第9話 回想④
ここからは俺の記憶で蛇足の部分だ。
蛇足と言っても必要のない記憶ではない。俺にとって大切な思い出でもある。
それに加えて俺が今の仕事をする事を決意した記憶でもある。
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意識が戻った。だが頭を打ったかもしれない。意識がぼーっとする。
俺は移動式のまな板のような材質の堅い担架で処置室と呼ばれる部屋に運ばれたようだ。
俺はまだ生きていたんだな。頭が現実と空想の間にいるような気持ちで地に足がついていない感覚だ。
周りを目だけで見回すと、一見病院の手術室のようだが、処置をすると言う割りに人がいない。
正確に言うと、防護服を着た人間が遠くでモニタリングしている。
身体は固縛され、自分の周りをスキャナーのような機械が動き回っている。
これは自動運転の手術なのだろうか。俺の時代の知識より明らかに技術が進歩しており、自分が浦島太郎になった事と、どのくらいの時間が経ってしまったのか。
少し離れた場所で千切られた俺の右腕がいつの間にか持ち運ばれており、乱暴に千切られたためか損傷もあってロボットアームが緻密な動きで腕を修復している。
機械の腕が生身の腕を治すと言う、創造主の人間が機械に修理されるという、立場が逆転した少し思い考えるような絵面だと感じた。
哲学臭い思考になったので、自分の背中辺りで動いているロボットに意識を切り替える。
身体が固縛されているから直接見ることはできないが、俺の背中で動いているロボットアームは、爆発で吹き飛んできた何かの破片が多数刺さったのだろう。何か所も同時作業で処置されている感覚がある。
飛んできた破片を受ける際、気絶したせいで記憶が飛んでいたが、内臓は避けて受けたみたいだ。致命傷がなくてよかったと今は思う。
俺は意識がある為、ロボットアームのモーターや動力のエアコンプレッサーの音が耳につく。
一旦体の事は置いておいて処置後、セイカに話を聞く機会があるだろう。
今は一人で考える事ができる貴重な時間だ、聞きたい事をまとめておこう。
と言っても、ぶっちゃけ何かもがさっぱりわからない。どんな些細な情報でも混乱する自信がある。今は意識がぼーっとしているし。
そもそも今は俺の最後の記憶から一体何年後なのか。今後、自分はどうなってしまうのか。この施設からの脱出は可能なのか。
まあ身近に家族がいるのでその選択肢はないけど。
そして一番聞きたいことは――
そこで俺は再び意識を失った。
・・・・・・
・・・
(――知らない天井だな(笑))
お決まりのセリフが頭によぎった。劇場版最後まで観れなかったので時間があるときにチェックしたい。
さておき今は病室のベッドだ。悪い夢など見ずに快適に眠りにつけた。
まだ頭は混乱しているが、俺は本当に目覚めたのだろうか。
実はまた作られた地獄の様な世界に居るのではないだろうか。
新しい記憶の中をたどると、IONと呼ばれていた機械のベッドから目覚めた直後、明らかな敵っぽい奴らが攻めてきてこれを撃退。
負傷したので手術が終わって眠りから覚めた。
負傷した箇所の処置は終わったのだろう。キャスティングテープで固められてはいる。腕も繋がっている。
少し起き上がったところで――ふわり、と俺が絶対に忘れないフレグランスが鼻孔を優しく刺激する。
そうか、香水をつける位には年齢を重ねたのだな。
「……アキ、全く気配を感じなかったのだけどとかは置いておいて、何をしてるんだ?まずは――」
「――まずは。少し黙ってて」
起き上がったところで、アキに後ろから抱きしめられていた。
「……そうだな。まずは顔を見せてくれ」
「……絶対いや」
最後にアキに会ってから一体何年経ったのか……。
「……った……ょがった……」
――いや、そうだな……少しの間は何も考えないでいよう。
・・・・・・
・・・
繰り返しになるが、最後にアキを記憶していたのは14歳だった。
アキは泣き止んだところで俺に寄りかかり、千切られた腕を両手で握っている。
大人になりたての子供というくらいの年齢だ。見た目から考えるに大体、四、五年は経ったのだと考えた。
アキが俺に寄りかかったまま話をする事もなく、また微動だにすることもなく静かな時間を過ごした。
「……よし」
「おとーさん、今ヒールの魔法で腕がつながったからそのギプス外していいよ。違和感がないか動かしてみて」
俺は言われるがまま手を握ったり広げたりして動きを確認した。これ完全に治ってるな。
で……は?ヒール?魔法?アキが?
不思議な顔をしていたのだろうか。アキの顔を見た。
「あたし、おとーさんが眠っている間に魔法使いになったんだよ」
……は?
突然の告白だったが、あまりに荒唐無稽すぎる。魔法使い?
前々からちょっとアホな子だとは思ってたのだけど、このシチュエーションで言う事か?
とは言え、可愛い娘の事だ。肯定して考えよう。
一番最初に考えたのはゲームや漫画に出てくる魔法使いだ。
魔法使い?俺の子供に男は居ない……はずだ。多分。魔法使いの条件として三十歳まで未経験の人間が適用されるのは男だけだからだ。いや、例え自分の息子が三十歳まで童貞でいることは俺が許さない。せめて素人童貞位にジョブチェンジしてやる位の甲斐性はある。いやいや落ち着けよ俺。混乱しているのか、混乱している自覚はあるが今考えるべきはそんな事じゃない。
「アキ……今、何もかもわからなくて少し順序立てて――」
「それはわたしから説明するわ」
サラサラの白い髪、長めの前下がりボブなびかせ、セイカが病室に入ってきた。
「…………セイカ」
「改めて久しぶりね、お父さん」
ほんの一瞬、俺はセイカに対する態度を決めあぐねたが目覚める前と変わらず同じ態度で接する事とした。
あの日から俺の身に何が起こったのか、そして先程の襲撃の件、全く分かっていないのはきっと俺だけだ。
きっとセイカなら知っているのだろう。
「アキ、お父さんは目覚めてすぐ外部から脳に高負荷な情報を入れると危険なの。本来、面会謝絶だから今日の所は出て行ってちょうだいね」
アキはすぐに言い返そうとしたが俺の顔を見て納得したらしく、おとなしく部屋から出ていこうとするが――
「明日は――」
「半月はダメ……と言いたいところだけど、一週間は我慢してちょうだい」
セイカがアキのセリフに覆いかぶせた。妥協案をあらかじめ提案したと思うのだが、一週間の長さにアキは肩を落として出ていこうとする。
「アキ、また明日顔を見せてくれ。何も話さなければ良い事だろう?」
「――!」
捨て犬の様な雰囲気を出していたアキの頭部から犬の耳が生えた気がした。
「……お姉ちゃん?」
アキは目を潤ませ、セイカの両手を握って無言の懇願をした。
「……そう言う事ならいいわよ。お互い話はしないと約束してちょうだい」
「お姉ちゃんありがとー!」
俺の知っている、妹大好きなセイカのままだった。
セイカはアキにお姉ちゃんと呼ばれると檄甘になる。
微笑ましくなったが、気を張っておかなくてはいけない。
「んじゃ、おとーさん!また明日ね!」
ルンルンで出ていくアキを見送った。
「さて……アキに治療してもらった腕の調子はどう?お父さん」
「どういう訳か分からないが何故か治った。ところでこのギプスは自分で外すものなのか?」
「まさか。切ってあげるから腕こっちに向けて」
セイカは電動のカッターにスイッチを入れて、ギプスにあてがい慣れた手つきで切っていく。
「セイカ、まず家族の事を知りたいと思ってるのだけど――」
言葉を遮る事を意味しているのか、小さい手を俺の額に当てた。
「さっきも言ったけど今日の所は何も聞かないで。少しづつ話していくから。熱も出ているし安静にしてて」
「そうか、そう言う事ならすぐに休ませてもらうよ。ところで……」
「おまえは誰だ」
まず一番聞きたかった質問を聞いてみる。
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