第7話 【フルダイブVR】回想② 戦

 

 頭の中がクリアになる。なにがどうなっているのかさっぱりわからん。


 先程の記憶を頭の中に無理やり押し込められた感覚にものすごく疲弊してしまった。


「ふう……」


 目を閉じたまま一呼吸つく。


 さっきの浮いたような気持ち悪さは無くなったので、ゆっくりと身体の感覚に意識を持ってくる。


 四肢は無くなっていないし指も動く。大丈夫だ、俺は生きてる。



 ――刹那、女の気配に向かって飛び込む。

 多分こいつは俺をこんなにした人間の一人だ殺してやる。


 女の顔を鷲掴みにして馬乗りになり、相手の抵抗を遅らせるため、右腕をもう片方の手で掴む。


 身体からは自分の記憶以上の力が湧いている。どうやら肉体全般に強くなっていると思われる。脳から出る信号に筋肉が高出力且つ精密に動けるような万能感があった。



「――先生!!」


 辺りから女以外の声が聞こえる。また今いる場所でサイレンが鳴りだした。俺は逃げ出した動物園の猛獣扱いにもすこし苛立てた。


 感じる殺意はかなり遠くから感じたため、いざとなればこの女おぼしき人間を盾に使えばいい。特に抵抗もしていない為、こいつをどう使っても簡単ここから逃げ出せる。



「あら、長期間寝てた割には元気じゃない。介護中もすぐ動ける肉体にしてあげたわたしに感謝してほしいわね」


 まただ。


 聞いた事のある声に反応して、絶対に離してはいけないと思っていた自分が掴んでいた女の顔を確認するために離してしまった。


「!?……セイカ?」


 特徴的な真っ白な髪色、白い肌、幼い体躯、そして俺と同じ色をした青い瞳。


 この子は俺の娘だ。すごく、ものすごく大事な俺の娘。



「セイカ……か?」


「久しぶり、お父さん。やっと会えたわ。ちゃんと私の人生を返しなさい。そして父親としての在り方を見つめなおすがいいわ」


 俺の耳元で囁くようにセイカは言った。



「何を突然訳の分からない事を言っているんだ。まずちゃんと説明を……」


「ふふっ、ちゃんと子育て……やり直して私を幸せにしてね。お父さん」


 サイレンはけたたましく鳴動している。目の前に兵士らしき複数の人物が俺を取り抑えようと近づいてくる。――が俺の感じている殺気はコイツらではなく違う場所からだ。


 次の瞬間、爆発音とともにエレベーターの扉が吹き飛び、殺気を放ったであろう人物が侵入してきた。



「……」


 その殺気の主は派手に侵入してきたくせに無防備な棒立ちで辺りを見回している。当たり前だが目的があるようだ。


 俺を取り抑えに来た兵士たちはその人物を見るやまるで条件反射のように発砲を開始した。


「――居たよ!居た居た!こいつが目標だね?」


 遠くを眺めるように目のあたり手をかざし、そう言って銃撃を受けているのに何食わぬ顔で自分のペースで目的を遂行しようとしている。その表情から余裕が見受けられる。


 そもそも体に受けた銃弾は真下に落ちたり跳弾したりしているので、近づくとこちらが危険だ。


 しかし、この兵士達、全然統率できていない。大した時間も稼げず殺されるはずだ。俺に考える時間ほぼないと見ておいた方がいいだろう。


 状況混乱のおかげで今現在の自分のすべきことがはっきりしたため、気持ちは落ち着いている。


 というか、侵入者は俺と完全に目が合っているので目標とは俺の事らしい。徹頭徹尾意味が解らん。


 何がどうあれ、俺の傍にいる自分の娘を守らなきゃいけない。


 セイカを抱きかかえて今よりも安全な場所に移動しなければ。


 今いる場所は先程まで俺が寝ていた棺桶の様な機械のベッドだらけでスムーズな移動は無理だ。


 俺が求めていた問を聞くためセイカと目を合わせると簡潔に答えてくれた。


「お父さん、あれは敵よ」


 だよな。まあ見りゃわかるけど確認はできた。


 はっきり言って逃げおおせることはできないと思っていい。


 ならあれを倒してしまわないと。俺はペロリと乾いた唇を舐めて潤した。


 当然だがこちらは丸腰、あちらは超人的な能力を持っている。



「ああ、なんかあれと似たような奴、見た事あるぞ」


 そう。戦った記憶がある。それもさっき戻ってきた記憶だ。



「打ち方やめぇーい!!」


 侵入者を銃撃していた連中に俺が叫ぶと全員びくっと反応して止まった。やっぱりそうか、こいつら俺の事覚えているな。


 サイレン以外の音が止み、硝煙の匂いを感じながら横切って目標の侵入者に向かって歩き出した。


「お前、オギツキアツシだな?お使いで殺して来いと言われてやってきたが、ここに来るまで苦労したぜぇ?さっさと殺して帰ったら、お駄賃でしばらく遊んで暮らせるんだよ。大人しく殺されてくれよな」


 そう侵入者は言って俺に向かってきた。


 俺は足元にあった片手で握れるほどの太さの配管を力で千切って侵入者の口へ突き出した。



「ガバッ!!なんれごばいづわ!!」


 そう、こいつは体は頑丈だが外部から体内に通じる部分は固くない。


 そのまま侵入者は倒れ込んだので馬乗りになり、指を目に突っ込み眼球を引きちぎる。


「ゴバアアアアアアアアア!!!!」


 痛いようだ。叫んで暴れている隙にもう片方の眼球も引きちぎる。引きちぎった際に中身が空っぽになった瞼を片手でこじ開けて口に刺さっていた配管を抜き、脳に届くように力いっぱい突き刺して床に打ち付けた。めざしの干物みたいなもんだ。


 その際、俺の腕を掴まれて引きちぎられてしまった。特に何も感じないし痛みもない。


 この状況がおかしいと思う気持ちもない。片腕になって効率が落ちてしまったが仕方ない。淡々と作業をこなすだけだ。


 めざしの方はビクビクと痙攣して音を出さなくなった。うるさかったから静かになってよかった。


 俺は立ち上がり、足で顎を踏んで割り、入り口が塞がらないように壊す。


 そこからは手を口に突っ込み、人体の中身を取り出す作業だ。コツさえ理解すれば一気に中身を取り出せる。


 血を全身に浴びてしまって不快感を感じているが仕事を終わらせる方が先決だ。


 動かなくなっても信用できない。前もそうだった。きっとまた動き出すんだ。油断はしない。


 周りを気にせず一心不乱に作業に当たった。


 ・・・・・・


 ・・・


 ・・


 中身はほとんど取り出した。俺の記憶ではもう外側が壊せるはずだ。


 近くに居た兵士から銃を取り上げて二、三発打ち込んでみる。よし、弾が通った。


 銃を連射モードに切り替えてありったけの弾を床にある肉の塊に向かって打ち込んだ。まるで道路工事のようだ。


 周りは見ているだけだ。もう安全だから誰か手伝ってくれよ。こっちは片腕で作業しているんだぞ。


 千切られた俺の腕からは心臓のポンプの動きに合わせて血が噴き出している。


 装填してあった弾全部を打ち込んだ。もういいかな。流石に死んだだろ。


 失血量も多くなってきたせいか意識も遠くなってきた。


 もう終わったと思ってぼーっと辺りを見回し立っていると。



「おとーさん!それから離れて!」


 叫び声が聞こえたので振り返ると、そこにはもう一人の生き別れた娘がいた。



「……アキ?」



「おとーさん!早く!」


 アキだ。俺の娘。大事な大事な俺の娘。



 最後の俺の記憶から成長して大人の女になっていた。


 自分の娘を見て少し緊張が和らいだのかもしれない。後ろの肉塊を確認しようと振り返ると同時に爆発音が聞こえ、そこで意識が途切れてしまった。



 ――俺はまた失敗したのだろうか。

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