最終話

 城が燃え落ちたのを見届けてから、十日が経った。

「どうやって、わたしのことみつけたの」

 小町が見返しながらいった。

 学生服だった。

 夕方の駅のホームには、彼女と彼しかいない。少し前に電車は次の駅へ向かっていってしまった。降りた人たちも、改札へいってしまった。

 ホームから見渡せる駅周辺には、建設中のタワーマンションが見える。あとは、夕陽だけだった。

 小町の前に現れた七見は言う。

「血まなこで、さがしたんだ」

と、それから、続けた。

「さがすのは京一くんに手伝ってもらった。そうなったら、もはや、いちころさ」

 七見も学生服だった。

 すると、小町は視線を外し、淡々とした口調で「ストーカーだ」といった。「しかも、逃げられる気がしない」

 七見は口を閉ざしたままにしていたが、やがて、大きく息を吸って吐いた。

「お母さんは、げんき」

「げんきです」と、小町はいった。「少しふとったけど、げんき」

「そうなんだ」

「あれから、よく食べる人になった」

「それは、いいことなのかな」

「成長する気なんだと思う。いっぱい食べて」

「成長」

「どこかで止めてしまった自分の成長を再開させる気なのかも」

話ながら、どこか、ほっとしている様子がある。

風が吹き、少しだけふたりの髪を揺らす。

それから小町がいった。

「これ、スマホでいい会話ね」

「うん」と、七見はうなずいた。「スマホでいい会話だ」

小町は繰り返す。

「スマホでいいよね、こんな会話なんて」

「スマホでいいよ、こんな会話」

七見は意見をそろえる。

「ねえ」

 と、小町が少し、声に弾みを入れた。

「あの町から、この町に来るまで、どれくらいかかったの。きっと、三時間はかかるはず」

「けど、君の生きる町へ向かう三時間だ。他の三時間とはちがう」

「京一さんは、どうなったの」

 不意に漠然と問う。

「京一くんは、バトンを失った」

「戦争のなかで失われたのね」

「いや、近所の犬に、とってこい、って何度か投げて咥えてとってこさせていたら、あるタイミングで、犬が何も加えずに帰って来た。それっきりだってさ」

 そう話すと、小町は真顔になに、やがて「ばか」と、小さくいった。

 そこへ七見は続けた。「そういえば、京一くん映画に出てたらしい。ドイツの映画だって、タイトルはまだ不明だし、名前も知らない謎の監督だったし、いつ公開されるも謎だって、この国で公開されるかも謎」

「謎ばかりだ」と、小町はいった。

「彼はそういうのが似合うからさ」

 七見はただ軽々とそういった。

 すると、小町は顔を少しうつむかせた。

「新しいわたしのうち、駅から近いの、よってく」

言って、小町は顔をあげた。

「さいきん、珈琲に凝っている。けっきょく、いつもミルク入れすぎて、珈琲牛乳みいになるけれど、飲む」

 問われて、七見は少し間をあけてから「どこかで、ドーナッツを仕入れよう」といった。

「となると、知らない町で、ドーナッツ屋を探す冒険が発生する」

「わたしもまだ、知らない町なの」

「なら、ともに、手探りだ」

「そうだね」

 と、小町はいった。

「わたしの新しい部屋も見せてあげるよ」

 光をおびて、笑顔で。


                             了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アクタァグルーヴ サカモト @gen-kaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画