第19話 デッドヘッズ【14:00】

 

 アキとライドルトはジェット機に向かって歩き出す。


 イジーとライドルトがすれ違う瞬間、目が合ったのかイジーの表情が少し緩んだ気がした。


 俺はイジーに隙が生まれることを待ち、様子を窺っている。



 そのまま二人はイジーを通過して、ジェット機に搭乗するのタラップに足がかかる瞬間だった。


 人の背丈以上ある大きく黒い手がアキを掴んで拘束する。俺から見てアキは避けることもできたはずなのにそうしなかったという事は何か考えがあるのだろう。



 予測不能な状況だが俺はその瞬間を見逃さなかった――イジーが後方のアキを振り返って確認していたのだ。


 何故振り返った。特殊部隊に居たお前はそんなヘマはしないはずだ。


 イジーがこちらに向き返ったころにはもう遅かった。


 俺はすでに攻撃範囲まで迫っており、回転飛び回し蹴りでイジーの側頭部に蹴りをヒットさせる。


 確かな手ごたえを感じてイジーを見ると目は完全に飛んでいたので、仕留めた事を確信しケイカを視線を移す。



 ケイカの各両親指、人差し指、中指が爆弾らしきものと接続されており、引き抜くと起爆する仕掛けになっているのだろう。当然迷っている暇など無い。


 俺はケイカの背後に回り、自分の左腕をケイカの口に噛ませた。そして右腕にある仕込みナイフを取り出すと片手3本、計6本ケイカの指を切り飛ばす。



「―――――!!!」



 ケイカの口に突っ込んだ俺の腕の肉を嚙み千切れるほどに噛まれる。今まで経験したことのない痛みだった事だろう。


 まだやることがある、ケイカの指を回収しなくてはいけない。


 俺はケイカから離れ、爆弾に残った切れ端の指をすべて引き抜いた。


 即座に爆発することを想定していたが、爆発しなかったのでイジ―の方へ爆弾を投げた瞬間――爆発した。


 俺は爆風で吹っ飛んでしまった。目を瞑ったが片方の瞼が焼けて開かない。だが片目は見えているので全身を確認すると俺が投げようとした方の腕が爆発で吹っ飛んでしまった。


 全身が爆破の衝撃でしびれて動かすことができない。


 加えて耳鳴りがして何も聞こえない。


 だが狼煙(のろし)は上がってしまった。SAVの隊長として今すべきはただ一つ。



「……全員戦闘開始。皆殺しだ」



 膝を地面につき、戦闘が始まる前から満身創痍になってしまった俺は振り絞るように全員に号令をかけた。


 俺が号令をかけると銃撃戦が始まった。弾丸が飛び交う中、俺は最優先でやることがある。


 泣き叫んで倒れているケイカのところまでしびれている体を這いずって移動し、覆いかぶさった。



「ケイちゃん痛くしてしまってごめんな。ケイちゃんの指、持ってるから後でくっつけてもらおうな」


 背中、足、頭に何発も弾丸が当たる。でも大丈夫、俺は全身防弾装備なので貫通してケイカに届くことはない。



「くっそぉぉぉ!痛い!痛い!!!なんであんたが来たのよ!この役立たず!なんで私だけこんな目に!!くそぉぉ!痛いよおおお!」


 ケイカは泣きながら喚き散らし、痛みに錯乱し俺を罵倒してくる。



「ごめん……」


 俺は弱いからこんなやり方しかできない。強ければもっとスマートな方法があったのかもしれない。


 吹っ飛んだ腕からの出血がひどい。意識が遠のきそうになるが弾丸の音が聞こえなくなるまで絶対にケイカを守る。


 決意と共に俺はケイカを強く抱きしめた。



≪アキ≫。:+* ゜ ゜゜ *+:。:+* ゜ ゜゜ *+:。:+* ゜ ゜゜ *+:。



『アキ――――!』


 ……ふぅん、こんな大胆な方法で来るんだ。


 あたしは今、でっかい腕に握られている。普通の人間なら潰されるくらいの握力だけど事前に肉体硬化の魔法を使っていたので問題はない。



『――応答して!』


 この魔法は間違いなくあいつだ、左陶毬子(さとうまりこ)。



『アキ!応答して!状況説明できる!?怪我とかしてないの!?』


 セイカ姉さんが慌てている。今どう対処するか考えているので返事はしていない。


 左陶は前回戦った時と同じく遠隔で土系魔法を使っていたので探し出せなかったのだけど、今回はこうやってあたしを掴んでくれているし、容易に場所を割り出せるだろう。多分。



「セイカ姉さん、半径5km以内で左陶の叫び声がしたらその場所をマップにマーキングして教えてくれる?」


『アキ大丈夫なの!?……いえ、わかったわ』


 あたしは音葉を使う。


「――――」


 よし、あたしを掴んでいた腕が消えた。効果があったようだ。


『出たわ!一カ所』


 デバイスを確認する。



「すぐに追――」


 すぐ近くで爆発音がした。


 振り返るとおとーさんが爆発を受けていた。


 まずい、片腕が吹き飛んで無くなっている。


 早く左陶を追わないとまた逃がしてしまう。マーキングされたマップを確認すると、ここから約500m位の地点を差している。



『……全員戦闘開始。皆殺しだ』



 デバイスにおとーさんの号令がかかった。一斉に銃撃戦が始まり、近くに居たライドルトが状況に対応できず、ただ立っていた。



「何しているの!始まったわよ。早く戦いなさい!」


 ……どうする?


  ライドルトを安全な場所まで連れて行く?

  おとーさんとケイカ姉さんを助けに行く。

  左陶毬子を追って始末する。



 なりふり構わずやれば全部こなせることができる。簡単だ。


 ただ細かい制御ができないので周辺一帯の関係ない一般人を巻き込むほどの力を使わなければいけない。



「おとーさん!」


 結果、あたしの一番大事なものを守るだけだ。選択肢があるならあたしは一番しか選ばない。



 おとーさんのところにたどり着いた時にはケイカ姉さんに覆いかぶり、銃弾の盾になっていた。その姿を見て涙が出そうになる。


 腕があった場所からの出血がひどい。取りあえず血を止めるために音葉で回復魔法をかけた。


 おとーさんは黙って盾になっているのだが守られているケイカ姉さんが痛みで錯乱している。


「――なんであんたが来たのよ!この役立たず!なんで私だけこんな目に!!くそぉぉ!痛いよおおお!」



「ケイカ姉さん……」


「――!アキ!来てくれたのね!早くここから私を逃がして!すごく痛いの!この男が切ったのよ!早く治して!」


 ケイカ姉さんは泣きながら指が何本か無くなっている手をアピールして早く助けろと言ってくる。


 あたしはケイカ姉さんを見下ろしたままで直立して言う。銃撃の音がうるさいが心は静かに冷えてくる。



「ケイカ姉さん、痛い?おとーさんはその何倍も痛いの。わかる?」


「わわわからないわよ!そんなの。どうせもう痛覚をなくしてしまっているのだから楽なもんじゃない!?」


 この人はなんて都合のいいことを言うの?



「その痛覚を失うまでION仮想世界でおとーさんをいたぶっていたのは誰?あたし、まだ納得していないんだから」


「そ、そんなの知らないわ。見てこの手、すっごく痛いの。早くなんとかして、お願いよ!」



「アキ……、来てくれたのか……悪いな」


 ケイカ姉さんに覆いかぶさったまま首だけこちらに向けて顔半分焼け焦げていて片目の瞼はやけどで開かなくなっているが笑いかけてくれた。



「おとーさん待ってて。今連れて行くから」


「すまん鼓膜をやられてよく聞こえない。俺はいいからケイカを頼むよ」


「何言ってるの?その体で何ができるのよ!」


「いや、俺はまだ戦える」


 あたしの唇を読んで理解したのか、おとーさんは銃撃戦の弾丸をすべてあたしの魔法で防いでいることを確認すると、立ち上がりハンドガンを取り出した。



「おいセイカ、俺の前方に見えるあれはなんだ?」


『わからないわ。ただ、光がこっちに向かって来ている。警戒して』


 おとーさんの視線の先をみると空から地面に向かって光が差し込んでいるように見える。


 ただ明らかに不自然なのは小学生の時体験した虫眼鏡で光を集めて紙を焦がすように滑走路を焼きながら煙を上げてこっちに進んでくる。



「まずいわ!おとーさん屈んであたしの胸から上へは頭を出ないで!」


 あたしはおとーさんの頭を押さえてから両手を上げ、音葉を使い光の防御魔法を頭上に展開した。ちょっと疲れるけど気絶しているイジーがいる場所まで魔法の範囲を広げた。


 光の防御魔法場所以外をすべて焼き払っていく。これはヒートレイという魔法だ。


 全員ヒートレイの光に包まれてしまった。


 あたし一人なら何とでもなる……。


 全員守りながら攻撃に転じなくてはこの状況は変わらない。



「おとーさん、イジーをあたしの真下あたりまで連れて来てくれる?」


「ああ、わかった」


 すぐにお父さんは行動してくれた。匍匐(ほふく)しながら片手でイジーの襟を握り、引きずりながら指定の位置まで持ってくる。



「ありがとう。すこし防御範囲を狭くするから足元に気を付けてね」


 言った通り防御魔法の範囲を狭くする。


 よし、もう届く距離だ。


 音葉を唱えて防御外の光に片手を差し込んだ。



「…………」


 この魔法に触れてわかる、このヒートレイは遠く……かなり遠くから攻撃している。


 本来一瞬で手が焼け焦げる温度だと思われるが、あたしにとってこの程度の魔法ではサウナの温度よりぬるい。


 そしてこの光へ向かってさらに音葉を唱えた。これで魔法は弾丸を防ぐ魔法、頭上から攻撃されているこの光の魔法、そしてこの光に手を差し込むためにかけた防御魔法と肉体硬化。今は四つの魔法を同時展開中で次で五つ目。


 これはさっきゴーレムに使った魔法と同じものだ。相手の魔法に触れることで直接使用者にダメージを与える魔法で、触れた魔法が使用者と繋がっている事がこの魔法発動の前提条件となる。


 余談だが召喚魔法で使役するモンスターにも使用者に対して有効だ。


 今、この魔法の手ごたえを感じている。


 今頃使用者は体中から血が噴き出している頃だろう。


 しばらくするとフッと光は消え、銃撃も止んでいた。どうやらあたしの魔法は成功したようだ。



「ふぅ。もう終わったかな」


 あたしはようやく一息ついた。



『HQ、こちら[マルゴ]富子、敵はすべて殲滅した。[マルサン]ソゥ、[マルロク]しまこともに被害なし』


『お疲れ様でした。これ以上の脅威はない。富子以下3名のユニットは残党、生存者に警戒しつつ一度B号車まで帰還してください』


 近くにあったジェット機が燃えていて今まさに消防が消火に出動している。おそらくあの光で被害を受けたのだろう。



「HQ、帰還者、左陶と敵側ドローンはどうなった?」


『帰還者、左陶毬子は負傷して逃走しました。敵ドローンはあの光の攻撃が止むのを待ってから落としました。後ほど回収して詳細を調べます』


「……すまん鼓膜が破れているかもしれなくて聞こえづらい。左陶の事については後でアキに聞くとして、敵側ドローンは空港に着陸してから俺達の事をずっと見ている気がしてたので怪しいと思ったのだけど、あの光の攻撃をするために座標確認させていたと思うか?」


『そうですね。光の動き方から見ても機械兵器である確率は0%。帰還者が放ったものと思われます』


「アキ。あの攻撃に心当たりは?ああそうだ、悪いんだけどこの指、氷で冷やしてくれるか?」


 おそらくケイカ姉さんの切られた先の指だろうか。おとーさんから受け取った。


「あれはヒートレイと言う魔法で間違いないわ。あたしが反撃したので相手はしばらく動けないと思うよ。ただあれで死んだとは思いにくいかな」


 受け取った指を氷の魔術で冷やしながら会話を続けた。


『マルイチ、航空機が爆発する可能性があるので二次被害を受ける前にB号車に帰還してください』



「待て、ライドルトはどうなった」


 あ、すっかりライドルト君のことを忘れてた。っておとーさんも忘れてたって顔してる!あれ!?セイカ姉さんも?


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