俺の仕事は異世界から現代社会に帰ってきた勇者を殺すことだ【フルダイブVRに50年。目覚めた俺は最強だと思っていたけど、50年後に再会した娘の方が強かった話】
宮社
第1話 勇者帰還す
――――長かった……。
長時間水分補給もできず、口の中が乾いてうまく発声できなかったので誰にも聞かれない独り言だ。
五年半前、何事も打ち込むことなく、青春の時間を無駄に使った自覚もない、つまらない学生生活の毎日を送っていたのだが、ある朝起床すると、そこは異世界だった。
よくある物語に違わず、チート級の力を持つ勇者として僕は召喚された。
話せば一日では済まないほどに長くなるが、今日、長い道のりを経て魔王を倒すことができた。
ここまで僕を召喚した魔術王国が魔王討伐までのストーリーを作ってくれて、それをなぞっていくことで、誰も死ぬことなく目標を達成することができた。
城への帰還は約二か月程。帰りの道程は魔王と戦った武勇を仲間と語らい、何年も前に行った修学旅行の様でとても短い間のように感じた。
――もうすぐ城に到着する。
魔術王国の城下町は桜の花びらがいつも舞っている。
この花びらは僕のパーティーで世界屈指の魔術師、レアーの広めた魔術だ。城下町では常に花びらが散るようにレアーの部下が魔術を使っている。当然だがこの異世界に桜など存在していない、一種の幻術のようなものだと言っていたが、僕にはよく分からなかった。
大した魔術じゃないし、こんな花びらずっと視界に入っては邪魔になるだろうと感じたこともあるけど、これが実際、僕の精神的な安らぎになっていたことは間違いなかった。
この花びらの視線のずっと向こう、城へと移すと、透き通るような金色の髪をなびかせる少女…ミラ魔術王国のジェイド姫が見えた。
僕がこの世界に来て間もない頃、理不尽にこの世界に召喚されて元の世界に帰せと自分では何もできないくせに駄々をこねる僕に優しく寄り添ってくれた女の子。
初めて出会った時からしつこく付きまとわれ、落ち込んでいた僕はそんな彼女を煩わしく感じており、きつくあたった時もあった。
だけど、そんな僕の態度を全く気にせず、一人の殻に閉じこもる事を許してはもらえなかった。
甲斐甲斐しく僕の世話を焼いてくれたジェイド。
――この花びらは俺のためにジェイドがレアーに頼み、城下町に桜の花びらが舞い散るようにしてくれたんだ。
そう、いつしか彼女の変わらぬ優しさに甘えている内に僕の中にあった心の氷は解け、かけがえのない存在になった。
現実世界では何もなかった自分だったけど、本当にこの世界に来てよかった。
ここには僕の居場所があり、必要としてくれる人達が居る。
僕を必要としてくれる存在……まだ遠くにいる彼女に視線を向ける。
「これからは君とずっと一緒にいるから。きっと僕が君を守っていくんだ」
彼女を見つめながら聴こえていないであろうつぶやきを終わらせて、ジェイドに向かって手を上げ無事の合図を送る。
……そこで視界が暗転した。
意識がぼやけて夢の中だろうか、誰かに『ありがとう』と言われた気がした。
なんだよ。まったく。
。・゚・。。・゚・。。・゚・。。・゚・。・゚・。。・゚・。
意識が覚醒すると共に目を開くと、ぼやけた視界に懐かしい景色……元々居た世界。現実の世界だ。
そして自室の天井を見た。僕はベッドで横になっている。
――そうか……夢を見ていたんだ。現実は何もない自分のまま。
明日からまた時間を無駄に消費していく毎日だ。
ただ、夢にしては鮮明で、ここ数年の詳細な記憶も頭から消えていない。いくら夢でもこんな情報量は一晩で記憶できるはずがない。
そうだ。僕は現実世界に帰ってきたのだ。
異世界に召喚される事もそうだったが、現実世界に帰ってくるのも自分の意思とは関係なく身勝手なものだ。
五年半の時間を異世界で過ごし、現実世界にはない未知と経験、そしてかけがえのないものを置いてきてしまった。
現実世界には戻りたくないことを表すかのように、僕の腕は無意識に天井に向かって伸びていた。
長い異世界生活、戦いで得た、太く逞しい自分の腕を見て、夢オチや妄想の類ではないことを確信した。
「帰りたくなかったんだ。僕はジェイドとずっと一緒に……」
__________________________
僕は空気が震え、人の気配を認識すると共に銃撃された。
オーバーキル、飽和攻撃、言い方はまだあるだろう。とにかくたくさんの弾丸が僕の体にたくさん撃ち込まれ、天井に伸びていた腕はバラバラに吹き飛び、足の感覚は消えて、服を着ているかどうかさえも分からなくなり、僕の世界はまた暗転する。
__________________________
・・・・・・
・・・・
・・・
『――クソ。やはり再生が始まったか』
水中で聞こえる音のようではあるが、会話が聞こえた。
誰だよ。こんな酷い事……やっぱり現実世界の人間なんてクソだ。
『こいつら大体一回は復活するんスよね~』
なんだよ、人をゾンビみたいに言うな。
『このまま肉片を真空パック詰めにしたらどうなるのでしょうか』
女か?サイコパスな事を言っている……。
『どうでしょうか。ドクターからは「何をしても無駄」って言われていますが』
『そう。この肉の塊を燃やそうが、ミキサーにかけようが、魚の餌にしようが必ず復活する。ただ復活は一回のみだ。もう一回殺せば死ぬ……多分な』
『さて、雑談もここまでだ。もうすぐ復活する。戦闘隊形に戻れ』
「――おはようございます。見限られてしまった世界へようこそお帰りなさい」
「勇者の?アライコウジ様」
「!?」
さっきまでうっすらとした意識が完全に戻った。おそらく過去に復活の魔法をかけてもらっていたのが発動したのだろう。結局魔王討伐まで倒れることがなかったので、現実世界で発動したのかもしれない。
そんなことより緊急事態だ。こちらは丸腰で正体不明の銃を持った暴漢たちと対峙しなくてはいけない。
警戒することは当たり前だが、魔法が使える事の確認だ。周りは真っ暗で視覚強化の音葉を発動させる。よし、自分の部屋が鮮明に見える。壁のあちこち弾痕だらけにされていらだちを感じたが、いったん頭から切り離して、異世界の能力が使える事を安堵した。これで戦える。
もう一度襲われたとしても造作もなく撃退できるはずだ。なにせ僕は異世界の能力が使えるのだから。
問題はなぜこのタイミングで話しかけてきたかという事だ。今すぐ逃げたい気持ちを押し殺してでも情報が欲しい。
勢いでこの声をかけてきた人間を殺してしまわないように気を付けながら会話を試みた。
「おまえは誰だ!?なぜ僕が異世界にいたことがわかる!?」
突然記憶にない声で話しかけられたこともそうだが、見た目が全身黒色。黒すぎるくらいの黒色。光を吸収するほどの特殊な格好で、見た目で敵だと判別した。
視覚強化が働いていなければ暗闇で何も見えなかったはずだ。
顔も同様に真っ黒に塗られており、光を吸収している為、鼻や頬の凹凸もわからない。
どう考えても怪しくないわけがない。それと自分の異世界からの帰還という素性がバレていること。
「……何の魔法かわかりませんが、音葉を使いましたね?」
!? こいつら音葉の事を知っている?
だけど冷静になれ。確かに音葉を使ったけど、僕は手の内を明かしていない。
「まずは泥棒や魔物と勘違いしないでいてくれたことに感謝致します。流石は異世界を乗り超えて帰ってきた勇者ですね。混乱して騒がれても…まあ大丈夫でしたが、落ち着いてお話しできそうです。私は国連のある組織から参りました。あなたのように特殊な事案の処理を担当しております、オギツキと申します」
言葉遣いはビジネスマナー然とした話し方。だけど見た目の怪しさが警戒を解く材料にはなっていない。
そしてなにより声質から、自分と同年代くらいに感じる。まさに姿と中身が一致していない。
「僕に何の用だ!?生憎、長期間家を空けていた僕に用事なんてあるとは思えないが。あとおまえ気持ち悪いんだよ!話し方とか」
オギツキと名乗るその黒人間はこちらの煽るような言葉が嬉しかったのか、微笑む。微笑むと細めた眼が隠れ、顔が真っ黒になり、それを滑稽だと見た僕はさらに冷静になる。
落ち着いたところで勇者は周りを見回し自分の置かれた状況を分析する。
更に音葉で気配感知を使い、自分の周りに複数人数と自宅の周りに数人いることが解った。こいつら全員撃退しようを思ったが、防御系スキルで自分の身を守りながら逃走することを優先に考えた。一度復活の魔法は使ってしまった。次は本当に死んでしまう。
「はい。私どもには貴方――アライコウジ様がこちらに帰還されることを事前に存じ上げておりました。帰還された後、おひとりではお寂しいかと思い、急ぎ馳せ参じたわけです。あ、もちろん寂しいからのくだりは嘘ですよ?」
笑えない冗談を交えて話を続ける。
「ご帰還されてお疲れであるアライ様は大変申し訳ないのですが……」
「もう冒険も終わったことですし、ここであなたの人生も終わっていただきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます