第48話 なりゆき任務
「……くあぁ~!」
珍しくあくびが出た。意識一つで寝なくても大丈夫な体になったのだが、最近は気持ちがたるんでいるのだろうか、本当に久しぶりのあくびだ。
――昨夜は散々だった。
警報を鳴らしたのが俺のせいだと疑われた為、一睡もさせてもらえず一晩かかって取調べを受け、今しがた解放された。
元々は男だけど、今はもう女の子になってしまったライドルトに恥をかかせたくなかったので、取り調べ中、俺は何の言い訳も言わなかった。
質問には男らしくすべてYESで答えた結果、俺はこちらの施設内で悪い意味での有名人になってしまった。
警報は誤報だったという事で処理されたが、あの神がかったタイミングはきっとセイカがやったものだ。次に連絡が来たら文句のひとつくらいは言ってやろうと思う。
先に解放されたライドルトの様子を見に行くかと考え、宿舎に戻ろうと外に出ると、強い日差しに目を細めた。
今日は指令室からの指示がなければ、ここで実戦訓練を行う事になっている。
道中、歩みを進めていると、お面司令官(たぶんセイカ)からデバイスに着信が入った。
『おはよう、オギツキ少尉。昨晩は大変だったそうじゃないか』
「セイちゃん!?違うんだ!聞いてくれ!あれは俺から誘ったわけじゃないんだ!信じてくれセイちゃん~うひ~」
俺は全力で言い訳をしていた。なりふり構ってなかった。
『……セイちゃん?ああ、ドクターセイカの事か。残念だけど私は司令官の“キャン“だ』
「キャン?しらねえ名だな~誰だいそりゃ」
俺の記憶ない名前だ。司令官って言ってたいけど多分いたずら電話かもしれない。
『……一度君とはじっくりと話す必要があるかな?まあそれも今日の任務で色々聞かせてもらうとするから、またあとでね』
通信が切れると俺はその場で立ち止まり思考を巡らせる。
……本物の司令官だった?うひ~とか言っちゃったけどダイジョウブだろうか。まあいいか。
その後、ナカモト大尉より、本日の午後司令官の護衛として同行するよう指令があった。
特に俺が司令官に失礼なことをしたという報告はなかったようだった。逆に司令官と話する時、何か言われそうな予感がした。
。・゜・。。・゜・。。・゜・。。・゜・。・゜・。。・゜・。
「あとは……ネクタイか」
宿舎の鏡の前で自分の姿を確認して身なりを整える。
支給された護衛用のフォーマルスーツに着替える。これは防弾・防刃の特殊な布を使っている。爆発などには耐えないそうなのでその辺は気を付けなくてはならない。
「少尉、髪まだ濡れてますよ」
ライドルトはそう言ってドライヤーで俺の髪を乾かしてくれる。
「午前の訓練ではしゃいでしまったからな。汗だくで警護任務にはいけないだろ?」
「一体どんな訓練何をしていたのですか?とくに怪我とかされていないようですが」
よそ者に優しくない文化なのか、はたまた昨日の警報事件が関係していたのか、もしくは俺がSAVだという事を知って試されたのか、よくわからないけど。
「二時間休憩なしのスパーリングをしてた」
ハード目な訓練を強いられた。と、思われるかもしれないが、この施設の兵士の戦闘能力はSAVよりもはるかにレベルが低く、二時間休憩なしと言っても相手が弱ければ手の抜きどころはたくさんあったので本当の意味での準備運動だった。今晩はランニングで運動量を増やそうと考えていた。
「えー!相手は大丈夫だったのですか??」
ライドルトもSAVよりレベルが低いと見ていたらしい。
「どうだろう、医務室送りは何人かいたけど、一人煽(あお)るのが上手い奴がいてな。ついムカついて強めにしてしまった。死んでないかな」
「そうなんですね。少尉は疲れてないのですか」
そう。俺を怒らせるなんてたいしたもんですよ。ただ、面白い奴だったのでまた会いたいな。
詳しい内容は割愛するがここの兵士のレベルじゃ、帰還者とやっても無駄死にするだろうな。そういう意味でも新しい兵器の開発が急務だとセイカも言っていた。
「全く問題ない、では行ってくる」
ライドルトは家でお留守番だ。
「はい……いってらっしゃい……少尉」
何故ちょっと上目遣いで頬を赤らめる……。本当に昨夜は何もなかったよな?
――ナカモト大尉との集合地点に着くまでに終わらせておく重要任務がある。
俺はデバイスを操作してある人物に通話発信した。
『……ずっとほったらかしにして。やっとかかってきた』
「セイちゃんごめん!誤解なんだ俺は何もしてないから愛してるのはお前たちだけなんだ信じてくれー!」
俺は必死だった。女に別れ話を切り出された男のようなセリフだ、そこに父親としての威厳はなかった。イゲン イズ デッド。
『そこまで清々しくダメ男ムーブをやられたら言い返しにくくなるわね。まあ、事情は聞いているので許してあげるわ。ただお父さんを誘ったライドルトは始末するけど。さっきも何?出社する旦那さんを見送る若奥様みたいな雰囲気出しちゃってたし』
「大丈夫だから!俺にはお前たちしかいないし見ていないから!だからそんな怖い事しないで!」
俺の浮気男のようなムーブは続いていた。
『嘘よ。でもなんか実家で父親の愛人と同居しているような気分で落ち着かないわ』
「そこはほら、アキと一緒にいるから大丈夫」
『……まあ、お父さんは私たちにほとんどの時間を使ってくれているのはわかっているからこれ以上あまり強く言う事も出来ないのよね』
「すまん……苦労をかけるな」
『おとっつぁん、それは言わない約束よ、と言いたいけど、お父さんの性欲については本当になんとかしてあげないといけないわね。やっぱりとっちゃう?』
「やめてくれ、生きる気力がなくなりそうな気がする」
『そうそう、そう言えば施設内にお父さんの部屋を作っておいたわ。プライベートな事はそこで解決して』
「それって誰も知らない部屋なのか……?」
『ええ、知っているのは今のところ私だけ。ちょっとだけ職権乱用しちゃった★』
それを聞いた俺はワナワナと手が震えていた。
『ちょっと!?そんなに深刻だったの?』
「ありがとな、ありがとな……セイちゃんにしか言わないけど、深刻だった」
『……ごめんなさい。もっとちゃんと考えなければいけなかったわね。帰ってきたらすぐに鍵を渡せるように準備しておくわ。だから…早く帰ってきて』
「わかった、気遣ってくれてありがとなセイちゃん。それでこれからの事なんだけど」
オ○ニー部屋ができたことは飛び上がるくらい嬉しかったけど、これからの事を聞いておかなければいけない。
「今回の任務にセイちゃんは介入しても大丈夫なのか?」
『ええ、これはお父さんに与えられた任務だから私もサポートするわ』
「そうか、じゃあ遠慮なくアテにさせてもらうよ。じゃあ、もうすぐ集合地点だから」
『はい、お父さん、怪我しないように気を付けて』
それからナカモト大尉と合流、尾行対策で車を二度乗り換えるほどの慎重さで、何の特徴も無い雑居ビルに到着した。
ビルから顔を隠した人物と護衛であろう黒服が数名出てきて、こちらの車へ乗り込み俺の隣の席に腰を落とした。
実物の司令官を見るのは初めてだ。
「悪いね、SAVの隊長が護衛なんて嬉しいよ。頼りにしているからね」
顔は変わらずお面……というかズタ袋のようなものを被っていて見えないが、腰ほどまで伸びた長い髪。司令官は女だった。昨日話したときには3DCGのアバターで声も変えていたので性別すらわからなかったからな。
印象は……顔を隠しているので判断はできないが、体型と肌色を見る限り意外と若い。ざっくりした所見で言えば二十代前半くらい。あとはなんというか、全体的にでかい。身長もそうだが特に胸部、俺の周りにいる女性の中でNo.1のセイカよりでかい。
胸の主張もすごいのだが、気になる点は香水の匂いも主張がキツイ。アキに関しても母親と同じ香水をつけているのだが、ふんわりいい匂いが香る程度だ(身内びいきも有り)
色んな意味で記憶に刷り込まれた。
「はい、任務ですので問題ありません。それから先ほどの通信では失礼を――」
司令官は人差し指を仮面の口に当て、俺の発言を制止させた。
「かまわないよ。君の所属に戻って次のミッションの予定はいつからだっけ?」
これは帰還者の処分についてのミッションの事を言っているのだろう。
「今日から六日後です。準備を含めますとこちらに滞在できるのは三日間くらいでしょうか」
『そうか、時間は十分あるね。よろしく頼む』
さて、と。
慣れない網膜投影型のデバイスを操作して目的地までのマップと経路を映し出す。
移動経路は司令官と合流する間に確認しておいた。怪しいポイントを通過する頃にはアラームが発報するように設定している。セイカとも共有しているので、きっとアレンジしてくれているだろう。
これから車内から外へ向けて意識を集中していく。
居るのか居ないのか、見えない敵との戦いは仮想空間で何百、何万とやったので慣れている。
だが、今回は護衛対象がいるので難易度が高く油断はできない。
――こうして目的地に向けて車は走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます