第25話


 日曜日、水巻が集合場所である、駅前に行くと、そこにはすでに七見と京一が並んで立っていた。

 午後十一半。

 天気はあやしく灰色がかり、雨が降りそうな気配がある。

 水巻がふたりの姿を見つけたとき、七見が京一へ「スマホの調子、悪いんだね」と、話かけているところだった。

 七見は水色のカットソーに下はデニムを合わせていた。

 京一は黒い襟付きシャツに、黒いパンツ姿で、靴も黒。

すべてが黒い。

 水巻は、デフォルメされた耳の大きなサルが満面の笑みを浮かべているプリントされたシャツを中心に、カーディガンを羽織っている。小さなリュックサックを背負っていた。

「ああ」

 京一は、うなずき、スマートフォンを片手のその画面へ視線を落とす。

「いつも渾身の力で握っていたらスマートフォン、それで、きっと不調になったのかも」

「渾身である必要があるのかい、握るのに、いつも」と、七見が問う。

「スマホ側も、相手が本気を出して扱った方が、機体が、ほとばそる生命力を感じて、相手にすごく良き塩梅でメッセージが届く気がするのさ、七見くん」

「深刻な、気のせいだ、京一くん。気のせいというか、ノイローゼ側だ、京一くん」

 七見は注意ではなく、ほぼ感想のようにいい、そして、水巻が近づいて来ると手をあげる。

「やあ、水巻さん」

七見が声をかける。すると、水巻は立ち止まったその場から「七見くんの私服、あれだね」と、いった。

「なんだい」

「まさに七見くん、って感じがする」

 水巻は眉毛を凛々しい位置にしたつもりか、けっきょく、眉間にしわが出来ただけの表情で、そう伝えた。

 言われた七見は少し考えた後で「がんばったね、水巻さん。ついに、人を褒められる人になったね、めでたしめでたしだ」と、褒めたことを褒めた。

「いっぽうで」

 と、いって、水巻はぬるりとした首の動きで京一を見る。

「黒いのね、京一氏のすべてが」

 誤解を招きかねない形式で発言する。

「おれは、義務教育の世界以外では、黒しか着ない」

「なんでだ」と、水巻は問い返す。「どうしてだ」

「こうして黒い服を着ていると、ふしぎと職務質問の回数が減る」

「深刻な、気のせいだ、京一くん」と、ふたたび言い切り、七見が告げる。さらに「しかも、黒い服を着たところで、しょせん、職務質問の回数が減るだけなんだね、根絶にはいたらないんだね、職務質問は」と、いった。

「しかし、七見くん、今日は君と一緒だ、職務質問はより激減するはずだ」

「それを名誉に思えるよう、がんばるよ、ぼく」

「オポッサム!」とたん、水巻がそういいだした。

 七見が「とつぜん、どうした、水巻さん」と見返す。「ぼく、発狂とか嫌いだよ」

「いえ、どうも、ふたりだけで会話が盛り上がっていたので、さびしくなって、どうにか、わたしへ注目させようとオポッサムさ」

 すると、京一がふたりへ視線を向けた。

「豪華メンバーもそろったし、行こう」

 水巻は「豪華って、地獄で燃える方の、業火に聞こえるね」とコメントした。

 七見だけが、駅前へ聳えた、タワーマンションを見上げていた。

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