アクタァグルーヴ、バトン
サカモト
アクタァグルーヴ
第01話 はじまりの路上
その光はなにをやっても消えず、決して壊れない。
たとえ、太陽へ放り込んだとしても、燃え尽きることはない、消滅しない。そして、ただ、光り続ける。破壊できず、存在し続けるのみである。しかし、その事実を知る者は誰もいない、太陽のすぐそばまで寄り添って、実際に、投げ込み、確認できる生命体はいないから。
そして、それを手に入れたところで、光り続けるだけだった、無限に光っているのみ。光って、そこにあるだけでしかない。
けれど、なぜか、それを追い求めることを放棄すれば、閉ざされてしまう。
どうしてかわからない、追わなくなると、行き詰まる。それまでも栄達も、失われはじめ、やがて、なくなる。
しかし、追えば、世界は元のサイズでいられる。
追えば、世界は少なくとも元のサイズでいられる。
そして、拾った。
それは路上へ落ちていた。
リレーにつかう、バトンのようなものだった。しかも、光っている。
快晴だった。空は青く、太陽はまぶしい。
雲は白く、流れている。
それを拾ったのは、学生服に身を包み、荒々しく放埓に伸ばした髪型の青年だった。蓬髪に包まれたその頭蓋、垂れた前髪の下には鳳凰のような両眼がある。
鳳凰を擬人化し、その際、なにか小さなバグが発生したら、こういう人間になるのではないか、という風体だった。作為的には、たどり着くには難易度が高そうな外貌でもある。
彼を幼少期から知る者は彼へこう訊ねたことがある、おまえ、目からビームとか、出せるだろう。
そして、その彼の身を包む学生服はあちこちが傷んでいた。間近でみればわかる、制服には無数の傷がある。七つの荒海を乗り越えたような気配を纏った制服の状態だった。
青年は同行者がいた、同じ高校の生服を着ている、似たような世代の青年だった。
ただし、彼とは生命体として、質が違う。
つややかな黒髪、前髪の下に墨汁で引いた線のような糸目であり、色は白く、肌が綺麗をしている。同じく制服姿だった。しかし、京一とは違い、学生服に痛みはない、きれいに着ていた。
糸目の青年は、とあるビルの屋上に設置された巨大な看板を見上げていた。近日公開予定の映画の宣伝の看板だった。若手女優の『稲里みほり』がのっている。主演作と描かれていた
やがて、その青年は見上げていた看板から視線を地上へ戻す。
糸目の青年は、同行者の鳳凰眼の青年が、手に光るバトンを持っていることに気づく。
しばらく、糸目で見ていたが。
「京一くん」
と、その名を呼んだ。
京一と、呼ばれた青年が手にしているのはバトンのような形態で、全体が蛍光灯のように光っていた。
「七見くん」
呼びかけられ、京一は鳳凰眼で見返す。
その眼で見返され、対して七見は思った。あいかわらず、存在感のある目だ、京一、きみは。
きっと、その目で見たら小動物くらいなら、短期の間の気絶するのではないか。
と、こころのなかで感想をつぶやきつつ、七見は「なんだいそれは」と問い返す。
「いま光りを拾った」
京一はそれを手にしながらいった。
季節はまだ春だった。空は晴れ、陽は高くある。
そこは都心の真ん中だった。ビルが立ち並び、車の通りは多いが、歩く人はいない。
地面はアスファルト、一面である。
すると、七見は「光を拾ったのかい」と問いかけた。
「ああ、光るゴミと思しきものを拾った」
京一の手には、たしかに光るバトンのようなものが握られていた。快晴の空の下でも、はっきりと光っているとわかる。
「そうか、光るのか、そのゴミは」七見はそう言って続けた。「光るゴミは、不燃ゴミになるんじゃないかな」
七見の発言に対し、京一は流し目を添えて「それは、アドバイスかな」と、投げかける。「七見くん」
「アドバイスでもいい。メッセージは受け取り側しだい」七見はスマートフォンの画面を操作しながら返した。「ほら、会場はあっちみたいだよ、京一くん」
「そうか」
と、京一はいいながら、光るバトンを学生服のうちポケットへしまいこむ。
それを目撃した七見は「そのまま所持する気かい、正気じゃないね」と、告げた。
「道に捨てるわけにはいかないだろ、七見くん。それは俺の生きざまに反する。ポイ捨てしないという、生き様に」
「きみのその思想は、人類の代表にふさわしい。あとで拍手するから、いまは行こう、約束の時間は守らなきゃ。ほら、あっちだ、あのビルだ」
「この雑居ビルディングか」
京一は鳳凰のような眼で視線を合わせる。
七見がスマートフォン片手に視線で示した先には、両高層ビルに挟まれた間の狭いスペースに建つ、細長いビルだった。一階は立ちそば屋だったらしいがいまは閉店していた。京一はそのシャッターを見つめながら「この店は、味に何か問題あったのだろうか」と、つぶやく。「ダシに油断があったのか」
閉店したそば屋へ注目する京一を捨て置き、七見はビルの入り口を指さした。
「ここから入るみたいだよ」
「入口発見か、でかしたぞ、七見くん」
「書いてるからね、ここに入口と」
と、七見がテナント看板を視線でさす。
ビルの入口に掲げてあるテナント表示、その四階には『オーデイション会場』とだけ書いた紙が貼ってあった。
「なるほど」いって、京一はその紙を剥がし、手にとる。
「剥がしたら後から来る人がわからなくなってしまうよ、京一くん」
「しまった、しくじった。気持ちが高まってしまい、つい、スティール心が」
「今日までの生涯で、はじめて鼓膜にぶちこまれた言葉だな、スティール心っていうの」七見は感想を述べる。
その間に、京一は「これで世界は元通りだ」張り紙を張り直す。
そこへ七見が告げた。「もし、ぼくが関係者で、きみのその場面を見てたら、落とすよ、面接」
「落ちても這い上がればいい」
京一はそう返し、振り返る。
鳳凰眼は、そのままに。
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