第25話 目の前に
たどり着くべき、タワーマンションは目の前だった。
だが、三人は一度、駅前のコンビニエンスストアへ入る。スナック菓子の棚に横並ぶ。それぞれが思い思いのスナック菓子を選び、購入する。会計は、閉めて、千二百円少々となった。
水巻が「われわれには、これがせいいっぱいの出費さ」といった。「だって、これらは、ふだんは食べたくても、高くて買わない、ワンランクなお値段のお菓子ばかりだもの」
「ああ」京一も隣でうなずいた。「それに、こうしてなにかしら、お土産を持っていこうって、気持ちが大事だ」
七見は、その隣でまとめて支払いつつ「人間らしくていいと思う」と、言葉を寄せた。「ふたりの一生懸命、まともな人間のフリをしようって気概が、いとおしいよ」
会計後、三人は店員へ一礼し、袋は七見が持った。
店を出て、三人はタワーマンションを同時に見上げる。あやしかった空模様は、より、あやしさを増し、灰色がかった雲も増殖しはじめていた。空は、いますぐにでも稲妻が似合う様子へと転じている。
ふと、水巻が「こーして、見上げてると、首が痛くなってきた」といった。
いっぽうで、七見がべつの方向を見ている。やがて、その方向へ視線を向けたまま「あれは」といった。
水巻と京一がそちらへ視線を向けると、コンビニエンスストアの端に、巨大な男性がいた。
コンビニ、一店舗ぶんの距離をとり、三人を作為的に凝視している。
年齢は四十歳前後か、頭髪は短く、あごはがっしりしている。身長は二メートル近くあり、肩幅も大きい。上はジャージ姿に、下はデニムだった。靴はバッシュらしい。
中年の大男は、手にアイスを持っていた。同コンビニで買ったらしき、ソフトクリームで、大男は持つと、ミニサイズのアイスに見える。
そして、中年の大男は、アイスに一切、口をつけない。むしろ、その口を横一文字に閉めている。
「あれはきっと」京一が大男を見返しながらいった。「アイスを食べている、にんげんだ」
「その情報は、言語化する必要がない」
と、七見が見解を述べた。
「うちのパパだ」
そこへ、ぼん、と水巻がその情報を投じる。
七見と京一は、音もなく、くい、っと、水巻へ顔を向けた。
「わたしのパパは、わたしのファンなんだ」
そこへさらに追加で話す。
「今日はあなたたちと一緒に、ともだちんちに行くって言ったから、心配になって、追跡して来たんだね。なにしろ、メンズとおでかけだし、わたしも全力おしゃれだし」
「始末するか」
と、京一が問いかける。
すると「七見は、どういう方法で」と、訊ねた。
直後、水巻は「七見くん、キミは抑止する役ではなかろうか」と、うったえた。「うちのパパ、抹殺計画を推進する役じゃないぞ、キミは。芸が荒れているぞ」
「落ち着き給え」と、七見はいった。
「でも、しかたないか、さいきん、こんな感じでわたしのオトコ関係が派手になったからね」と、水巻はふたりを視線のみで見上げる。「魅力があるってのは、問題を生むよね」
七見が「莫大な誤解を生産しそうな言い方だ」と返す。
「不安なのよ、パパ」
すかさず、七見が「しかし、キミのパパが、いまはや、我々の生命維持への不安を提供しているよ」と伝えた。
京一は「どこまで追跡してくる気だろうか」そういって、ふたたび、水巻の父親へ視線を向ける。その鳳凰眼と眼があった瞬間、水巻の父親が、ぴく、と反応した。アイスもふるえた。
「見るな、京一くん。水巻パパさんから、警戒色がいま発せられた、同級生の父親から警戒色を出させてはならない」
「七見くん、話せばわかるんじゃないか。同じ人語を話す、生き物だし」
「どう、思う、水巻さん」
「んん、ムシでいいよ、きっとついて来るのもここまでだ。わたしにみつかったし、いや、我がパパは、ここまでわたしにみつかったと思ってなかったに過ぎないのだけど、もう、みつかったって、向こうもわかったと思うし」水巻はぼんやりとした口調でいった。「放し飼いだ」
その回答を受け、七見が少し間をあけてから「きみがそう望むなら」といった。
そして、三人は、ようやくタワーマンションへ向かう。
七見が振り返ると、その通り、水巻の父親は、その場からうごかず、しかし、じっと見送ってきた。
高確率で職務質問の対象となりだろう視線で見送られ、歩きながら、七見は「お父さん、大きいね」といった。
対して、小柄な水巻は「元プロレスラーだから」と答えた。「覆面の」
その横を歩む京一は前を向いたまま「休日なのに、たいへんだな」と、哀愁のある様子でいった。「休めばいいのに、休日なんだし」
そこへ水巻は言う。
「たいへんさ。でも、きほん、ガマンだね」お土産の一部である、クマの形をしたグミ菓子をかみしめながら言う。「でも、押し寄せるストレスで、超食べちまうけどな」
がしがしと、クマの形をしたグミを口へ放り込む。
くまの群れを、一網打尽が如く、食す。
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