第9話

 質屋『七転び八起き堂』の歴史は浅い。開業して、三年だった。

 店主はビルのオーナーだった。

 三年前、公務員を定年退職したのを期にして建設したビルだった。上の階はテナントを貸出し、最上階が自宅になっている。一階の質屋は税金対策として始めた店だった。もともと、親類がやっていた店を譲渡されたかたちであり、有限会社である。

とはいえ、せっかくなので商売として、うまく行かせたいところもある。そのため、来る客は選んでいられない。

だが、客がこなくとも、生活には困らない。

店内において、店番をする店主の時間は、常にゆったりとした時が流れていた。

本日も、午前十に店を開けた。そして、今日はじめての来店客は午後の二時になってからだった。

だが、その客は、店主の生涯を通しても、存在感の強すぎる来客だった。

 まず音もなく店の前に黒いセダンが一台、停車した。セダンの助手席から先行して赤い短髪をしたスーツ姿の女性が降りて来た。そして鋭く周囲をうかがう。異常がないことを確認した後、後部座席のドアを開けた。

 店内で趣味の三味線をいじっていた初老の店主は、店の外に設置していた防犯カメラにうつる異様な来客に、その手を止めていた。

 こういう種類の感じの迫力ある人たちを、どこかで見たことある。

 マフィア映画だった。そして、いま、この店の前に何かが降り立ち、入ってこようとしている。

 え、死なのかな、今日。

 と、店主が想像した矢先、警護人らしきスーツ姿が何か手元で端末を操作した。直後、防犯カメラが切れた。見ると、店内に設置した防犯カメラもモニターに映像が映らなくなっている。

 なにか目視不可能なハイテク攻撃をあたえられた。そして、防犯カメラをつぶされた。

 そのとき、店のドアが開く。からりん、とドアベルがなった。

 先行して、警護人らしきスーツ姿の女性が入って来る。短髪で、髪は赤く、二十代後半あたりに見える。氷でつくられた美人のような、といった顔立ちをしていた。背は、百七十センチ前後か。

 身体は細い。両方の手に、黒い手袋をしている。

 その、手袋は指紋が残らないように、だろうか。店主の想像は、闇の方へ働く。

 赤い短髪の女性は口を横一文字にしめたまま、店内をじろりと見て、それから、小さくうなずき、ドアを大きく開け放つ。

 彼女が開き、抑えたドアをくぐって、肩まで伸びた白髪に、白い口ひげを生やした老人が降りてくる。およそ、八十歳に近そうな男だった。

 和装だった。

 高価そうな杖をついている。しかし、実際、男は杖を頼ってはいない。

 年齢にふさわしくない、異様な生気と迫力を放ち、目の奥には、強固に燃える、炎のようなものが燈り、ひとたびその目で一瞥すれば、見られたものは、ひれ伏してしまいそうになる。

 老いた龍という様子の老人だった。

 たとえ、老いていても、それは龍であり、ただの人が立ち打つことは不可能に思える。

 質屋の店主の感覚で表現するに、遠くにいてほしい他人だった。

 だが、老いた龍のような老人は、もはや、店内に入っている。

 質屋の主人が怯えつつあるなか、赤い短髪の女性が近づいて来た。傍まできて、ようやく、その目が青いことを知る。

 赤い短髪の女性は質屋の店主へ「お聞きしたいことがあります」といった。

「ああ………」質屋の店主は「はい………」と、全身のほとんどが固まった状態で受けこたえる。

「これについて知りたいのです」

 赤い短髪が携帯端末の画面を見せる。

 そこに映っているのは、バトンだった。光っているようにみえる。

 それは昨日、七転び八起き堂の店主が撮影した写真だった。質屋の主人は、むろん、古物商許可を持っている。しかし、店主はまだ、質屋としては、新人だった。そのため、しちぐさの相場の判断がつきかねるとき、有料の査定アプリ使用していた。使用方法は簡単で、指定する三つの角度から、持ち込まれたしちぐさを撮影するのみだった。

 そして、店主は、昨日、光るバトンを撮影した。

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