第49話 なりゆきドライブ

 

「ポッキー食べる?」


「いりません」


「じゃあおはぎはいるかい?」


「いえ、結構です」


「なんだ、甘いもの嫌いじゃないだろ?」


「そうですがご自身で召し上がってください。私を気遣う必要はありません」


「ちぇ、私が仮面を着けているのわかってて言ったな?意地の悪い奴だ」



 前の面談でもわかってたことだが改めて“キャン”と名乗った司令官は精神年齢が幼い。


 遠足気分なのか、おやつを勧めてきて護衛に集中できない。


 これで本当に司令官なのか疑わしくなってくるな。


 現在、車中は俺と司令官、あとこちらで俺とライドルトの指示役のナカモト大尉、もう一名、この車から乗車しているホリグチ少佐の四名で任務を遂行中だ。


 俺より階級上の人間に囲まれているのに司令官に気安く会話されて、少々気まずい雰囲気だ。



「そうではありません。今は任務中で集中しているので、会話は必要な事だけにしていただけますか?」


「つれないな、君は。昨晩は金髪美人の乳首でモールス信号していたなんて、一体どんな通信をしていたのか気になるけどね?」


 ぶふっ、と誰かが吹きだした。


「私がつれないのと、金髪美人の件は関係ありません。ちょうどいい位置に乳首があったからフレキシブルに対応しただけです」


「ダメだよ、女の子にそんなことしちゃ。てゆーか汗すごいな、体調悪いのかい?」


 あまり触れられたくない話題に動揺が隠せなかったようだ。


「はい。すごく体調が悪くなったので早退していいですか?」


「ダメ☆」


「だったら少し静かにしていただけますか?」


「はいはいわかりましたよ」


 そう言って仮面司令官はスネてしまった。


 本当に子どもを相手にしている気分だ。


 ようやく任務に集中できるようになったので、とりあえず、ふき出した汗を拭って心を落ち着け、セイカに通信を行った。



「セイカ、この車のスキャンって済んでる?」


『もちろんよ、異物の類は見当たらなかったわ』


「もう一点、あの件は――」


『もうすぐ回答できるわ。確定次第、連絡するから』


 外に意識を移しながらも情報の収集を行っていると


「ねえ」


 隣にいるかまってちゃん司令官に引っ張られる。


「どうしましたか?」


「何人かいる君の子供の中で誰が一番好きなんだい?」


 なんだよ、今まさに娘と通信中なんだ邪魔するな。


「全員一番愛しています」


「ありきたりな答えだね。じゃあこうしよう」


「君たち家族は今、死に直面している。三人のうち、一人しか救えないとしたら誰を救うかい?」


 ……ダルい。何が知りたいのか意図がわからない。まともに取りあいたくない類の質問だ。


 ここはセイカも聞いているし、適当に答えて――



 車の後部から異音がした。


 条件反射で司令官の頭から覆いかぶさり



「対ショック姿勢!」



 俺が叫ぶと同時に車の後部が爆発で跳ね上がり、前転して上下逆さになった。


 車は動けない亀のようになり、身動きが取れなくなってしまった。


 そこへ数名の武装した兵士が現れ、車に向けおびただしい物量の弾丸を受けている。いくら防弾仕様の車とは言え、逆さにひっくり返された上に鳴りやまない銃撃を受けては長くは持たないかもしれない。


「司令官、怪我などはありませんか?」



 発砲音で聞きづらいかなと思い、大きめの声で俺の腕にに抱かれた司令官に安否を確認する。


 俺の腕をつかんでいる司令官の人差し指が有り得ない方向に折れ曲がっていた。


「司令官、指が――」


「ん?指がどうしたって?」


 両手の指を広げてこちらに見せてくるが、指は曲がっていなかった。見間違う訳がないと思ったのだが、触って確認しても負傷していなかった。


「少尉、もういいかい?」


 不思議に思って触りすぎていたようだ。ズタ袋で顔を隠しているので表情はわからないけど困らせてしまったかもしれないと思い、すみませんと言って手を離す。



「しかし…こうやって抱かれるのは、なんというか久しぶりの感覚だ。やっぱり悪くないな。あと君、胸板がこんなに厚かったっけ?」


 こんな状況に司令官も興奮しているようだ。俺の胸を撫でながらよくわからない事を言っている。


「今はそんなこと言っている場合ではありません。失礼ですがこのままの体勢で我慢してください」


 何と言うか指揮官はこの状況を嬉々としている節があるな。



「セイカ、現在集中攻撃されている事はわかっているな。この車両はいつまでもつかわかるか?」


『このまま攻撃を受け続ければ、後20秒ほどで発火して内部の人間はこんがり丸焼きになるわ』


「ヒュ~、防弾ガラスって割ることはできるか?」


 状況は絶望的に見えるだろうが、まだ手はある。


『内側から衝撃を加えれば簡単に割ることができる構造よ。まさか外に出て戦闘する気なの?』


「いやそんなつもりはない。今から車両を反転させるからタイヤが地面に付いたらすぐに逃走してくれ」


『どうやって!?』


「こう…やるんだっ」


 抱きしめている司令官に気を遣いながら、後部座席ならぬ後部天井からリアガラスに向けてケリを入れ、ガラスを割る。


 そこへ足を車外に出し、地面におろして――


「ふんぬっ!」


 思いっきり地面を蹴り、車が正転してタイヤが地面に接地した。


「行けっ!」


 俺の掛け声とともに車は猛スピードで走り出す。


『お父さん、無茶苦茶だけどナイス判断ね!加速するから司令官をお願い。あとデバイスにメッセージを送ったから確認しておいて』


 こちらに向けての発砲もおさまらず、俺が割ったリアガラスのせいで車内まで銃弾が侵入してしている。


『お父さんお父さん、まずいことになった…遠隔操作のシステムが壊れたわ。マニュアルで運転しないとこのまま直進して前方のビルに突っ込んでしまう』


「おい!車の運転できる奴はいるか!?」


 全員首を横に振られた。嘘だろ……誰も運転できないのかよ。


 自動運転が流通した弊害かもしれない。ハイテクが進化すると人間が退化することを目の当たりにした気分だ。


「ナカモト大尉!司令官をお願いします!」


 階級が上だか、ナカモト大尉に指示だけ出して車内に飛び込んでくる弾丸を気にすることなく無人の運転席に移動、自動運転からマニュアルモードに切り替え、サイドブレーキを当ててハンドルを切る。



「うおおおおお!おかーさーーーーん!」



 オーバースピードでコーナーに突っ込んでもおかーさーんと叫べば案外曲がれたりする。今回は四輪だが、いつもは二輪でよくやっているゲン担ぎだ。


 車両は横滑りのドリフトで反転させ、弾丸を防ぎつつもT字路を曲がり、銃弾の雨を抜けきった。



 しばらく直線道路が続く……。


 俺は懐からハンドガンを取り出し、ノールックで後部座席にいるホリグチ少佐に向けて発砲した。


 弾はホリグチ少佐の頭部にヒット。血しぶきがリアシートにこびりつく。


「オギツキ少尉!何を――!!」


「ホリグチ少佐はスパイです。位置情報の発信を行っていました。履歴も証拠に残っています」


 ナカモト大尉は俺の行動に恐怖したのか、眼球が震え、視点が定まらず無言になってしまった。


「ナカモト大尉、リアガラスが割れて空いてますので、それを車外に捨ててください」


 俺はそんな状態のナカモト大尉に指示を出した。ナカモト大尉は無言震えながらで俺の指示通り、ホリグチ少佐の遺体を車外に投げ捨てた。



「セイカ、追手の有無と、さっきの連中の素性はわかるか?」


『現在追手の確認は無し。ホリグチ少佐と彼らの関係については本部に報告して現在捜査中よ。とりあえずこのまま運転を継続してください』


「わかった、ありがとう」


 予断を許さない状況ではあるが、一呼吸付ける。



「よっこらしょ…っと。やぁ、縦回転に横回転と裏切者に大変だったね、死ぬかと思っちゃったよ」


 司令官が俺の横…助手席にどかっと座って話しかけてくる。


 この襲撃は裏切者をあぶり出す為の予定調和だったか?司令官はさっきまで状況に興奮していたが、恐怖している様子はない。



「司令官、こちらは危険ですので護衛か居る後部座席に戻ってください」


「いや、いいんだ。おそらくこの席が一番安全だよ。いざとなれば君が守ってくれると思うからね。違うかい?」


「任務とあらば全うしますが……まずは私の言う事を聞いてシートベルトをしてください」


「断られると思ったのだけど……わかった、君の言うとおりにしよう」


 司令官は俺に言われた通り、シートベルトを装着して姿勢よく助手席に座りなおした。


 なんだかんだで目的地まではあと30分くらいだ。早く任務を終えて家族に会いに帰りたい。


 自然とアクセルを踏む力が入った。

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