第24話 病室【26:12】

 

 ……また病室だ。



 北海道くんだりまで来て観光には行けず、負傷して入院とは。


 腕と顔の処置が済み、包帯グルグル巻きだ。


 今俺が寝ているベッドに伏せてアキが寝ている。時間を確認すると26時を過ぎた頃だった。


 俺の横で寝ればいいだろうと言ったけど恥ずかしいから嫌だと断られた。


 この前も普通に俺の布団に入ってきたくせに、人前だと恥ずかしいのだろうか。


 まあ、そういうところも可愛いのだけど。


 頭を撫でてやりたいところだが、無くなった腕側に居るので代わりに足で撫でておいた。


 アキは笑顔で俺の足を抱きしめて頬ずりしだした。ちょっといたずらが過ぎたかもしれない。



 さて、明日本部に帰ってから本格的な治療にあたるとのことだが、ケイカを怪我させずに守ることはできなかったのか何度も思い返して考えている。


 指さえ残っていれば治ると即断して行動に移した俺は浅慮ではなかったのだろうか。


 痛みに苦しむ娘の声を思い出すと、痛みを感じなくなってしまった俺の身体だが胸が痛い。



 ――コンコン


 ドアをノックして看護師が入ってくる。ああ、点滴の交換かな?



「オギツキさん起きていますか?点滴の交換に――」


「……何をしているんだ?セイちゃん」


 これは看護服……なのか?巨乳を見せつけるように胸元は大きく開き、スカート丈は短く、ボディーラインを強調した密着度の高いものでイメクラ衣装のようになっている。


「こういうの好きでしょ?」


「嫌いじゃない。と言うかよく似合っている。可愛いよ、セイちゃん」


「……からかい半分で着て来たけど、そういう反応されるとこっちが恥ずかしくなってくるわね」


「だけどほかの男には絶対見せてはいけないよ?」


「あら独占欲?大丈夫よ。お父さん以外には見られていないから」


 ロボットだけど照れる仕草が可愛い。


 まあそうだろうとも。自分の娘はどんな格好していても親補正システムが機能しているので何を着ていても可愛い。



「じゃあ点滴交換するわね」


「ああ、ありがとう」


 セイカはてきぱきと点滴を交換している。


「――セイちゃん、その指どうした?」


 指の皮膚がなくなっており、むき出しの機械の指が見えている。


「ああ、これ?どうせ明日以降で報告することになるだろうから先に言うと、四五口宗助と神崎鳴子を始末したときに破損したのよ」


「セイちゃんが戦ったのか?」


「ええ、そう。少し試験したいこともあってね」


「そうなのか……」


 セイカは点滴交換が終わるとベッドに乗り、四つん這いでこちらへ寄ってきた。開いた胸元の谷間がよく見え、重力で下がった胸を左右に揺らしながらこちらへ迫ってくる。



「そんなに深く考え込まないの。ちょっと失礼」


 先程のセイカのセリフについて思う事があり、うつむいていた俺のおでことセイカのおでこ同士で触れ合う。体温を測っているのだろう……と言うかおでこに温度計でも装備しているのか?


「結構熱が出ているわね。まあ大怪我しているのだから当たり前よね」


「まあ、明日には下がるだろう」


「下がらなかったら明日座薬を投入するわね」


「誰が?」


「私が」


「誰に」


「お父さんに」



「……看護師さんのチェンジはできるかな?」


「できないわね」


 目を逸らそうとした俺の顔を両手で挟まれ、強引にセイカの方へ向かされる。


 正面にはセイカの顔がある。お互いの息遣いが分かる位近い。

(セイカはロボットのなので息遣いについては物の例えだ)


 お互い見つめ合いセイカはにっこりと笑顔で答えてくれた。金属の指が冷たくて熱が出た顔にとても心地よい。


「……そうか」


 俺は明日の座薬に向けて腹をくくった。



「お父さん、ケイカを助けてくれてありがとう」


 そう言ってセイカは俺の火傷していない方のほっぺにキスしてくれた。



「俺はこういうやり方でしかケイカを救うことができなかった。ケイカに怪我をさせない方法があったのではないかと考えていた」


「私も何度かシミュレーションしてみたけど、あの状況ではあのやり方が……お父さんが負傷することは良くないけど最良だと思うわ……ケイカを傷つけて後悔しているのね」


 顔は押さえられたままなので真正面すぐ近くにセイカの小さい顔があり、目を逸らせず見つめ合ったままだ。



「そうだ。自分の娘の苦しむ様なんて今度一生させたくない」


「あなたの娘はお父さんに傷ついて欲しくないと思っているわよ」


 そう言われて俺はセイカとアキを交互に見た。


「そうだな。心配かけた」


「そうよ。心配したんだから」


 セイカが俺に体を預けてきた。点滴の管に気を付けながら片腕をセイカに回して受け止める。



「んむ~……あ!セイカ姉さん!?なにやってるの!てゆーかなんて格好しているの!?」


「あらバレてしまっては仕方ないわね」


 セイカが俺からすっと離れてベッドから降りた。


「サービスタイムは終了ね。また今度も――」



 セイカの動きが止まった。



 いや、電池が切れたとかそういう事ではなく俺の腕を凝視している。


 腕?右腕だ。


「……元に戻っている」


 俺の欠損した腕が元通りになっている。


 軽く動かしてみるとちゃんと動く。二人は何が起こったのかというような目でこちらを見てるけど俺もわからない……どういうことだ?



「アキ?」


 セイカがアキがやったのかと目を合わせて確認している。アキは首と手を左右に振って否定していた。




「――! ケイカ」


 セイカはすぐに動き出した。きっとケイカの怪我の状態を見に行ったのだろう。


 俺も後に続こうとしてベッドから起き上がったところ、ケイカがこちらの病室にやってきた。



「……お父さん」



 ケイカはうつむきながら俺を呼ぶ。後ろにはセイカが付き添っている。



「ケイちゃん」



 ケイカは俺に呼ばれて顔を上げた。



「あの……手治ったの」



 手のひらをこちらに見せてくれて治ったことを教えてくれている。


 傷跡も残さず、元通りに白くすらりと伸びた綺麗な手だ。



「ああ、俺が悪かった……痛い思いさせてごめんなケイちゃん」


「――違うの!私お父さんに痛くされて慌ててしまって」


「………」


「お父さんにひどい事を……」


「いいんだ」


「お父さん、私の代わりにいっぱい怪我して」


「気にしてないよ。それに治った」


 元に戻った腕を見せる。顔に巻いた包帯を取り、顔の火傷の痕を確認した。火傷なんて元から無かったかのように消えている。



「……ごめんなさい」


 ケイカが謝ってくれた。


「ケイちゃん」


「……はい」


「手見せてくれる?」


 ケイカの手を取り見た。


 自分の指で触って確かめた。ちゃんとつながっているし暖かい。


 まだ二人が赤ちゃんの頃、たくさん触って握った、俺が守るべき小さな手だった。


 今はこんなに大きくなって…綺麗な手だ、俺はこの手を切ったのか。


 ケイカの命を救うためとはいえ、あの時のあの手を俺が切ったのだと思うと未だに後悔の気持ちが湧き出て来る。


 今元通りに治っている手を見て目頭が熱くなる。本当に良かった。


 一滴、また一滴と触っているケイカの手の甲に涙が落ちる。


 着ていた入院着の袖でケイカの手に落ちた涙を拭き自分の顔も拭いた。


 二人とアキは何も言わずに黙って見てくれていた。


 そしてケイカの手を放して少し距離を取った。



「へへ……ケイちゃんと話ができて嬉しかったな」


「私もこのままじゃいけないと思って……でもこんな時間にやってきて言う事じゃないと思うけど」


 きっとここで話ができなかったら、元々俺の事を避けがちな彼女とはもっと疎遠になっていたかもしれない。


 俺は一切そんなことにはなりたくはないので、反省も後悔もあるがそう言った意味では今回の事は満点ではないが及第点となった。



「これからはもう少し話したりできるかな」


「……どうでしょうか?」


「え?そうなの?」


「そうなの」


 ケイカは笑顔で意地悪く否定してくる。


「そっか、まだまだ頑張らなきゃな。それとアキ、あの時あんまり聞こえていなかったのだけど、ケイカにひどい事言っただろ?ちゃんとお姉ちゃんに謝っておきなさい」


「いえ、私もひどい事をアキちゃんのいる前で言っちゃって怒ったと思うの。だから……」


「そうよ。あたしまだ何も納得してないんだから謝らないわ」


 アキは俺の腰に巻き付いてきてケイカに対して舌を出す。


「アキは俺の事で怒ってくれているんだな?」


「そうよ」


「そうか。アキ、今まで言ってこなかったけどありがとな」


 そう言って引きはがしたアキの両脇に腕を差し込み持ち上げ、思いっきり抱きしめた。俺の血を引いているので結構身長も高いのだけど体重は軽い。



「ふぁ!?――あのっ!……きゅう~~~~~~」


 アキが伸びた。別に絞め落として失神させたわけではない……はずだ。


 そのまま俺が寝ていたベッドにアキを寝かせた。


 ケイカとセイカは呆れた感じで見ていたが、どうやらこの場はこれで終わりのようだ。湿っぽくなるのは本来苦手なんだ。



「いい感じにうやむやになったけど、怪我が治った件は全然解決していないわね」


「ケイちゃんもセイちゃんもわからない?」


 二人とも同じタイミング、同じ動作で首を振る。体格、性格は違っていても(片方はロボットだけど)ちゃんと双子だと思える瞬間だ。



「あ、お父さんが泣いている間にみんなの……日付はとっくに変わって、今日のスケジュールを変更しておいたので確認しておいてちょうだい」


「な、泣いてなんかないやい!」


「はいはい。ではこんな時間にこれ以上騒いだら病院に迷惑よ。すぐに――」



「――すぐ出て行ってください」


 本物の看護師さんに怒られた。


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