第10話 回想⑤ 慟哭

「一体おまえは誰だ?」



 そう。先程の襲ってきた暴漢から目の前のセイカに似た偽物を抱きかかえた時にわかった。


 少なくとも人間じゃない。


「まずはこの薬を飲んで。この薬なしに何もかも全部話すと精神が崩壊する可能性があるのよ」


 セイカによく似たそれ(仮)から薬を渡された。何を信じていいのかわからないが、言うとおりにしておかないとことから話は先に進めることはできないだろうと思い、言われるがままセイカ(仮)の目を見ながら薬を飲んだ。



「ちなみにその薬はしびれ薬ね」



「……」



「……冗談。思考が鈍くなる薬よ。徐々に頭がふわふわしてくると思うけど、そのままお話していくわね」



 ……疑心暗鬼になっている俺に対しては良くない冗談だ。


 こいつなりの気遣いかもしれないが、そう考えるにはあまりにも楽観的だ。どうなっても一旦話に乗らなくては何も始まらない。



「お父さん、薬の効果が出るまで雑談しましょうか」



「――そうね……一週間に、月面ステーション行きの定期便ロケットが発射されたのだけど、ウチの会社の貨物があってね。その貨物がある組織に狙われてて――」


 早速薬の効果が効いてきたのだろうか。月面ステーション?何それ?気になるワードが飛び出しているが、疑問に思ってはいるが聞き返さず、話に耳を傾ける。



「そしたら、アキが――」


 アキの話になったら急に声のトーンが上がった。本当にセイカはアキの事大好きだからな。


 いやいや。今、目の前にいるこれはセイカの偽物だ。



「…………」



「聞いてる?お父さん。あ、そうそう……今する事じゃないけど、これからのお父さんの業務に際してこの書類にサインしてくれる?」


 …………ぼーっとしてるが、このタイミングでこんなこと言ってくるか……。お手本のような詐欺の手口だ。



「ここのタッチパネルに左手人差し指を置いて指紋認証すればOKよ♪」


 なにか知らないけど言われるがままにしていた……。大丈夫かな……業務って言ってたからまあいいか。



「ちょろいわね。変なおじさんにアメちゃん貰って攫われないか心配よ。さて、そろそろ」


 何がおかしいのかクスクスと笑いながら話を続ける。



「まず、お父さんが眠る前の最後の記憶からはなしていくわね。あの日、アキを助ける為に身代わりになってビルの屋上から落ちたのは覚えているかしら?」


 ぼーっとする。セイカの声は聞こえるので頷き返す。



「普通ならあの高さから落下して生きている訳がないのだけど、ある人物が助けてくれた。どこも怪我をすることもなく」


 覚えている。覚えている……。



「その日から今、50年経ったわ」


 ……50年か。


 俺は元気だ。


 元気があれば……なんだっけ。


 ケイちゃんもセイちゃんもアキも元気そうだし良かったなぁ。


 今の思考が曖昧だが、セイカ(偽)から話される話は理解できている。



「まて、俺は50年寝ていたという事か?」



「そうよ。お父さんはここで50年寝ていたの」


 実感が持てない年数だ。荒唐無稽な話で到底信じることができない。


 気になることが山ほど発生してもおかしくない話題だったのに頭の回転がひどく悪くなっている。恐らくこれも薬のせいだろう。セイカ(仮)からすれば便利な薬だな。



「その50年があの地獄の様な記憶だったってことか?」



「それについて簡単に説明するわね。お父さんがビルからの落下で助かり、その後ここに連れて来られたの。そのままこのION(イオン)というフルダイブ型のVRで50年間、仮想空間での訓練を行ってもらっていたの」


 訓練と言うにはあまりに非現実的で過酷なものだった。その仮想世界では何度も俺死んだしな。



「体についてもかなり変化しているわ。まず訓練の際、痛覚が無くなってしまったわ。それに仮想空間で鍛えた身体については現実には投薬でそれに近い肉体にしている。あとオマケで体毛は全身脱毛しているからツルツルよ」


 おい、最後のは何だ。頼んでないことまでするな。いや徹頭徹尾すべて頼んでなかったのだけど。


 体毛の事は一旦考えから外して、痛覚がない事については先程の暴漢に腕を千切られたとき何も感じなかったのがそうだったのか。自分ではアドレナリンが出ていたので痛くなかったんだと思っていたが。



「そしてこれが重要なところなのだけど、お父さん、ケイカ、アキ、私と家族全員加齢しない体質なの。これに関して今のところ原因はわかっていないわ。この体質のせいで私達家族はここに集まったと言ってもいいわね」


 歳を取らないのが俺の遺伝だったとしたらケイカ、セイカ、アキが同じ体質になったとも考えられる。すべては俺のせいかもしれない。


 家族としての普通の生活からは外れてしまったのか……。なんだか子供たちに申し訳ない気持ちになる。



「今、全員肉体的に20歳で加齢が止まっているわ。肉体的には同級生ね」


 親子で同級生とか考えたくはない。


 徐々に自分が聞きたいことが明らかになっていく。



「それでお父さんが何故50年も仮想空間で訓練されていたかの目的を言うわ。かなりバカげた話だから心して聞いてね」


 いやいや、ここまでの話でも十分バカげている。


 加齢しない生物の実験とでも考えもしたが、頷きで返しセイカの話を聞く。



「今、日本では異世界に転移している日本人が多数発生しているの。異世界とは剣と魔法のファンタジーの事ね。……で、その一部が無事生還しているのだけど、その帰還した勇者を殺すのが私たちの仕事よ。お父さんにもその仕事をしてもらう事になっているわ」


 ……は?


 ファンタジーだ?


 ここまでも随分ひどい目に合わせされたと思っていたが、今度はファンタジーの人間を殺す仕事をしろだって?


 さっきは殺らないとこっちが殺されると思ったので防衛のため動いただけだ。


 とは言え現実世界で人殺しをやってしまったことへの良心の呵責は……あまり?全然感じていない?ダメだ薬のせいかわからないが頭が思考を鈍らせている。



「アキもそのうちの一人よ。あの子も異世界に転移されてしまって14年もの間異世界で生活し、帰った時には世界を滅ぼせるほどの能力を身に付けて帰ってきた。今は私とケイカの監視の下で生活する事で始末されずに済んでいる」


 はは……もうなんでもござれのスペシャルドリームだ。きっとこの夢は覚める時が来る。

 ――と、現実逃避したかったが、頭の良いセイカが真顔でこんな事言う訳ないし、自分の娘を信じれない親はいないと言い聞かせて今この話に臨んでいる。最後まで話の腰を折らずに聞こう。



「ちなみにこの話を聞いたからにはこの仕事をしなければ、お父さんも始末されるから。さっき契約書に拇印をしてもらったのもその同意書よ。それにアキは今いる組織の実質、人質になってしまった。私達はあの子を守らなきゃいけない」


 本来親が子供を守らないといけない所、ケイカとセイカでアキを守ってくれていたのだと考えると俺は50年眠らされていただけで何の文句があるのだろうか。


 今まで無責任な親をしてきたことへの清算だと思えば、地獄を見せられたことへの溜飲が下がる思いだった。それに守ったのはアキだけではなく、俺の事も近くで守っていてくれたに違いない。



「あとは、私の事だけど――」


 ようやく俺が一番最初にした質問が返ってきそうだ。



「今この体はロボットよ。ただ、私はAIとして生きているので実体はないわ。便宜上この機械の体が必要だったから、大元の私のサーバから信号を受けて動かしているだけ」


 聞きたかった事だが、聞いてショックを受ける。やっぱり目の前にいるこれはセイカじゃなかった。


 ここでようやく俺の口が開いた。



「セイカは?俺の……セイカは?ややこしすぎてうまく説明できない!セイカ!」



「言いたいことはわかっているわ。人間としての私という事ね」


 人格や性格を完全に移行したので私だってセイカなのに……と小さな声でぼやいていたが、今俺に必要なのはそうじゃない。




「ケイカ、連れてきてくれる?」


 ドアが開くと長女のケイカがいる。ケイカとは話していないのでちゃんと話したい。会えて、生きててくれてよかった。


 視線をさらに落とすとセイカがいた。


 ただ、セイカは3歳くらいの容姿でいるがセイカだった。


 なぜセイカだけ幼くなっているのかわからない。わからないけど。



「おとーしゃん!?」



「あ……ぁ」


 俺の事を呼んでくれた。


 小さなセイカを見つめ、唇がブルブルと震えている。


 震えながら小さなセイカを抱きしめると暖かい……体温を感じる。


 色々わからないことだらけだったが、俺の娘たちが全員生きてくれていたことを考えると涙が止まらなかった。一番の不安が解消されたからかもしれない。涙が止まらなかった。



「よかった、本当に……よかった!」


 こういうのは理屈じゃない。腹の中にあった何かが全部出尽くすまで泣いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る