第50話

 翌日の早朝、予告なく撮影が開始された。

足軽姿の者たちが列体を組み、進軍のシーンを撮影する。

 黒い軍勢だけで、五百人はいた。無数のカメラが、あらゆる角度で、同時に撮影する。

 監督の姿はどこにもいなかった。カメラを構えたスタッフはみな、インカムをしており、見えない誰かの指示に従い、淡々と作業的に撮影してゆく。

 七見は列の一部に組み込まれた。ただ、ひたすら歩く。列には乗馬している者、非戦闘員として参加しているためか、甲冑姿ではない者が食料その他を摘んだ荷車を押している。晴れていたが、泥水の中も行進した。

 撮影は一日が終わる頃に夕方になっていた。

オレンジ色の夕陽のなか、槍を肩に担ぎ、甲冑姿でアスファルトの道を歩み、テントへ戻る。数百人におよぶ足軽たちは、着なれない姿での撮影に、くたびれていた。甲冑は汚れていた。無数の擦り傷もできている。それぞれ新品ではなくなり、しかし、あえて、傷がつきやすい弱い材質を使ったという話もあり、その擦り傷の影響で、人によっては一戦を経験した感じが出ている。人によっては、歴戦の傷に見える。

 顔には披露が浮かんでいた。まだ勝敗は決してしないものの、自分たちがいま勝っている側にいるのか、負けている側なのかが、見通しがつかない。そういった様子があった。だが、歩みを止める者はいなかった。

 七見は京一の姿を探した。だが、どこにもみつからなかった。

 それからシャワーを浴びて、食事の列に並ぶ。そこまで来ると、一日のほとんどが終わった。

 夜になり、あてがわれたベッドのスペースに腰を下ろす。

七見はベッドに寝転がった。天井には、明りとテントと骨組みしか見えない。

明日の撮影の予定はまだ何も知らされていない。撮影があるのかどうかさえ、わかっていない。

 待つだけだった。

 待つのは、慣れていた。

 いま生きて、いつ始まるかわからない戦を待つ。待つだけだった。

 待つだけだった。待っているだけだった。

 ほんとうのことは、こちらの都合でいつも始まらない。

 待つだけだった。終わりが来るのを。

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