第41話 勇者リワーク!【打ち上げ飲み会①】

 

 ――飲めないやつは別として、酒で失敗する事というのは、それなりにある。


 酔うと暴力的になったり、言動が荒くなる奴、セクハラ発言する奴、または触っちゃう奴、人の傷つくような事を言ってしまう奴、うっかり守秘情報をポロっちゃう奴、などなど多様性に富んでいる。


 また、酒で一度失敗してもまた同じことを繰り返してしまうと言うのが、これが良くある話だ。


 そういったリスクの観点から、基本的にうちの組織では施設内に各国料理店、バーなどがあり、施設内の飲酒は可能だが、外での飲酒は特別場合を除き、禁止されている。


 俺は特別な場合に該当するので実家に酒は常備している。


 ちなみにここで働く仲間は全員施設内の寮があり、任務以外で外に出ることはほぼない。


 トイレットペーパーからブランド物まで大体ここで手に入るし、なんなら各国ブランド物は免税価格で購入できるため、外に出て買い物するメリットがない。


 ただ私的な外出許可が下りることが非常に困難なので、ブランド物を買って施設内で使う事は意味がないため、ほとんど売れていない。


 なので、外界への出入りが厳しいこの施設では「自由のある刑務所」なんて言われてたりもする。



「ぷっはー!今日も生き残った!この一杯に生きてる実感を感じるぜー!」



 なんだかビールのCMで出てきそうなセリフをJ(ジャン)が吐いた。


 メンバー全員、日本のビールが好きという事もあり施設内にある居酒屋「政宗屋」


 畳の座敷席だ。やはりこの雰囲気が好きだし、とても落ち着く店だ。


 ケイカ以外のメンバーが揃っているので、先に飲み始めている。



「おとーさん、ここのおでん、おいしーね!」


 俺の横に座っているアキがおでんのちくわを食べてそう言った。


 ここのちくわは柔らかくて味が染みやすく、且つ炙った焦げ目の香ばしさも感じられるものを使っているので、初めて食べた時は「やるな!」と思ったくらいだ。


 特におすすめは「灼熱の唐揚げ」だ。


 唐揚げは完璧な揚げ油の温度管理で、完全に肉汁を封じ込めており、迂闊に口に放り込んで噛むと熱々の肉汁が飛び出して口内を火傷する。ほぼ100%だ。


 この前ロジャーと来た時に、この唐揚げを食ってみろと勧めた時「このチキンは戦争で受けたナパーム弾より熱い」と大げさな例えをしていた。


 そのくらい灼熱なのだ。



「アキ、大分疲れていたみたいだったけど大丈夫なのか?」


 アキは施設に帰ってくるまでの移動中の間ずっと眠っていた。


 あの怪獣映画のような戦闘をしたにも関わらず、特に大きなケガなどなかったのが信じられないくらいだ。



「ん?あれくらい全然大丈夫だよ。おとーさんの背中で寝たら元気になった!異世界だったらあんな奴より強いモンスターとかゴロゴロいたからね」


「……まじで?」


「そうだよ~。日々生きていくのも大変だったのだから」


 なんだかあの戦闘を目の当たりにしたせいか、苦労が伺えた。



「あーししゃん!だーまめ!だーまめ!」


 俺の膝に座っている幼児セイカに枝豆を食べさせていた。


 俺の手が止まったので、もっと食わせろと要求される。


「ああ、ちょっと待って」


 さやのついた枝豆を手に取ると、セイカが口を開ける。


 俺はさやから、豆の部分を指で押さえ、飛び出す豆を正確にセイカの口に放り込む。


「セイちゃん。ちゃんと噛んで食べてね」


「むぐむぐ……おいし-!」


 そう言ってまたセイカはもっと寄こせと口を開ける。まるでひな鳥にご飯を与える親鳥の気持ちだ。



「お父さん、食べさせすぎには注意してね。自分がぶくぶくと太った姿なんて見たくないわよ?」


 アキと反対側、俺の横にはロボットのセイカがいる。


「豆だから栄養豊富だし、そんなに食べても太らないだろ?……とは言え、この頃のケイカとセイカは無限に食ってたしな。ほどほどにしておくから心配しないでくれ」


「ええ、お願いよ?じゃ、はい、あーん」


 ロボットのセイカはそう言って自分は食う必要ないためか、手が離せない俺に食わせてくれている。


 差し出した箸に挟まっているのは、灼熱の唐揚げだった。


 これは警戒しないといけない。痛みを感じないと言っても熱々の物を食ったら口内の皮がベロベロになったりする。


「むぐっ!はふっはふっ!」


「あー!セイカ姉さんだけズルい!あたしも~、はいおとーさん」


 アキの差し出してきた端に挟まっている唐揚げを見た。


 これはイカン。口の中が火事になる。


「まっへ、ひょっとあふいはらふーふーふーひてくれるは?(待って、ちょっと熱いからふーふーしてくれるか?)」


 セイカから食わせてもらった唐揚げを口の中で処理している最中なので、うまく言えなかったが、今新たに唐揚げを口に中に入れるのだけは阻止しなければならない。


「んもぅ~おとーさんったら甘えて~……ふー、ふー」


 俺の言葉を理解してくれたアキはまんざらでもなかったようで、俺の要望通りふーふーして灼熱の唐揚げを冷ましてくれている。ちょい熱の唐揚げ位になっていたら大助かりだ。


「あー!隊長いいな~!俺もアキさんにふーふーしてもらいたいなー!」


「おまえは黙って飲んでろよ」


 ロジャーがJの後頭部をぺしっと叩いた。


「たー? んだよロジャー。あんたはうらやましくねーのかよ」


「そんなんじゃねえんだよ、親子水入らずで飯食ってんだろ。邪魔するんじゃねえよ。バカが」


 ありがとうロジャー。助かった。


 ロジャーに視線を送ると、ニコっと笑い「大丈夫だ。うまくやんな」と言うセリフが聞こえそうな視線とウインクで合図をくれた。


 俺は口の中の唐揚げを喉に通しながらも幼児セイカの口の中に枝豆を飛ばしていた。


 すげえ忙しい……食事のマナーとしてはセイカのお手本にはなってやれない状況だ。


「お父さん、ビール飲む?」


 俺の意識は現在も格闘中の口に中の唐揚げと、枝豆飛ばしと、アキが今冷ましてくれている追い唐揚げの中、ロボットのセイカが俺が飲んでいたビールのジョッキを手に取り、こちらに向けてくる。


「むあ~ひょっとほひいあ(ちょっと欲しいな)」


 口内の唐揚げをビールで流し込んでしまえるし、ちょうどよかった。


 ただ俺の膝には幼児セイカが居るので、ビールをこぼすとセイカが濡れてしまう。


 ロボットセイカも恐らく同じことを考えたのだろう。


 持っていたビールを自分の口に含んで、俺に口移しで飲ませてきた。


 それを見た店内が沸く。


「うわああああああ!!何してるのよセイカ姉さん!?」


 俺は飲ませてきたビールを喉に通してひとまず落ち着いた。



 アキの意識がロボットセイカに向いたので、俺は幼児セイカに冷ましておいた、おでんのちくわを小さく切って食べさせる。


「おいしい?セイちゃん」


「あいおいし-!」


 俺はこの争いに巻き込まれない強い意志を持って、幼児セイカと食事を進める。



「何って、手がふさがっているお父さんにビールを飲ませてあげただけよ」


「いやそうじゃなくて飲ませ方よ!」


「人の口内と違って私は無菌だから清潔だけど?」


「だから違うんだってば!!」


 セイカは「私は急須変わりになっただけだけど?」くらいにしか思っていないのだろう。


 俺も段々、彼女の事を理解してきたので、一々セイカの行動で取り乱さなくなった。


 ただ……


「いいな~ドクター俺もビール飲ませてもらっていいですか?」


 Jが口移しで飲ませてくれとセイカに要求してきた。


「嫌よ、汚い」


「ちょっと言い方ひどいっすよ!?」


 そう考えていたのだけど、セイカの行動は一貫性がない。


 俺は良くて、Jはダメと言う。


 まあ、目の前で他の男に口移しで飲ませている娘の姿は死んでも見たくない。


 結局俺の都合の良いエゴまで見抜かれているのだと考えていた方が幸せなので、俺は時には友人であり、親でもあるような自由なポジションでありたいと思う。


「セイちゃん、次は大根ね」


「D根!D根!」



「わ~、遅くなっちゃった~。ごめんなさーい」


 謝罪の言葉と共にケイカが店内に入ってくる。



 今まで言い争いをしていたセイカとアキに注がれていた全員の視線がケイカに移る。


 全員それぞれにケイカに対して労いの声をかけていた。


 執務中は口調が厳しくなるけど、プライベートではちゃんといつものケイカに戻っている。


 みんなそれを分かった上で慕っているのだ。親として鼻が高いぞケイちゃん。



「所長!こちら空いてますんでどうぞ!」


 Jが自分の隣の席に座れと促すが……


 何の返事もなくスルーされてこちらにやってきた。



「セイカちゃんごめんね、ギリギリまで手伝ってもらっちゃって」


 ケイカは上着を脱ぎながらセイカに話しかけた。


「いいのよ、私ができるのはケイカのデスクへ書類を持っていくだけだから。結局最後はケイカが承認しなきゃいけないわけだし」


 ケイカはこちらを見て空いている席がない事を知り


「セイカちゃん悪いんだけど席譲ってくれない?」


「それはできないわね」


「ええーっ!?ダメ?」



「そっか……ねぇアキちゃ――」


「イヤッ!」


 アキ……反応が早すぎだ。断り方にも悪意を感じるぞ。


 そういうの良くないと思う……。


「ケイちゃん、俺が空いてる席に行くからここに座るといいよ。セイちゃん一緒にあっちの席に行こうな」


「きゅう~ころり~ん」


 そう言うと膝に座っていた幼児セイカが隣のアキの膝の上に移動して、俺の膝をペチペチと叩き


「きゅう~ころりんって何……?」


 アキが疑問がっていたが、どうやら俺がセクハラした後、気絶したアキの事をきゅうころりんと呼んでいるようだ。



「けーちゃん、こーこ。セイちゃんのとなり」


「セイちゃん……」


 幼女セイカの兄弟愛を見て涙がでそうになった。


 優しい子に育ってくれてお父さんは嬉しい。


 嬉しいのだが……


「ケイちゃん、やっぱり俺がそっちの空いた席に……」


 流石に大きな娘さんを膝の上に座らせるなんて、風営法に引っかかる接客行為だ。ここは俺が引かなくてはならない。


 周りに至っては『所長、どうするつもりなんだ…』と息を飲んで見守っている。


 沈黙を破ったのはアキだ。


「じゃあ、あたしがおとーさんの膝に――」


「いやっ!」


 アキへの意趣返しのようにケイカは覚悟を決めて、俺の膝に腰を……いや、おしりを下した。


 ――再び静まり返る店内、かける言葉が見つからない一同、所長と言う立場上これはいいのかと心配する俺。


 考えろ!このままじゃケイちゃんの立場が悪くなる。俺がフォローしないと……!


「なあ、ケイちゃ――」


 ケイカは俺が声をかけるより先に、俺の飲みかけのビールジョッキを手に取り、残りを一気に飲み干した。


「店員さんっ!生二つください!」


 ケイカは注文を終えると空のジョッキを、ダンッと勢いよくテーブルに置き


「今日は私のおごりだ!好きなだけ食って飲めぇ~~!」


 静まり返った店内から一転、歓喜の声で沸き立つ。



 ケイカが場の空気を全部持って行った。


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