第30話 勇者リワーク!①

 


 ここ数か月で生活リズムに色々と変更があったが、最近は落ち着いてきた。


 朝、目が覚めると、横で寝ているアキを起こさないように(結局俺の布団に潜り込んできている)家を出てAIセイカと他愛もない話をしながらランニング。


 帰宅後、ケイカとセイカがこちらの家に来るであろう時間に合わせて朝食準備をする。


 幼児セイカには朝食に関して、同じメニューでも飽きないものを食べてもらおうと思っている。


 これはおふくろの味ならぬ、オヤジの味を覚えてほしいと考えたからだ。


 まあ自己満足ではあるけど、こうすることで子育に関与している実感が欲しかったし、生活にもハリが出ると思う。


 当たり前だけど一人で生活してた頃の何倍も充実している。


 シンクに置いたボウルに水を流しながら、レタスを食べやすいサイズに手でちぎって洗う。


 そこに日替わりで水菜やベビーリーフなどを加えて味の変化と色取りを加える。


(さて、あと10分くらいで到着するかな)



 卵を人数分×2――計12個の卵を割って塩、コショー、生クリームを入れて菜箸(さいばし)で卵を溶く。


 少し前までアキと二人分の朝ごはんを作るだけだったのが、三倍になった。


 賑やかななのはいい事で、たくさんの人にご飯をふるまうのは好きだし、手間が増えることに関しても何も思わない。


 良く熱したフライパンを一度裏面に水をかけて粗熱をとる。


 そこに焦げないようにバターを落として溶いた1/6の卵を流す。


 フライパンに流した卵が焦げないように、菜箸で卵を混ぜて半熟の状態まで火を通し、フライパンの持ち手を叩いて卵を巻く。


 オムレツの完成だ。あとはこれを五回繰り返すだけ。


 オムライスにしたければチキンライスの上にオムレツを乗せ、縦に切り目を入れる(余談だが店によっては「オメ切り」と卑猥な例えで呼ばれていた)切り目から左右に卵をくぱぁと広げればよい。


 オムレツに玉ねぎ、人参、セロリなど野菜をたっぷり入れた作ったトマトソース(ケチャップは甘みが強いのであまり使いたくない)をかけて完成だ。



 ケイカとセイカの声が遠くで聞こえてきた。


 食パンをオーブンに入れてタイマーをセット。二人を出迎えに行く。


「あーししゃん!おあよー!」


「おはよう!セイちゃん!今日も元気だね~」



 抱き上げてセイカのおなかに顔をグリグリと押し付けた。


「げっげっげ~」


 相変わらず変な笑い方で答えてくれる。クソ可愛い。



「アツシさん、私も……」


 大きいほうの姉が幼児妹を見て、とんでもない要求してきた。


「よしっ、よっと」


 ケイカの脇に手を差し、持ち上げて、ケイカのおなかに顔をグリグリした。


 俺は娘の要求に応える男だ。目に入れても痛くない。


 流石に大きいほうの姉はお腹にうずめた俺の顔を左右に振ると頭頂部に乗っている二つの物がプルンプルンと躍動する。


 これはこれで、いけないことのような気がしてきたぞ。


「ふふふ、ちょっとくすぐったいですね」



「アツシさーん、あたしもー」


 声のあった方へ同じように抱きかかえて、おなかをグリグリする……ナニコレ腹筋堅っ!


 この素晴らしい腹筋の持ち主、アキが起きてきたようだ。


 そのままアキに手足で体をホールドされてしまったので、腕でアキを支えなくてもいいようになった。



「さ、二人ともご飯できてるよ。一緒に食べよう」


 目の前には、堅い腹筋の感触があって前が見えない。


「むー、おとーさんあたしのおなかの感想は?」


 正直に言ったらあなた傷つくじゃないか。言えるわけない。


「うん、成長したな。大きくなった」


「……それおなかが出てきたって言いたいの?」


 いえ違います、堅いんです。


「そうじゃないさ。おーいしまこ、いるんだろう?一緒に朝ごはんを食べよう」


 前が見えなくても気配でわかる。今日はしまこが来ているな。



「おはようございます!隊長!いいんスか?やったー!隊長のご飯おいしいんスよね~」


 毎朝、朝食を食べにケイカとセイカが来てくれるようになったのだが、それに伴ってデッドヘッズから一名警護を付ける条件が加わった。


 気心の知れている連中なので二人の警護についてくれるのは安心だが、ヘッドヘッズの連中からすると早朝から仕事が増えた事には変わりはない。


 せめてものお礼のつもりで早朝警護に来たメンバーには料理を振舞っている。


 まあ、一人増えたくらいで手間は変わらないからな。



「さあ、入ってくれ」


 アキがへばりついたままだけど気にせず家の中へ入ろうとした時――。


「あいた!」


 家の敷居を跨ごうとしたら、くっついていたアキの後頭部が扉の上枠に当たった。


 だって、アキのおなかで前が見えないんだもの。


「ぐおおおぉ、なんであたしがこんな目に……」


 そりゃそんな目に合うでしょ。俺の体から降りたアキが後頭部を手で押さえながら悶絶している。



「アキさん!ボクなら隊長より身長が低いので抱き着いてもらっても頭ぶつけたりしませんよ?」


 しまこが両腕を差し伸ばしながらそう言った。


「いえ、間に合ってます」


 すげなくアキはさっさと家に入っていった。


「アキさ~んつれないッスよ~」


 しまこが追いかけて家に入る。


 こういう感じでアキはしまこを雑に扱っているが、実は結構仲がいい事が分かった。




「アキさん、サラダにドレッシングかけますか?」


「うん、ありがと」


 ⦅今日の天気は全国的に――⦆


「アキさんこのオムレツ、ふわっふわで何回食べてもおいしいですね~」


「ふふん、そうよ、おとーさんが作ったもの」


 ⦅――地方では傘の心配はありません⦆


 朝食の雑音が雰囲気作りにと、垂れ流しているテレビは今、ニュース番組が流れている。


 いつもCMの後の星座占いを家族全員で見て、一喜一憂するのがモーニングルーティーンだ。


 食卓を囲むテーブルはアキとしまこ、あと居候のライドルトが並んで座っており、その向かいで幼児セイカを挟む形でケイカと俺が座りセイカの食事を手伝っている。



 ⦅異世界から帰ってきた勇者のみなさーん!⦆


 ――ん??テレビのCMが始まったのだが、不穏な単語が飛び出しているので画面をみると、歌のお姉さんみたいな女がこちらに向かって手を振っている。



 ⦅おかえりなさーい!⦆

 ⦅おかえりなさーい!⦆


 歌のお姉さんがおかえりなさい、と言うと、周りにいる子供たちが復唱した。


 全員反応したようで、箸を止めてテレビに釘付けになっている。



 ⦅久しぶりにこちら(現実世界)に帰ってきてー、現実を見て落胆していませんかー?⦆

 ⦅してませんかー?⦆



「おい……これ」


 ようやく俺は口から言葉が出た。



 ⦅謎の組織に命は狙われるわ、仕事はないわで生きていて辛いですよねー?てゆーか、生きてます〜?⦆

 ⦅子供たち一同 笑⦆




「おいおいおい……」



 ⦅そんな帰還者の皆さんへ朗報です!⦆


 ドカーンと爆発の効果音と共に、宣伝画面に切り替わった。





 ⦅勇者~~~リワーク!!⦆




「おいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」




「――!!!」


「げっげっげー!」

「あひゃひゃ!!なんスかこれー!」

「はわわわわ!」


 俺の叫びに笑う幼児セイカ、単純にパロディーとして笑うしまこ。


 慌てふためくライドルト。


「もしもし!?●●局ですか!今流れているこのCMについて――」


 TV局に問い合わせるケイカ。


 その時アキは――!


「――ん?」


 普通に朝食を食っていた。一瞬で我が家はパニックに陥った。



 ⦅まだ社会経験のない帰還者様、また就業中に異世界転移されてしまって職を失ってしまった帰還者様⦆


「セイちゃーん!!」


「あい!!」


 AIセイカを呼んだのだけど、すぐ横に居る幼児セイカのほうが先に反応してくれた。取りあえず可愛いから抱きかかえてスリスリする。



 ⦅一人で悩まず、まずは私達と一緒に一歩を踏み出しましょう!⦆



『……ホント、もう無茶苦茶やってくれたわね』


「メディアに対して情報規制はどうなってるんだ!?ザルかよ!」


 ⦅ビジネスマナーから現在社会における魔法の使い方まで、カリキュラムに沿って社会復帰を目指します⦆



『対象のTV局がハッキングを受けた痕跡があるわね。これはCMジャックされた可能性があるわ』



 ⦅また就職先への太いパイプが強みの弊社が●月●日□□□広場の特設会場にて無料相談会を開催しまーす!是非お越しくださーい! ⦆

 ⦅まったねー!⦆



『……全くハッキングの好きな国ね……やっぱりN国だわ』


「これ流れちまった情報は取り返しつくのか?」


『大丈夫よ、情報操作、印象操作はこちら側が長けているもの。見てなさい、この借りは必ず返すわ』


 おお、セイちゃんが怒っている。


「げっげっげ!うーしゃ~りまーく!」


 幼児セイカの方はあのCMが気に入ったようだった。


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