第47話

 入り口は三つあった。ひとつは資材の搬入用だった。他は、関係者が入る正面の入り口と、それとは区別され、重要な役目を持つ者の特別な入り口がある。

 七見が事前に通達された案内にしたがって、正面の入り口へ向かった。広大な駐車場を通りぬける。入り口までたどり着くと、プレハブ小屋の受付があり、そこに五十人ちかくが列をなしていた。七見と同じ、歩兵の役の者たちらしい。

 列の後ろに並び、十分として、七見の番が来た。受付の中年男性は、七見の顔を見ず「番号は」と、聞いた。

「こんばんは」と、七見は挨拶し、事前に確認していた番号を伝えた。すると、受付の男性はキーボードで端末へ番号を入力し、確認が終えると「スマホとか、カメラ、こっちで預かるから、出して」といった。

 七見はスマートフォンを取り出し、差し出すと、食品を入れるようなタッパー入れに、ガムテープを張り、そこに七見の伝えていた番号をマジックで書く。それから首へかけるパスカードを置いた。

「じゃ、西側にある自分の番号のあてはまる控えのテントにいって」

 男性は最後まで七見の顔を見なかった。次の受付へ向け、準備をする。

「ありがとうございます」

 七見は頭をさげ、中へ入る。

 映画製作の内蔵部と呼ぶべきその場所は、夜にもかかわらず、まるで真昼のような明るさだった。光過ぎて、もはや、どの光も等しく光としての存在を希薄にしている。

 テントに書かれた番号を探す。ひとつひとつがサーカスでも出来そうな大型テントが並ぶ一帯を歩く。あるテントを通りかかったとき、入り口があいていた。その隙間から、人間の身体が無造作に山積みになっていた。みな、ぼろぼろで兵の恰好をしている。七見が立ち止まり、じっと見ていると、中からスタッフらしき男が出て来た。男性は七見に気づくと「はは」と笑った。「驚いたか、つくりもんの屍だよ」そういって、歩いていってしまう。

 七見は男性を見送った後で、もう一度、テントの中を見た。無残な姿で兵士たちが見えた。

 一度、長く瞼を閉じると、ふたたび歩き出す。やがて、じぶんの番号が割り当てられたテントを見つけた。

 中に入ると、野戦病院のように簡易ベッドが並んでいた。各ベッドには、カーテンがあり、開いていたり、閉じられていたりする。一番端のベッドは、かなり小さく見えた。ここが撮影中、兵の宿舎となる。空調はよくきいていた。

 ベッドは、すでに現場へ入っている者たちで、三分の一ほど埋まっていた。中へ入って、自分のベッドを探す。その間、いくつものベッドの端へ腰かけ、あるいは寝転んでいる役者たちがこちらを見て来た。歳はばらばらだった。七見と同じ歳、あるいは歳が下のような者もいるし、父親くらいの男もいる。祖父に近しい者もいた。若く、気力も充実な者もいる、若く、気力が果てたような者もいる。世界の汚れを知らない眼差しのままやってきた者、見るべき者をすべて見終えた、ここにいるらしき者。

 最後の感じだ。

 七見は漠然とそう想った。ここには、最後の感じがある。

 ここにいる役者たちが、やがて、同じ戦場に立つ。そこで、活躍した者が、選ばれ、役を得る。

 役者たちのテントは、ここ以外にも数多くあった。いったい、どれほどの人数を集め、撮影しようとしているのか、一介のエキストラ、兵にしか過ぎない七見には、知らされていない。だが、これだけ、急なスケジュールの撮影にもかかわらず、参加可能な者たちだった、役に飢えている可能性はたかい。

その役者たちが、まもなく、同じ戦場に立つ。

 この映画の撮影は、絶対におかしいと、誰もがわかっているはずだった、狂っていると。戦場の撮影で活躍した者が、映画の主人公となる。

 しかも、この大規模な撮影現場を用意するための、莫大な費用はどこから、誰が。こんな特殊な方法でつくるこの映画の費用が回収できるとは考えにくい。

 それは、みんなわかっていた。

 それでも、ここに集った。

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