第22話 勇者 四五口宗助の冒険②
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何故神崎さんを殺してしまったのか。
それはもう一人の僕に聞いてほしい。僕には全くわからないんだ。
もう一人の僕は自分を不幸にする行動しか起こさない。
「シコ君……どうして……」
「俺はシコ君じゃない!何年も同じあだ名で俺を呼びやがって!」
俺は神崎さんに馬乗りになって何度も顔を殴り彼女の首を絞めていた。
なぜこんなことをしてしまったのか。
しらないよ。だってムカつくじゃないか俺が嫌な気持ちにさせられたんだ。
衝動を抑えきれなかった。
「ごめ…なさい…許して……」
絞り出すように命乞いを懇願してくる神崎さん。長く綺麗なストレートの髪は乱れていて血で顔に張り付き、どんな表情かわからないけど彼女の股からは小便が漏れ出ていた。
「前から決めていたんだ。俺はもう死のうって。俺寂しがり屋でさ、神崎さん一緒に来てくれるよね。だって神崎さん俺に構ってくれて優しくしてくれるし。お願い。ね、神崎さんが死んだら俺も後を追いかけるからさ」
「…………」
神崎さんは口の端から泡を吹きだし動かなくなってしまった。
もう死んじゃったのか。つまらない。
(くぁ……そういえば僕寝不足だったんだ。まだ仕事は残ってるし……とりあえずひと眠り休憩してからにしよう)
。・゜・。。・゜・。。・゜・。。・゜・。・゜・。。・゜・。
「ここは……どこだ」
目の前に広がる草原、吹く風に乗せられる草の匂い。
自分は立っているのか座っているのかわからない。自分の身体が確認できないからだ。
だけどなんだろうか、この多幸感は。訳のわからない状況だけどストレスを全く感じない。
そういえばさっき神崎さんを殺してしまってから寝ちゃったんだ。
人を殺してから寝るとこんなにも幸せなのだろうか。
初めての体験に心が躍る。
周りを見回すとちょうど僕の背後に神崎さんが仁王立ちで立っていた。
ただ違和感がある。
神崎さんが巨大化しているので僕は見上げないと神崎さんと分からなかった。
あ、パンツ見えてる。
(ああ、神崎さん生きていたんだね。よかった!あ、もしかして僕も死んじゃったのかな?)
「…………」
(ん?声が出ない……神崎さん聞こえる?)
神崎さんは僕に気が付いているのか視線をこちらに向けている。
(なんだ聞こえていたのなら返事をしてよ。僕うまく動けないんだ。ちょっと手伝ってよ)
「…………」
神崎さんは赤子を抱きかかえるように僕の事を抱えてくれた。
(もしかして神崎さんが大きいのではなくて僕が縮んでしまったのかな?子供の様になったってことは……そうだ。これは異世界転生だ。僕たちは生まれ変わったんだ)
それにしても神崎さんは良い匂いがする。こんな可愛い子と二人で絆を築きながらこれから異世界を旅してラブやロマンスがあったり……最高だ!
灰色の青春から一転、幸福な未来に思いを馳せる。
新たなスタートに気持ちが高ぶっていた瞬間だった、ポタポタと雫が落ちる音がする。神崎さんを見ると腕から粘度の高い、青色の液体が地面に向かって垂れていた。
(何これ、スライムの様な液体は――)
――自分の体液だと知った。
(これは……神崎さん僕って今スライムになっちゃってるの?――ええと、スライムっていうのはね、ゲームの中では最弱の生き物で……)
言ってて悲しくなってきた。
スライムスタートのゲームなんかこれまであっただろうか。
その前にスライムに転生した事に対してもっとショックを受けたり、落ち込んだりすると思ってたのに、この落ち着いた気持ちはなんだろう。
これはスライムとしての特性なのだろうか。
いや、ただ単細胞だからかもしれない。
「…………」
ダメだ、神崎さんからの回答はない。
かといってこんな草原のど真ん中で自分の姿を確認できるような鏡や水辺など無い。
想像していた幸福な未来から暗雲立ち込める異世界生活が始まろうとしている。
◆ ◆ ◆
――冒険は始まらない。もう最悪……。
ましてやモンスターや魔物とも遭遇しない。
何だこのプレイヤー放置なこの世界は。結局自分から動き出さなければ何も起こらない事はどこの世界でも一緒なんだな。
ともあれ何もしていないわけではない。
どうやら僕はスライムとして生まれ変わったようで、その特性を十分な時間を使って試した。
まず前世(?)である人間の姿に戻ることができたのだが、スライムの身体を気化させて霧のようになった時に人間の姿になる。
後にわかったことだけど、このスライムの身体は火、氷、雷などに加え、物理耐性があり攻撃を受けることはまずない。
ただし何もできない。
本当に何もできない。何かに触れる事も、攻撃することも、防御することも。
ただの霧なのだ。この状態に何の意味があるのだろうか。
あとは……
(神崎さんこっちに来て)
「…………」
霧化した僕の目の前まで来てくれる。
(服を脱いで)
僕の言われた通り、シャツのボタンをはずして服を脱いでいく。
そう、彼女は僕の言う事は何でも聞いてくれて言う通りに動いてくれる。
神崎さんは僕のお人形になってしまったようだ。
まったく何が何だか……チュートリアルすらないクソゲーだよ。
ともあれ僕はスライムなので、出来ない事は彼女が補助してくれる。
あとは彼女は魔法が使えることがわかった。氷の魔法だ。
それに加えて肉体性能が普通の人ではない。体力、筋力ともに僕の知識にあるアスリートを超えている。すごいぞ神崎さん。
ただ僕の能力がショボすぎるので、正直言って羨ましい。
僕の言う通り裸になった神崎さんの形の良い胸に触れようと手を伸ばす……が、すり抜けてしまって彼女の胸の柔らかさを感じることができない。
鑑賞しかできない生殺しの状態だ。
スライムに戻れば触れられるけど、良く見ていた薄い本の内容の様な感じになってしまって自分的にいまいち興奮できない。
そもそも性欲を感じない身体になっていたせいもある。
(……服を着て神崎さん)
脱がせたり着せたり、命令する時むなしくなってきたので最近は楽しめなくなった。
何も話してくれないし、嫌がらないしね。
食事については食べなくても腹は減らない。神崎さんも食べなくても大丈夫なようだ。
毎日彼女の裸を見て体つきの変化がない事から大丈夫と判断した。
エネルギー摂取しなくても体は動く。永久機関とはここにあったのだ。
二人の能力は大体分かった。これからどうして行くべきか行動を起こさないと一生をこの草原で終わってしまう。
(神崎さん旅に出よう)
――今後の行動はこうだ。
戦力として皆無である僕の代わりに神崎さんに戦ってもらい、雲のように漂う僕は文字通り上空から指示を出し敵を倒していく。
要はコントローラーがないゲームと一緒だ。
恐らく今与えられている状況ではこれしか方法はないけど、行動あるのみだ。
つまらなかった元居た世界と比べてモチベーションは高い。
(さあ行こう!神崎さん!)
僕の冒険はようやく始まったのだ。
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