日は白いワンピースを着ている。


 白く、さらさらストレートの髪と相まって全身真っ白だけど、俺譲りの青い瞳がワンポイントになっていてめちゃくちゃ可愛い。


 つまりなんでも可愛い。


「これなー、おっきいせいちゃんにもらった!」



「隊長、どうぞ」


 富子が俺の分のビールを差し出してくる。


「いつも悪いな、富子」


「いえ、大変でしたね、フォローもできず、すみません」


「そうでもないさ」


 俺は渡されたビールをグビグビと飲む。今日一(きょういち)リラックスして酒を飲んだ瞬間かもしれないと感じて、少しにやけてしまう。


 富子は気の利く女だ。普段はソゥや、しまこの身の回りの世話をしている。


 大体、富子に世話をされている者ははだらしない奴とレッテルを張られるので、自分でもしっかりしないとな、という気持ちになる。


 まあ、ソゥとしまこは何も気にせず、富子の気遣いを甘受しているのだが。


「富子、怪我の具合はどうだ?」


 今回の作戦で数針縫うほどの怪我をしたと聞いていた。アキのヒールを受ければすぐに回復するが、怪我した部位が回復するまでの時間が進んでしまうので、副作用として外傷であれば肌年齢も進むことから、緊急性のない怪我に関して、女性はヒールを受けないことが多い。


 富子もその一人だ。


「問題ありません。お医者さんは二三日で傷は塞がると言っていました」


 なにやら話している後ろで騒がしくなってきたなと思ったら、アキとケイカが飲み比べ勝負が始まった。


 施設の仮眠室を予約していて本当に良かった。


 アキ、ケイカのどちらか、もしくは両方の介抱することを考えた。


「そうか。富子は何を飲んでいるんだ?」


 透明の液体が入ったワイングラスの正体を聞く。


「日本酒です。所長のおごりと聞いていますので、値段の高い順から飲み比べしています」


 飲酒は傷が塞がるのが遅れるから控えたほうがいい、などと堅苦しい事を言うつもりはない。今日はおおいにリフレッシュして、また明日から厳しい訓練が待っている。


 それにしても富子の目の前には結構な空グラスが並んでいる。


「その空グラスは全部富子が飲んだものか?」


「ええ、そうですけど。このお店、料理もお酒もおいしいですね。ついつい色々試したくなって頼んでしまいます」


「そうか、今日は皆頑張ってくれたからな。気晴らしになるくらい飲めるといいな」


「はい。あと四時間くらいは飲んでいたいですね」


 これケイカの財布から支払うんだよな……少し心配になるが、ここの施設の所長なのだ、俺より何倍も甲斐性があるはずだ、問題なし。


 自分で思っていてなんだか情けなくなってきたな。


 ジョッキに残ったビールを一気に流し込んだ。



「隊長、頼んでおきました。どうぞ」


 新しいジョッキがやってきた。


 この人、わんこそばのお店のお給仕さんかな?


 ジョッキに蓋をしないと永遠にビールがやってきそうだ。


「お父さん、明日は……」


「ああ、わかってるから安心して。明日には酒が残らないくらいの量にしておくよ」


 明日は朝から人と会う予定となっている。


 それを気にしてセイカが教えてくれた。


 酒臭い状態であってはいけない人物だ。



「隊長は明日ご予定があるのですね。すみません、何も考えずに進めてしまって」


「いや、いいんだ。俺が飲むペースを抑えればいいだけだから」


 気遣って酒を注文してくれていた富子が謝ってくる。予定があるのは俺の都合だから別に謝らなくていい。


「ところで富子は明日の休暇は何するんだ?」


「そうですね、ここのところ忙しかったですから恥ずかしながら家事を溜めてしまっていて、午前中は溜まった家事と病院で診察、そしてジムで軽く汗を流そうと思っています。午後は特に予定もないので読書でもしようと考えています」


 突然だが、富子は美人なお姉さんだ。

 かぐやカットの長い髪、上品な出で立ち、切れ長の目……それに


「富子・シャンボン、29歳、元既婚者でフランス国籍の前夫は中東の戦争に参加して戦死、現在独身、身長165cm,体重55kg,B88(F),W60,H92……お父さん好みの体つきね。だけど、おっぱいに関しては私のほうが上よ」


 旦那さんを亡くして今は未亡人。


 不謹慎だが未亡人というワードだけでご飯が何杯か食える。


「セイちゃん?俺の心の声を聞いていたの?」


「聞こえてないわよ。お父さんが富子をじっと見てたから、プロフィールを補足してあげただけ」


「やっぱり見透かされてる!?」


 しかし、でかいとは思っていたけどセイカは富子より大きかったのか。


 まあ、セイカは母親からの遺伝を色濃く受け継いでいるからな。


 俺の席の右側に富子、左側にセイカがいる。


 左右に首を振り両方のブツを見る。


「あの、露骨に見比べられると恥ずかしいのですが……」


「ふむ、確かに――」


 背筋が硬直する。一瞬だが俺の体に電気が流れた。


 何だと思って辺りを見回すと、遠くに離れたところから二人の視線が。


 ケイカとアキがすごい形相でこちらを見ている。


 いや、目が座っていると言っていいだろう。つまり二人とも結構酔っているな。



「おとーさん!こっちにきて!」


「えっ?嫌なんですけど」


「アツシさん!いいからきてくらたい!」


 ケイカは若干、呂律が回っていないっぽいな。


 さっきビリビリしたのは多分、アキに何らかの魔法攻撃をされたのだろう。


「仕方ない……セイちゃん、あっちのセイちゃんを頼む」


「……わかったわ、自分の娘に対するセクハラもほどほどにね」


 俺は幼児のセイカを頼んで席を立った。しかしひどい言い草だ。


 ほら、富子がひいている。風評被害もいい所だよ。


「俺は娘にセクハラなんてしないぞ、しないからな!?」


 そう言って娘二人が待つ席へ移動した。



 ケイカの様子を見るとすでに出来上がっており、アキも若干酔っている様だ。


「アツシさんは~なんれアキちゃんばかりにセクハラするのれすか~?」


 セクハラしないと言った数秒後、もうこれだった。


 俺、まだ何も話していないのに……周りにいるうちの部隊全員がこちらを見ている。



「それはあたしのこと大好きだからに決まってるでしょ~」


 アキはそう言って俺の後ろから首に手を回し、自分の胸のあたりまで抱き寄せてきた。


 後頭部にアキの胸の感触を感じる。


「わらしらって!それくらいれきるんらから~」


 ケイカは手元にあった酒を景気付けに煽ると自分の胸を俺の顔に正面から押し付けてきた。


 先日、幼児セイカと間違ってケイカに抱き着いた時の感触が再び……!


 後ろにはアキ、前からケイカに抱き着かれて思ったことは……。


 もうハッピーエンドでいいのではなかろうか?


 所長であるケイカが見たの事のない行動にざわめく店内、俺に対しては顰蹙(ひんしゅく)や罵倒の言葉が注がれる。


 もはや、収集のつかないまま飲み会は幕を閉じた。


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