第48話

 翌日は衣装合わせに一日が投じられた。

 七見は長い列に並び、順番が回って来ると、番号を伝えた。すると、事前に伝えていた身体のサイズに合わせた甲冑の入った箱を渡された。

 衣装を受け取ると、戦の撮影の参加する者たちには、着付けに設置されたテントへ並んだ。中では次々にスタッフによって、衣装を着付けされる。ベルトコンベア作業ように、着付けが終わり、サイズの確認が終わると、次のスタッフがそれを外してゆく。

 甲冑といっても、足軽役のため、実際に身を守るための硬質な部分はほとんどなかった。合皮やプラスチックを使用し、使い古したような塗装がされている。本物の戦だったら、身を守るには、微塵の頼りにもなりそうにない代物だった。防御力はとぼしく、動くと、ビニールのすれた音がなる。

 髪の色が黒くない者は、上から黒く塗るスプレーも配られた。髭を剃ることひかえてほしいと伝えられた。衣装を受け取った帰りに、七見が通りかかった別のテントをのぞいたとき、甲冑にはもう一種あることを知った。七見が受け取った甲冑は黒色だった。別のテントで配布されている者は、にぶい赤色だった。

 衣装の確認が終わると、あとは何もすることがなくなった。七見はテントへ戻り、自身の番号が割り振られたベッドに腰かけていた。スマートフォンは預けてあるため、外部への情報の入力も、出力も、遮断された状態だった。

 左右のベッドは、見知らぬ者たちだった。左右ともに、七見の父親くらい年齢だった。そのふたりの甲冑は、赤色だった。七見の灰色とはちがう。

 七見は、甲冑を何度か脱ぐ練習をした。衣装に着られているのではなく、着ている状態をめざした。着て、動ける範囲を確認する。

 しばらくするとテント内で昼食の配布の放送があった。指示された範囲の番号がアナウンスされると、食事をとりにいった。飲料水は、自由にいくらでも飲めた。間食も自由にとれるよう、大量に用意されていた。テントで設置された大浴場も、個室のシャワーブースが設置されたエリアもあった。

 撮影が翌日開始されるかどうの発表はないまま、夜になる。その間にも続々と、あたらしい役者たちが到着し、あいていたベッドが埋まっていった。

 まるで現象だった。

 やがて、消灯になる。七見は最後まで、京一を探さなかった。

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