第3話

 映画の出演者のオーディション。

 大作映画ではなかった小規模な映画の出演者のオーディションだった 

 高校の制服に身を包んだふたりは、狭いエレベーターへ乗り込み、四階ボタンを押す。

 最大八人乗りと記載してあるエレベーターは、ふたり乗った時点で、ぎゅうぎゅうだった。そのため、どうしても、ふたりが乗ると、肩が触れ合いそうになる。すると、京一と「強制的に親密な関係の距離感になりつつ、エレベーターで上昇か」と述べた。

 七見は無反応だった。沈黙のまま、四階ボタンを押す。すかさず、京一が「後はおれに任せろ」と、いって、閉じるボタンを押す。

 ふたりを乗せたエレベーターが上昇する。お互い、何もしゃべらない。

 やがて、沈黙のエレベーターが四階へと到着した。扉は整備不良と思しき、あやうさのある動きで開いた。その先に、くすんだ乳白色の壁とフロアがあった。

 そこへ二人同時で足を乗り出す。しかし、扉が狭く、ふたり同時に出ると、みごとにつまった。だが、彼らは無言のまま、ぐりぐりと無理やり二人同時にエレベーターを降りた。

 その様は、なにか、昆虫の孵化にも似た動きである。

「ここから先はライバルだね」と、七見が穏やかにいった。

 京一は通路の先を見据えたまま「それもわるくない」と返す。

 通路にはコピー用紙に印刷された『オーディション会場 こちら』と漠然と表記された紙が通路の壁に張ってある。ふたりの視線の先には『株式会社 エダ・プロダクション』と書いた扉があった。

 七見はその名を黙ってみつめた。そして、ドアノブに手を伸ばさない。

「入らないのか」

 京一が問う。

 すると、七見は言った。

「コワいからね」

 七見は彼を見返しいった。

そして、視線を外す。

「いや、オーディションはいつだってコワいんだ、京一くん。手が震えるんだ。きみはどう」

「その話は扉の向こうで話そう」

「部屋のなかでする話でもない気がするよ」

 そう言い返すも、京一はもうノックしている。

「しつれい、します」

 そして、透明感のある声で宣言し、扉をあけて、中へ入る。

「きみが先頭ならいいや」

 七見も扉の向こうへ足を踏み入れた。

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