第46話 ゼロ・トーキョー

 


「――この件の収まりがつくまで私の指揮下に入ってもらいます」


 事情説明を終えた後、再び指令室に戻り、お面司令官からの指示が出た。



「今後の細かい指示や質問については、そこに居るナカモト大尉の指示に従ってください」


 さっきから横に居たナカモトという身なりの整っているがスーツの上からでもわかるくらい筋肉質な男を紹介され、俺とライドルトは彼に敬礼する。


「では、しばらくの間よろしく頼みます。オギツキ少尉に限っては私から直接連絡することもありますのでそのつもりで……」


「はい、了解しました」


 お面司令官がフェードアウトすると、取り残されたナカモトと俺、ライドルトの三人になった。



「先程、司令官より紹介があったナカモトだ。まずはセキュリティの問題から貴官たちが使っているデバイスはここでは使用できない。こちらの業務で使うデバイスを貸与する」


 そう言って渡されたのは最新型の網膜投影タイプのMRデバイスだ。


 早速装着して、動作確認を行った。やはりいつも使っているゴーグルタイプの物より装着が楽だが操作に慣れるのに時間がかかりそうだ。



「大尉、質問よろしいでしょうか?」


「なんだ」


「こちらでの我々の行動制限についてお教えください」


 さっきのは俺達を狙った襲撃だった。当然こうなると思ってあらかじめ聞いておきたい内容だ。



「基本的に私的な外出は禁止となる。必要に応じて申請すれば場合により可能になるが、申請が通ることが難しいのは理解してほしい。あと貴官らの宿についてだが、ここから車での移動となるので、1700に指定の場所で待機しておくように。他質問はあるか?」



「今日は日帰りの予定でしたので替えの衣類がありません。途中で買いに行っても?」


「それはできない。必要なものがあれば渡したデバイスから購入し、配達してもらうようにするんだ」


「そうですか、分かりました。もう一点、同行しているライドルトですが……」



 ライドルトは首をかしげているが、俺は無視して俺はナカモトに近寄り耳打ちする。


「……実はこのパツキンはあれのこれでして。部屋は同室にしてもらいたいのですが~」


 会話ではわかりにくくとも、俺のスーパー下衆い指のジェスチャーで察したようだ。


「……うむ、貴官のアレについてはこちらでもよく耳に入っている。考慮するが、組織の自覚を持った行動を心掛けるように」


「へへー」


 俺って有名なの?アレって何?



………………‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥………………



 先ほど銃撃を受けた現場に警察が来ているが、俺が取り調べを受けることなく、ビルの裏口から外へ出た。


 再び銃撃を受ける可能性があった為、それなりの装備の車で今日の宿へ向かって移動をしているところだ。


「ナカモト大尉、今日の宿というのはどちらになりますでしょうか?」


「ゼロ・トーキョーだ」


「そちらの施設のあるところですよね」



 ――ゼロ・トーキョー


 俺が仮想空間に居る間にトーキョーインパクトと呼ばれた、直径100m級の隕石が東京郊外に激突した災害だ。


 直径1.5kmのクレーターが発生し、周囲10kmは火の海になったと言われている。


 と、ここまでが世間一般で言われている事だが、実際は違う。


 爆心地の中心にあったのは前組織(IOF-MOSA)本部だ。これは災害ではなく、本部を狙った帰還者の人災だと聞いている。


 そして組織本部が蒸発した為、俺がいる関西の山奥にある研究所へ本部を移し、現在の姿となって機能している。



「少尉。私、ゼロ・トーキョーに初めてきました」


「俺もだ」


 そりゃあ仮想空間に居る間の事件など知らないし、目覚めてから任務以外で県外にも行ったことはない。50年地獄にいた浦島太郎だもの。



 爆心地周辺は復興されており、人の営みを感じることができた。


 車はさらに中心地、クレーター部分へと進んでいく。


 このクレーター部分の土地は組織で占有されており、周辺は金網と有刺鉄線が張られて一般人が入れない作りになっている。


 そしてクレーターの大きなくぼみは埋められることなく地下施設として作り変えられている。


 ここに新たな研究所が作られて、捕まえた帰還者はいずれここへ送られると聞いた。


 地上には軍事施設が展開されており、帰還者が襲来した時に迎撃できる程の軍事力を持っている。


 今日の俺たち宿はこの施設内の宿舎らしい。安全この上ない場所だ。




「あの……少尉……」


「ん?どうした?いい部屋じゃないか」


 案内されたまだ新品の匂いがする今日泊まる部屋に入るなり、俺は設置されているあらゆるものを調べていた。


「いえ、そうではなくて……あの、一緒の――」


「ああ、別々の部屋が良かったか?出張とはいえ、プライベートまで俺たちの関係を邪魔はされたくなかったから一緒の部屋にしてもらったんだが?」


「えー!?そうだったんですかー!?」


 ……ライドルト、いい加減気付いてくれ



「うるさい口だな」


「――! んっむっ!?」


 ライドルトを壁に押し付け股間に自分の膝を潜らせる。そしてキスして自分の舌を滑り込ませ、意識をそちらへ集中させた。


 少しの時間、ライドルトの口内を弄ぶと力が抜け、地面にへたり込んだ。


 流れで首筋から舌を這わせ、耳もとで小さな声で囁(ささや)いた。


(いい加減に気付けよライドルト。この部屋は監視されているぞ)


 とろけていた瞳に光が戻ったライドルトは俺の声を続けて聞く。


(このまま演技を続けろ。ひとまず盗聴器をの場所を探して対応する)


(わ、わかりました)


「ん、ふっ……もう少尉ったらせっかちなんですから……いいですよ、こちらに来てください」


 ライドルトに手を引かれてベッドに誘導され、俺の目の前で衣服を脱いでいく。


 静かな部屋に布擦れの音だけが聞こえる。


「……恥ずかしいから少尉も脱いでください」


 ライドルトは下着姿で頬を赤らめ、俺と目を合わせられないのかうつむき加減でそう言った。


 ……演技だよね?俺から言い出したことだけどその気になってない?



 そろそろおっぱじまるか?といったタイミングでデバイスに着信が入った。


『……私だがオギツキ少尉、今どこにいる?』


 この機械音声はきっとあのバーチャルお面司令官だ。


「はい。今宿舎に着いた所です。なにか御用でしょうか?」


『んん、無事着いたのならいい。では――』



「きて……少尉……」


 こっちに盗聴器があります。とライドルトに呼ばれた。



 すると再び着信が。



「どうしました司令官」


『ん?うん、そちらの宿舎の食堂でおすすめはカツめしだ。SAV所属と言うとカツを一枚増量してくれる。沢山食べるように』


「ありがとうございます司令官。今日はカツめしにします。では失礼します」


 関東でカツめしが食えるのか……。



「しょ、少尉……すごい、もう一杯です……」


 負けじと俺も盗聴器を三カ所指さしてライドルトに示してやる。



 また着信だ。



『ちょっとお父さん!?プライベートと言ってもそこは宿舎なのよ!?組織の施設内でそういうことしちゃダメなの!』



「……セイちゃん」


『あ……』


 ボイスチェンジャーで司令官の声を出していたが、話し方でセイカとわかった。と言うか、最後の会話は隠しようがなかった。




『何よ、殺せるもんなら殺すがいいわ』


 司令官の化けの皮を剥(む)かれたセイカが拗ねていた。俺は聞きたかった声が聞けたので嬉しい限りだが。


 何にせよ、ライドルトと同室にしたのは正解だったようだ。


「セイちゃん、怒らないで。ライドルトとは何もしていないから」


『嘘、キスしてたじゃない』


 くっ、しっかり聞かれていたか……。


「それはセイカともしてる」


『うっ?…それは娘だから当然の権利よ!どうせ盗聴してたの知っていたのでしょう?』


「ああ、多分聞いているんだろうな~と思ってたけど確信はなかった」


『……いつからバレてたの?』


「ここに来るまでの遠隔運転はセイカがしてくれていたんだろう?運転のクセでなんとなくわかった」


『そう……私が司令官と入れ替わった初めからバレてたのね。それに運転のクセ知っていてくれていたのね』


「セイカの事なら何でも知ってるぞ」


『何でもじゃないわよ。知ってることだけね』


「どこかで聞いたセリフだな」


 拗ねていたセイカの雰囲気が少し和やかになった。ここらへんでこちらの知りたい情報を聞いてみる。


「俺たちがビルの入り口で襲撃された事を知ってた?」


『ごめんなさい、知っていたわ。通信も切っていたの』


「そうか、それはいいんだ。じゃあそこから順番に聞きたいのだけど、俺とライドルトに向けて狙撃された時の弾種が違ったのだけど――」


『待って、弾種まで見えていたの!?まあ、それは置いておいてターゲットはお父さんだけだったはず……ホントだ。ライドルトには狙撃の指令はなかったのに』


 やっぱりこの組織は一枚岩ではない。


「それについては後で話そう。次は、俺たちは試されているな?」


『ええ、黙っていてごめんなさい。まだ試験は続くわ』


「試験か……俺が気付いている事に司令官は何と言っている?」


『気付いていても続行するつもりみたい』


「気付いていると知っていても襲ってくるのか……一応聞いておきたいのだけど、その際にセイちゃんの協力は得られるのか?」


『そもそも、こちらからお父さんに連絡する事が禁止されているわ。今、すべての盗聴データを同時に改ざんしながらこの時間が取れているの』


 つまり俺たちで何とかしないといけない、という事か


「ではこれ以上この状態が続くと不審がられるな。セイちゃんのタイミングで話は切り上げていいけど、一点だけ……ライドルトに向けて発砲したのは組織内の人間か?」


『狙撃された弾丸は二発。異なる弾種だけど、どちらもうちの組織で扱われているものだったわ。このことから組織内の人間がやったものだと思われるけど、もしかしたら情報が洩れて外部からの攻撃された可能性もあるわ』


 どっちの可能性もあるのか。面倒なことになった。組織内部の事だけなら適当にやり過ごすこともできたのだが、まだ見えない敵がいるかもしれないという事は気が抜けない。


「わかった。あとはこちらで何とかするよ」


 これ以上質問で引き留めるのは良くないと考え手短に返事をした。


『うん。……お父さん、ライドルトと変なことしちゃダメだからね』


 セイカは最後、俺に釘を刺して通信を終えた。



「少尉……続き、しないんですか?」


「……」


 本気か冗談なのか、ライドルトは小さい口から少し舌をチロリと出して聞いてくる。


 やめてくれ。そんなことしたらまたセイカからの鬼電だけでは済まない気がしている。



 その晩、ナカモト大尉から食事の誘いを受けたが断り、施設内の食堂で食事をしたのだが……


「マジであった」


 カツめしがメニューにあり、更にSAV所属と言うとカツを一枚おまけしてくれた。


 食後はライドルトと施設内を散歩がてら見て回って宿舎に帰った。

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