第52話

 鬨の声とともに、攻撃側が進軍する。

 まっすぐに向かってゆく。

 七見は最前線へ出た。

 京一は、さらに前へ出た。

 まもなく双方の軍が接触した。その衝突で、あらゆるものが、飛んだ。砕け散るものもあった。泥が跳ねて、槍や剣が折れて、吹き飛ぶ。

 瞬く間に、敵味方が混ざる。草原だった場所は、瞬く間に、緑を失い、泥の地面になる。敵、味方にかかわらず、あっという間に、兵が倒され、地面に人が倒れてゆく。

 常にどこかで、誰が斬り、誰かが斬られている。

 七見の方向感覚は消えた。どちらへ向かうべきか、わからなくなる。そこへ、敵が斬りかかってくる。必死になってかわす。足を泥にとられてこけた。這い上がろうとすると、目の前に、槍の先が飛んで来た。槍は陣笠を貫通した。陣笠を捨てて立ち上がると、目の前に敵の兵がいる。ふたりいた。どちらも槍を持っている。七見の手には武器がなかった。奇声を発し、相手が同時に槍を突き立てに来た。横に飛んでかわしたつもりだったが、また足をとられて、こけた。手をついて倒れる。その手の先に、地面に半分うまった刀があった。柄を握り、地面から引き抜くと、刃が三分の二、折れていた。かまわず、その刀で手前のひとりへ向かう。焦りでうまく刀をあつかいきれず、体当たりになった。相手とともに倒れ込む。顔と、敵の顔が間近にあった。瞬間、敵の腹部を槍が貫く。味方の軍が敵を仕留めていた。もうひとりの方も、集団で、槍をついて仕留めたところだった。

 だが、次にはそこにいた味方の兵が、乗馬した敵兵に、なぎ倒されていった。七見だけが、距離があり、攻撃範囲から外れた。騎兵が走り去り、周囲を見ると、より誰が味方か、敵か、わからなくなっていた。すでに、かなりの数がやられている。ひとりがひとりに勝ち、しかし、次の場面では、勝者が死者になっている。

 七見は自身の刀を抜こうとしたが、なくなっていた。脇差しもない。その場に落ちていた刀を拾った。誰のものかわからない、脇差しだった。

 人間が放つ破壊の音のただ中を歩く。自身がひどい呼吸をしているが、まるで、自分の身体に起こっていることとは思えない。痛みもなかった。

 地上では、戦いだけがあり、空はあいているのに、なぜか空が見えない。遠く、目指すべき城は、遥か遠く、まったく近づいていなかった。自身がいる場所がまだ、ほとんど開始地点であることに愕然として、それで、走った。

 戦いと戦いの間を通り抜け、走る。横から攻撃され、反射的に斬って、その勢いで、倒れて、すぐに立ち上がる。そして、走った。背後から、馬の足音がきこえ、振り返ると、首を薙ぐように、刃が来た。避けて倒れて、すぐに立ち上がる。激しい戦いで、地面の地形が変わりはじめていた。平らな場所はなく、千切れて泥にまみれた草花は、ふめば、足をとられ転倒しそうになる。

 矢が飛んで来て、そばにいた者の心臓部へ刺さった。その次には、三度、馬の足音が聞こえ、幾人もの兵をなぎ倒しながら、七見へ迫って来る。

 七見は刀を構え、腰を落とした。

 よく相手を見る。

 馬上から、振りかざられる。薙刀だった。

 七見は刀を捨て、薙刀の柄を掴んだ。その拍子で、兵が馬から落ちた。七見も態勢を崩して、泥に倒れた。すると、落とされた兵が、立ち上がり、脇差しを抜いた。

 そのとき、脇差しを構えた兵が、ふと、よそ見をした。そこへ、七見は立ち上がり、胴を両手で押し倒す。相手は、後ろへ倒れ、そこへ、他の兵が槍を一斉に突き立てた。

 七見はせき込み、口から泥を吐く。それから、相手がよそ見した方を見た。

 京一が敵を斬っていた。

どこで手に入れたのか、自身の身の丈ほどある、長い刃の刀をふり、次々に敵を斬ってゆく。鳳凰のような眼で、向かってゆく。

 七見より、遥かにやられ、泥にまみれていた。汚れていない箇所がない。

 襲い掛かる敵兵を斬り、蹴って遠ざけ、刃を避けようとする。避けきれず、かするが、怯まない。攻撃しかえす。

 直後、京一へ向かって、ひときわ鋭く斬り込んでくる兵がいた。他の者とはあきらかに動きがちがう。

 七見の眼には、陣笠の下に、赤い髪が見えた。その兵は、明確に、京一だけを狙って攻撃していた。

 京一もその相手に気づいた。だが、京一には、赤い髪の兵だけでなく、他の兵からも攻められる。

 だんだん、敵兵が京一へ群がるような光景が出来て来た。

 だが、京一は怯まない。赤髪の兵に、執拗に攻撃され、投げられ、蹴り飛ばされても立ち上がる。扱いにくそうな長刀を手放さない。

 眼は鳳凰のままだった。

 そこへ、一斉に敵兵が攻めにゆく。

 赤い髪の兵も攻めてゆく。特別な動きで、まっさきに京一へ刀を振り下ろす。

 京一はそれを刀で受け止めた。そのまま十字に重ねた刃で、競り合う。

 すると、京一が口を動かした。

 なにか言った。声はきこえなかった。

 そして、それが、七見が戦いの中で最後に目にした京一だった。敵兵に覆われ、京一が視界から見えなくなる。

 遠くでは、城と町が燃えていた。

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