第50話 行ってきます!
変わらず自動運転のシステムは壊れたままなので、継続して目的地に向けて手動で運転をしている。
ボディーはボコボコ、リアガラスも割れて(割ったのは俺)あちこちに弾痕、血痕があり、足元には弾丸と…司令官が持ってきたお菓子が散乱している。ただスパイが居た為、乗員は一人減った。
そして助手席には金髪美女……だったら良いのだが、黒のズタ袋を被り、そこから伸びた日本人形のように黒くて長い髪、アキより高身長で、セイカより巨乳の司令官。
ご褒美か罰ゲームかよくわからん。いや、乳に惑わされるなよ。これはただの罰ゲームだ。
車の運転へ意識を戻し、設定された目的地までのナビゲーションは壊れていたので、自分の所有しているデバイスで代替する。
(この目的地って周りに民家も施設も何もない場所なんだが……何があると言うんだ?)
最初にこの目的地を知った時、到着後に演習でもあるかな、と俺は踏んでいた。
だが、すでに襲撃に会い、車中に居る全員、命の危険にさらされたが、無事生き延びることができた。
「なぜこんな危ない目にあってまで、移動が必要だったのですか?」
これくらい聞くのは当然の権利と思い、単刀直入に質問する。
本来なら直接司令官に質問することは後部座席にいる階級上の連中に止められるところだと思うが、黙認している様子だ。
「やっと君から話しかけてくれたね。私はね、君と直接顔を合わせて話ができることを楽しみにしていたんだ。だからってこの移動を建前にしているわけじゃないよ?これはこれで必要だったんだ。だから私にとっては一石二鳥ってことになるね」
恐らくこの司令官は俺が仮想世界に居た時の事を知っているのだろう。俺の事をまるで旧友のような話口調で答えてくる。
「では、目的地には何があるのですか?見たところ何もない場所かと思うのですが」
「それは着いてからのお楽しみだね」
いや、なにも楽しくはないぞ。
「じゃあ私からも質問いいかな。私は君が50年間仮想世界に居たことも、そこで何をしてきたかも全部知っているんだ。そのうえで聞きたいのだけど」
「――なぜ君は今、まともなフリをしているんだい?」
失礼な質問が飛んできた。
「俺の何がまともじゃないのでしょうか?」
その言葉は、汲み取る意味の範囲が大きすぎる。
加齢しない俺の体質のことか?
仮想世界で精神が壊れた事なのか?
それとも……。
「昔の君はもっと自分に対して正直だったじゃないか。今の君は色々と自分に嘘をついているように見えるのだけど、違うかな?」
この回答は「それだけ大人になったのですよ」というテンプレートな話にしかならんぞ。
だからこういうしかなかった。
「私はこう見えて百年近く生きていますが、途中から私の意思とは関係なく、仮想世界に放り込まれて普通の人生を歩んでこなかったこともあり、こうなってしまったのではないでしょうか」
組織に対しての嫌味も含みながら答えたが
「んー、そう言う事じゃないよ。まだ自分の事わかってないね」
これはまともに取り合ってはいけない質問なのかもしれない。考えるふりをして聞き流すことにした。
「……目的地に到着しました。司令官は車内に待機していてください。私は周りの安全を確保してきます」
「大丈夫だよ。その必要はないかな。さあ楽しかったドライブもおしまいか~。オギツキ少尉ついてきてくれるかな。ナカモト大尉はここで待っていてくれ」
さっと助手席からドアを開けて車外に出て行ってしまった。つられて俺も車外へ出る。
*:.。..。.:+・゜ ゜゜・*:.。..。.:+・゜ ゜゜・*:.。..。.:+・゜
「さて少尉、ここからはハイキングだ。しばらく歩くよ」
司令官はそう言って手をこちらへ差し出してくる。
「悪いのだけど足元が良く見えないんだ。山歩きになるし、エスコートしてくれるかな?」
そりゃ頭からズタ袋を被っていたら視界も悪いだろう。
「その頭から被っているものは取らないのですか?」
「うん。今は私の顔を見せることはできないかな。見たい?興味ある?」
ゴミ袋…もとい司令官は自分の事を聞かれて嬉しかったのか、食い気味に聞いてくる。
「いえ、手を引いて歩くのが面倒だと思っただけなので。いきましょうか」
さっと司令官の手を取って歩き出す。
「わわわ!急に引っ張らないでくれるかな?」
よろけても倒れない程度に手を引いたつもりだったが、少し意地悪だったか?
そんなことより司令官の手に触れてわかった。
この手は機械だ。ロボットセイカに触れているのですぐにわかった。となると、先ほど車が前転した時に折れ曲がった指を見たのは見間違いじゃなかったと思う。
ただ、わかったのは手だけだ。頭部、胴体に限っては生身の肉体だろう。これもさっきの襲撃の時、抱きしめてわかった。残りの詳細は触ってみないとわからない。いや触らないよ?
ともあれ、手を握ったまま司令官の歩幅に合わせて二人で山道を歩いていく。
しかし、30分と経たず司令官の体力が限界を迎えたため、結局俺が背負って移動することになった。
「すまないね。私は元々体力がないんだ」
「いえ、任務ですから」
だったらこんな山奥に普段着で来るなと言いたくもなったが、そんなことは今背中にある感触に比べれば些末な問題だ。
「ところでどう?私の乳圧は」
「質量の暴力です。よくこんなもんぶら下げていますね」
「ふふん、君もなかなかのものを股間からぶら下げているじゃないか。私は知っているぞ」
「ION内(フルダイブVR)では裸でしたからね。誰でも知っていますよ」
「……見られて恥ずかしいと思った事はないのかい?」
「私は50年間、心の中からケツの穴まで全部見られているんです。今更ブツをみられたくらいじゃ何とも思いません」
「まあ、君はそんな性格だったね。私は顔すら隠しているというのだから、君とは正反対だね。さて、あと少しで到着だ」
「ところで、こんなところに何があるのですか?」
「んーそうだね、そろそろいいかな。では話をする前に、ちょっと失礼……」
司令官はおんぶの状態から首に回した手で俺のデバイスに触れると電源が落ちた。
セイカを通じて本部に聞かれたくないような内容なのだろうか。
そして――
聞いたことのない音質の音葉が鳴る。
なぜこれが音葉だとわかったのかよくわからない。けれどこれは音葉だ。
「私の胸の感触は名残惜しいかもしれないけど、降ろしてくれるかな」
俺の背中から降りた司令官は先に歩き出す。
「まずは必要なことだったとはいえ、君を仮想世界に監禁して人生の大半を奪ったのは私だ。本当に申し訳なく思っている」
なぜ今こんなことを……というか50年前の指示をこいつがしたとは考えられないのに何を言っているんだ。
今聞きたいのはそう言う事じゃない。俺は無言で彼女の話を聞いた。
「さて、なぜここに来たかと言うと、何もないからだよ。私も人の心はあるからね」
音葉が聞こえてから警戒はしているのだが、もう手遅れかもしれない。そんな予感がしている。
「で、何をしに来たかと言うと、私はこの盤上から離脱し、次のステージの準備に取り掛からなければならない」
空の遠くから来る空気が震えるような振動。地面から上がってくるような強い風が吹いている。
「今はまだすべきことがある。でも、私は諦めていない。夢なんだ。人並みの生活を送ることが」
そう言って司令官は俺に背を向け、空を眺めている。
――その視線を追うと、前方から火球がこちらへ向けて落ちて来ていた。
この火球はさっきの音葉で呼んだものだと関連付けることができた。これは……もうどうしようもない。どうすることもできない。身体は固まって動かない。
結局目的とは俺を始末する事かとも考えたのだが、こんな大掛かりで、司令官もろとも消し去るなんてことはないはずだ。だけど、それももう、どうでもいい。
「だから……行ってくるね―――――」
なぜそうしたのは自分も理解ができない。体が勝手に動いた。
「――――!―――!」
司令官を後ろから抱きしめていた。彼女は何か言っているが、もう火球が迫ってきている轟音で声を聞き取ることができない。
「――――」
立って入れられないほどの暴風で、彼女の顔を隠していたズタ袋が飛んで行き、顔を見ることができず世界は暗転した。
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