第07話 ひるの屋上

 これが三人が初めて同時に交わした会話だった。

 オポッサム。

 オポッサムに始まる。

 オポッサム形目、オポッサム。

 哺乳綱有袋類、北アメリカ大陸、南アメリカ大陸三人生息する。たまに家のなかに入り込む、動物、オポッサム。

 ただし、真実、水巻が手にしていた布に描かれていた動物は、イタチだった。

 そのオポッサムが三言、教室でそろった日から一週間後、七見、京一、水巻の三名は屋上でともの昼食をとっていた。

 晴れていた。昼休みの屋上には、他にも昼食をとる生徒とたちがいる。みな、和気あいあいとしていた。会話がはずみ、幸福な昼食時間を過ごしている。

 三人とも無言だった。沈黙のランチだった。

 そして、水巻はそのまま「沈黙のランチ」と言い放った。「誰かしゃべったらいいと思う」

 しゃべったらいいと思う。そう、他力本願を躊躇しない。

 水巻は続けた。「なるべく、たのしい話がいい」弁当箱をつつきながら、ふたりの目を見ないで発言する。「きいただけで、得した、頭がよくなった。または、お金が儲かった、身体の調子がよくなった。とか、効能のある話がいい」

「俺にまかせろ」

 と、京一は迷わずそう答え、菓子パンを齧る。刻みの入ったコッペパンに、粒あんマーガリンが挟んである。

「いますぐ、自身の脳の中を探してみる、そういう話を。幼少期の記憶から遡って探す。だから、待ってて欲しい、それまで、ふたりの会話で時間を稼いでくれ」

 京一がそう言い放つ。

 話は探そう、ただし、その話を探す沈黙の間を埋めるための会話を、ふたりの会話で埋めてほしいという。

「わかったよ」

と、七見はうなずいた。七見も躊躇がない。

 そして、わかったよ、といっただけで、その後、一行も話さない。

 はじめから、微塵も話す気などないのに、わかったよ、と言ったのはあきらかだった。

 水巻は、そんな七見に対し指摘もしない。もくもくと弁当の中を口に運ぶ。うさぎがエサを食べるみたいな食べ方だった。

その間、三名は誰も目を合わせない。

 偶然にも、その様子を俯瞰して見ていたとある生徒は、あの三人は果たして一緒にいて、なにか良いことでもあるのか、と疑念を抱いていた。その感想が、表情にも出ていた。奴ら、全員、財布を落としたのではないかという感じの、静寂性がある。人間としての心の部分だけが、アンインストールされてしまったのではないか。

 そう見えていた。

 そのとき、水巻が「話を捏造して話そう」と言い出した。

 ふたりはとくに、彼女を見返さない。

 それでも水巻は続けた。「ためしに、ふたりで、わたしのことをとりあってみて。ふたりの、愛する者が、カブったときのように」

空を眺めながらいう。

 京一が口を開き「しかし、もし、オレと七見くんが、己の持てるすべての力を投じて、きみを両方から腕を引っ張りあえば、きみのバディは、木っ端みじんになる」と、いった。「霧散するぞ」

 水巻は「物理的に奪い合う、って、どうして思った」と問いかける。「こころ的な部分を奪いあってよ」

 すると、京一は言った。「心臓をえぐるのか、直に、手とかで」

 水巻は「どうして鮮血方面へ向かう」と返す。「一生懸命、鮮血方面に向かっているとしか思えないし、そもそも、直に手で心臓えぐれるくらいの腕力ある同級生ってなにさ」

 青空の下、京一と水巻、ふたりの会話は殺伐としたまま進む。

そして、七見はかかわらない。

 食事を継続している。完全に栄養補給を優先していた。

すると、水巻は七見へ顔を向けた。

「七見くん」

「水巻さん」

「そういえば、なんで役者をはじめたの」

 とうとつ話題は変更された。しかし、七見は様子をかえることなく「インタビューだね」といった。

 水巻は小首をかしげつつ「そうなるのかな」そう返す。

 七見は落ち着いていた。食事をとめ、話す。

「ぼくの物心つく前から親が仕込んだ。親というか、母親」

「あなたのお母さんが、いわゆる役者やってたりでもしたの」

「してないよ」

「何歳からやってるの、役者」

「五歳」

「いまもやってるんだよね」

「うん、続けている」

「なら、役者歴は十二年くらいだよね」

「そうだね」

 七見は飄々として答える。

そんな彼との会話を体験した後、水巻は「すごい、なんか、ふつうの人とを会話しているみたい会話が可能だ」と、発言をこぼす。

 どうやら、七見に対して、京一と同じ精神枠で、話かけたらしい。水巻の本心が露呈した言葉だったが、七見は気にしなかった。

 水巻が問いかける。「役者を続けてるってことは、好きなの、お芝居」

 七見は、空を見た。それから、腕を組んだ。ほどなくして、その腕をとき、水巻へ顔を向けた。

「だって、子ども時代に、ナイフしか玩具を与えられなかったとしたら、ナイフで遊ぶ方法しか知らない子どもになるしかないだろ」

「ん、なにそれ」

「むかし、もらった台詞なんだ。映画だよ」

 七見がそう伝えると、水巻は少し考え後で「なぜ、いまそれを言った」そう訊ねた。

「なんとなく」あっさり答えて終わらせる。

 ひとときの間、水巻は彼を見ていた。じっと見て、どういう気持ちでいるのか、見抜こうと観察していた。

だが、ふと、あきらめ、七見を凝視から解放した。

「でも、役者を続けている大きな理由はあるよ」

 と、七見が言うと、水巻は、ふたたび、彼へ視線を向けた。

「知ってるかな『稲里みほり』って女優、ぼくたちと同じ歳くらいの」

「げ、知ってる」水巻はなぜか濁音で反応した。「保険とかのCMに出てるの」

「六歳くらいのときにその『稲里みほり』と一緒のドラマに出た。それで約束したんだ、いつか、一緒の作品に出ようって」七見はまた、あっさりといった。「その約束を果たしたい」

 それを教えられ、水巻はじっと、彼を見ていた。

「ちなみに、京一くんは役者をはじめて一か月も経ってない」

七見がいうと、水巻は京一を見る。

 京一は、さっき要求された会話を頭の中で探しているらしい。

 あいかわらず、鳳凰眼が健在で、まるで人殺しの休憩中にも見える。

「京一くんは、ある日、とつぜん、ある時代劇映画の撮影に参加していたら現れたんだ」問われてはいなかったが、七見は水巻へ語った。「まあ、その映画は、ぼくも彼もエキストラだけど。こうして同じ高校だけど、そのときはまだ、彼とは学校では知り合いじゃなかった。京一くんは、ぼくがその時代劇の合戦のシーンに参加するってのをどこかで聞きつけて、どういう魔法を使ったのか、同じエキストラで役へ入り込んで来た。それがぼくたちの正式な出会いだよ」

「あ、わかった、ストーカーだ」

 七見は「うん、フォーマットで考えるとそうだね」といって、うなずいてみせた、「合戦のシーンのエキストラだったから、ふたりとも足軽姿だった」

「ふたりは戦場で出会ったのね」

「厳密には、戦場へ出る前の控室代わりの体育館」

「思い出した」

 とたん、京一は制服の内ポケットからバトンを取り出した。

 バトンは光っていた。青空の下でも、光っているのがわかる。ふしぎな光り方だった。

「昨日、これを売りにいったんだ。近所の質屋へ」

 七見が「まだそれ持ってたんだね」と、いった。「コンサートで振る、棒みたいなそれを」

「これはあの日から、ずっと光ってる。しかも光りが消えない」

 京一が右手にパン、左手に光るバトンを手に放す。

「ずっと光ってるし、なにをやってこ壊れないんだ、表面には傷もつかない。水に沈めても浮いてくる」

「ひとりでそんなことして遊んだ」

「もしかして、売れるかもしれないと思ったんだ」

「で、そういう発想へ流れたんだね、京一くん」

「それで昨日の質屋に行った」

「そしたら」京一は続ける。「未成年なので、買い取れないといわれた」

 すると、水巻は「きみ、見た目だけなら、七百年は生きてそうなのにね」そう発言した。「妖気が出ちゃってるものね、主に目とか、眼底の奥底から、すぴぴー、って。羊羹となら、溶かせるんじゃないのかな」

「妖怪でも年齢制限はあるのさ」と、京一は答え返す。

 ふたりは、とくに反応しなかった。

たとえ、その発言に、かかわっても、実りはないと判断していた。会話の足きりだった。

そのまま流してゆく。

 かまわず、京一は続けた。

「ちなにみ、その質屋の名前は『七転び八起き堂』だ」

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