第26話 踏み入れる
タワーマンションの麓まで来た。
正面口の前へ三人並んで立つ。
空模様は、いよいよ末期だった。頭上を覆う灰色は濃くなり、雨が降り出す寸前にある。
七見、水巻、京一の三人はタワーマンションの麓に並んで立って見上げていた。最上階は、見上げる角度の影響か、心なしか、霞がかってみえる。人外魔境の頂きのよ うな、様相を呈していた。
そして、水巻が口を開く。「三十階、建てなんだってさ」
すると、七見は「小町さんの家は、最上階だ」といった。「最上階のフロアはぜんぶ、小町さんちらしい」
指を差す。水巻は、その指先を見て、それから京一を見て言う。「京一くん、どうやら、小町さんは、この塔のてっぺんに住んでるって、噂を聞いたよ」
「ああ、その噂はオレも耳にした」
水巻の頭上を通し、うなずき合う水巻と京一へ、七見は告げる。「こんなに至近距離で聞いたものを、噂として扱うんだね。そこの、二人組は」
「七見くん」
「京一くん」
「先頭は、きみしかいない」
「わかった」京一はうなずき、視線を向ける。「行こう」
一階は住民の共有エリアで、外壁の大部分はガラス張りされている。しかし、灰色の空の影響か、ガラスの向こう側が見通せない。京一が歩はじめると、水巻が真後ろにつき、七見がその真後ろにつく。
ひと列になって、正面口に立つ。来客ように設置された呼び出しパネルの前に立つ。
パネルは、銀色に輝いていた。一点の曇りもない。
水巻は、京一の背中から、ひょっこり顔を出し、パネルを見て「インターフォンがすでにかっこいい。いっそ、このパネルを家に持って帰って、飾りたい」と、言い出した。
「つまり、飾り気のない人生なんだな」と、京一が言う。「追い詰められているほど、飾り気が壊滅の人生なんだな」
と、ふたりが不毛な会話しているそばで、七見は何もいわない。泳がせていた。
「で」と、京一は振り返る。「七見くん」
「うん、京一くん」
「これは、どうやって使えばいいのか教えてくれ、ワザを」
「きみに教えることは、もうなにもないさ」
「その台詞は、まさか七見くん、師匠だったのか、きみはオレの」
「ねえねえ」水巻が言葉を挟む。「だいたい、なんでわたしたちはこうして一列なの? RPG的な並びなの。これさ、わたしたちのIQが、さびしいのがバレる気がする」
「まってて、ふたりとも」七見は列を崩し、スマートフォンを取り出す。「いま小町さんに連絡してみる」
「たのんだ、七見くん。きみだけが我々の文明の命綱だ」
スマートフォンを操作する七見へ京一が言葉を送る。
いっぽうで、水巻もいつの間のか列を離れ、ガラス扉の向こうをのぞき込む。人かやってくれば、シルエットでわかるようにはなっているが、向こう側は、はっきり見通せない仕様になっていた。それでも水巻は扉の向こうをじっと見て言った。「かわいい犬とか飼ってる人とか出てこないかな。そんな犬と遭遇できたら、法の許す範疇で、戯れたいよ、わたし」
「小町さんから返事が来たよ」
七見はふたりへ呼びかける。
「いま扉あけるって」
「いや、ことわる。扉とは、おのれ自身の力であけるものだ、と、伝えくれ、七見くん」
「だめだ」
すぐに拒否して、七見はスマートフォンをおさめる。
ふたりから少し離れていた水巻が、天井の隅に設置された監視カメラを見上げていると、やがて扉が開いた。七見が「水巻さん」と、呼びかけると、監視カメラを凝視したまま後ろへさがり、顔を、くる、と回してふたりを見る。
「設置された監視カメラ、ぜんぶ、みつけたよ。みつからないように仕掛けてあるぶんもふくめ。さすだね、タワーマンション」
「そうか」と、京一はうなずく。「それが、タワーのチカラだ」
なんら、根拠も価値もない発言を、迷いなく、むしろ、良い声で、腹から、存在感を醸しつつ。
「いくよ、ふたりとも。挙動に気をつけてね、不要な誤解を開発、出荷しないように」
「業務連絡、ありがとう、七見くん。ベストを尽くす」
ふたりの間にいた水巻は「いいか、やろーども、にんげんに見えるようにふるまえ」と指示を放つ。
京一は「演じよう」といった。
そして、三人は並んで扉の向こうへ、足を踏み入れる。
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