第57話 十和田現智
「――あれは……ミリオール…ドラゴン」
アキがそう呼んだ巨大なソレは廃鉱跡をぶち破り、罠で使った爆薬が遅れて爆発し、辺り一面土煙と爆煙に包まれた。
俺は全容を見ることなくSAV全員に退却を命じて、アキの手を取り逃げ出そうとするが、アキは巨大な何かを見てセイカに通信している。
脱兎のごとく逃げたかったのだが、アキの視線を追ってしまった。
あれはゲームや物語に欠かせない生物――ドラゴンだ。
現在寝泊まりしている組織の10階建てのマンション寮に並ぶ大きさで、翼から足の先まで真っ黒な色をしている。
この作戦が始まる前から、廃鉱からガス爆発の可能性があると周辺住民にフェイクの避難勧告を出し、人払いをしているのだが、これ…遠くからも見えるのではないだろうか。
「ねえ、セイカ姉さん。こちら(現実世界)に来るのって異世界転移者だけなじゃないの?あれはあたしが異世界にいた頃、見た生物よ」
アキは個別通信でセイカと話している。現状を整理するためにリソースと使っているようだし、ひとまず無言でアキを肩に抱えて逃走した。
『全員無事か?死んだ奴は声を出せ』
『隊長余裕ですね!!早く逃げないとあのゴ○ラみたいなのにぺちゃんこにされてしまいますよ!?』
しまこが返してくれた。とりあえず女子グループは大丈夫そうだ。
『おいジャン!逃げているか!?ああ、すまん、俺が声をかけるより先に逃げるような奴に愚問だったか?』
『ひいいいいぃぃぃぃ!ひぃぃぃぃ!!』
『よし、もう十分だ――ロジャー、ジャンの面倒を頼む』
そして肩に担がれているアキは変わらずセイカと通信を行っているようだが、俺の持っている銃であの黒い物体に向かって発砲している。何かを試すように。
【AI判定[注意!]:正体不明物体接近中】
俺たちが逃げている方向から大きな物質が接近しているとデバイスのAIの予測アラームが鳴った。
『でかい!全員伏せろ!』
俺はアキに覆いかぶさる形で地面に伏せた。
俺達の上部数メートルに、あの黒い生き物めがけて炎の塊が通過した。
着ている戦闘用のスーツが一時的に機能停止するほどの熱量だった。
「おとーさん」
「おお、大丈夫か?アキ」
「ありがと、おとーさん」
アキは俺の頬にキスして立ち上がった。もう恋人同士の当たり前のようなスキンシップを取ってくるが、今はいちいち喜んでいる場合じゃない。
アキはいつもと違って、予想以上に賢者モードだった。
『セイカ姉さんさっき出たドラゴンに加えて珍客も来たよ。――どうする?どうしたらいい?ケイカ姉さんも聞いているんでしょ?』
『……今、お父さんも通信をつないだわ。説明を聞きながら状況に対応してちょうだい』
『いや、今すんごいことになってるんだけど。もういいや』
なんかもうやぶれかぶれだ。何言われても今の状況より驚くことはないだろう。
『まずはアキと二人で話していた内容を説明するわね。アキがこの状況を何とかできると言っているのだけど、同時に北海道の半分くらいは焼野原か海に沈むそうよ』
北海道が半分……?この土地のの美味いものが半分になると考えると深刻さに実感がわいてくるのは俺だけかもしれない。
『そうか。スケールがでかすぎて、どう判断したらいいかわからんな』
『そうなのよ。我々ができる判断の範囲を超えすぎているのよ。人的被害、物的損害、人類の歴史的にもこんな被害は……それこそ大型隕石衝突による氷河期の到来以来のものになるかもしれないわね』
悠長に話を聞いてはいるが、周りの状況は国道を跨いで辺りの木々は焼け焦げ、巨大なドラゴンはさっきの炎を食らっても、まるで何もなかったような感じで何かを探している様子だ。
「アキ、珍客というのは、さっきの炎を出した――」
「――はーい。それは僕の事でしょうか?みなさん初めまして!僕は勇者、十和田現智(とわだ げんじ)!さぁ!みんなで協力してあのドラゴンを倒しましょう!」
きっちりセットされた金髪に、夏の気候に適したラフな服装で「これから海にでも行こう」みたいな気楽さで話しかけてきた……こいつがさっきドラゴンに向けて炎を放った奴か。見るからに胡散臭いな。
『セイカ、誰だコイツは。勇者と名乗っているが俺は知らんぞ』
『SAV各員、まずは退却を中止せよ。あの勇者十和田という人物は過去の異世界転移者としてのデータにない。本当に帰還者かいなか不明だが、組織からの指示は「どちらにせよ我々の活動を見られたのであれば処分せよ」です。さっき炎の魔術を使った事から、帰還者のAI判定が出ています。各員、攻撃対象とみなして状況を開始してください。またU-6出現時に発生した仮称・ドラゴンに関しては情報を精査したのち指示を送る。以上です』
セイカが部隊全員への通信で帰還者殲滅の指示があり、このまま退却はできなくなってしまった。
「悪いな、あんちゃん。ここで死んでもらう事になったよ」
「えー?あそこのドラゴンを含めて全員を相手にするのはちょっと厳しいのだけどー、どうにかならない??」
ここで殺すと言われても動じない辺り、自分に自信があるのだろう。こちらとしてもこいつを含めたドラゴンと対峙するのは遠慮したいと思っているのだが、お上がそれを許してくれない。
「……では聞くが、目的はなんだ?」
「僕もそっちの組織に入りたいんだ。だから手土産を持ってきたんだよ」
十和田はそう言ってドッジボールほどの物体をこちらに投げてきた。SAVの全員が銃を構えて警戒する。
ゆっくりと向かってくる物体を確認すると、角が二本ある兜だ。これは……
『しまこ、あれは俺達が前回戦った剣干賢人が装着していた兜だ。”中身”も入っているか確認してくれ』
『了解です………』
しまこが兜を確認する動きに対して十和田はにやけ面で見ているだけだった。
『”中身”は剣干賢人の頭部と確認しました。持って行きますか?』
『いやいい、早く戻って来い』
『セイカ、相手はああ言っているが?』
『わかっていて聞いていると思うけど、交渉の余地なし。ただちに状況を開始してください』
無茶を言ってくれる。ただこのまま俺達が退却してこの地域はどうなるのか予想がつかないのも事実だ。
「今こちらの組織内で確認をしている。少し待てるか?」
もう決は出ているが時間稼ぎをして作戦を立てたい。
「問題ないよ?でも早くしないとあれが暴れ出すかもしれないから早くしてね~」
十和田はそう言ってドラドンを指さした。確かに悠長に話をしている場合ではないと思われるが、個々での話が生存率に左右されることもある。こういう時こそ慎重にならなければいけない。
『さて、全員聞いたな?俺達に退路はない――』
帰還者は俺達で戦闘を行うとして、ドラゴンの方はアキに陽動をと考えていると、後ろからアキが耳打ちしてきた。
「おとーさん、おとーさん、あいつ多分今までの帰還者とは違うよ」
俺は通信を一旦中断し、アキの話を聞く。
「それは今までの帰還者より強いということか?」
「そう。状況的にあたし一人でミリオールドラゴンを含んだすべてに対応できるかもしれないけど部隊の全員を守ることはできなくなると思う」
俺を含めたSAV(部隊)全員足手まといということか。まあ、いつもアキの助けがあってどうにか成り立っていたようなものだ。それも今更だが……。
退路は身内に断たれ
目の前には正体不明の帰還者
向こう側には災害ともいえるような存在であるドラゴン。
四面楚歌とはこの事かもしれない。今は三面だけど。
覚悟を決める時はきっと今だろう。
「アキ、ドラゴンの対応を頼む。SAV全員を連れてフォローしてやってくれ」
「………………は?」
「そこのチャラい奴は俺一人でやる」
「ちょっとあたしの話聞いていた!?今までの帰還者と違うって言ってるのよ?死ぬ気なの!?」
「いや、多分この配置が一番生存率が高いと思っている」
「絶対ダメ。おとーさんもあんな風にはさせられない」
アキはそう言って剣干の頭部を指差す。
「じゃあ聞くけどアキはそこの帰還者を殺すのに何分かかる?」
「やってみないとわからないよ」
「あっちのドラゴンを殺す時間はどのくらいかかる?」
「……あたしの経験上、数日はかかっちゃう」
これがこの地域が甚大な被害を受けると言った理由だろう。以前剣干との闘いで天変地異の様な光景を見せられたこともあり、誇張無しにそんな戦闘は避けたいところだ。
「……そうか。ひとまずあの帰還者と俺がタイマンするにあたっては俺にいい案がある」
俺は一呼吸おいてセイカとアキへ通信を広げた。
『セイカ。今アキと話しているのだが帰還者は俺一人で戦闘しようと思う』
『……死ぬ気じゃないわよね?』
『ああ、通用するかわからないけど”アレ”の使用許可してほしい』
『……わかったわ。少し待って』
「おとーさん何を言っているの?いい作戦があるの?」
アキはいぶかしげな表情で聞いてきたが、この状況をひっくり返せる可能性を考えた場合やはり”アレ”を使わざるを得ない。本音は使いたくないがそんな事を言っている場合じゃない。
『まあ、博打打ちになるけど無策で特攻するよりいい』
『――お父さん、3HP-4の使用許可はケイカの承認を得られなかったわ』
『そうか……ケイカに回線をつないでくれ』
『ダメ!絶対ダメよ!お父さん!アレを使ってどうなるか知らないわけじゃないでしょ!?』
ケイカからまくし立てるような声でこちらの言い分も聞かない姿勢の様子だ。
『ああ、知っている。だけど、戻り方も知ってるぞ』
俺は隣のアキを見つめて言った。
『――!! おとーさん!?』
アキは何となく察したのだろう。俺はアキの頭に手を置き安心させるような声で言った。
『アキ、俺に何かあった時は頼むよ。すまんな、いつも頼ってしまって』
『ケイちゃんも頼むよ。ここにいる全員死なせるわけにはいかないし、俺も死ぬわけじゃない。こうして今もこうやって生きてるからな』
『……セイカちゃん。解除薬の臨床状況は?』
『マウスでしか試してないけど、一定の成果は出ているわ』
『俺はねずみじゃないけど、まあ大丈夫だろ。ケイちゃん俺の事より自分の仕事に集中してくれ。間違いなく俺より大変な仕事なんだ。ここは親を優先すべきところじゃない』
『――くっ…お父さん。そう言う事じゃないのよ?あとでじっくり話したいことがあるからちゃんと帰ってきてください』
『わかった。またあとでねケイちゃん』
俺の言葉を聞くとすぐ通信が切れてしまった。やっぱりこの状況だと忙しいのだろう。
『お父さん、使用許可が出たけど、解除薬はアキに渡しておいてちょうだい』
『了解』
「アキ、この状況が終わったら俺にこれを打ってくれ」
俺はアキに注射器が入ったカートリッジを懐から取り出し渡す。
『それとお父さん、3HP-4を使うのなら必ずあの帰還者を始末してね』
『わかった。いい結果に期待しておいてくれ』
そしてSAV全員に指示を出して、デバイスの電源を切り、手に握った注射器を自分の腕に刺した。
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