Dパート 演じ、馳せる

第34話

 七見が小町の転校を知ったのは、翌日の昼休憩だった。

 屋上で京一、水巻といつものように横並びで昼食をとっていると、他の生徒たちの話声がきこえた。彼女が転校したらしい。

 やや曇り気味の空の下、三人と同じように、屋上で昼食をとっていた、いくつかのグループも、話題を持ち出している。

 小町は目立つ外見をしていた。この学校の学生服が間に合わないという理由で転校して以来、学生服はずっと他校ものだったのも、それで余計に人の目をひいた。しかも、転校してから一か月と経たないうちにまた転校となった。そのため、強い情報であり、校内の生徒たちの話題になっていた。

 七見は弁当を、京一は菓子パンを、黙々と食事をとっている。

 水巻は弁当からミートボールを箸で掴みながら、じい、と、七見と京一のふたりを見ていたが、やがて「昨日のあの大会ってさ」と、口を開いた。

 だが、続きはいわない。

 けっきょく、箸で掴んだミートボールを口に運んで、もぐもぐと、よく噛んだ後で、口をあけ、ふう、と肩で息をついた。そのうえで「いずれ、独特の思い出となるさ」と、いった。

 七見は水巻へ視線を向け、それから、京一を見た。

「京一くん」

「七見くん」

 呼び返され顔を向けられた。だが、七見は「いや、なんでもないよ」と顔を左右にふった。その上で「さて、なんで、いま、ぼくはきみの名前を呼んだんだろうか」自問自答へ入る。

 そこへ水巻が「バグったかい」と、つつくようにいった。

「立て直すさ」七見はそういって、上を向く。

 京一が言う。「崩れたまま行くのも、わるくないぜ」

「あやういところだけどね、そのセリフっぽいの」

 そう返し、七見は首筋を指でかく。やることがないため、むりやりやりことを作ったような挙動だった。

 すると、屋上へ、おとなしそうな男子生徒ひとりと、おとなしそうな女子生徒ふたりの三人の生徒がやってきて、周囲を見回す。そして、京一を見つけると、近づいて来た。

 声をかけたのは男子生徒だった。「あ、あの、京一くん………」少し、おどおどしている。

「佐山くんか」と、京一は彼の名を呼び、それから七見と水巻へ向かって「同じクラスの方々なんだ」と、説明した。

「あ、あの、ごめん」佐山はふたたび、おどおどしたようすで京一へ声をかけた。「た………たすけてほしいんだ………」

 佐山がそういうと、横にいたふたりの女子生徒もうなずいた。

「あ、あの………うちの……・…部の部室に、鳩、入り込んじゃって………」

「はと」

「ご、ごめん、………ちの部員じゃ誰も、は、鳩………ハトさん………捕まえられなくって、あの、ごめん、京一くんなら、ええっと」

「そうか」京一は食べかけのパンを学生服の上着のポケットへぎゅうぎゅうと押し込む。むりやり押し込んだため、パンも学生のポケットも膨らみ、変形していた。「わかった、やってみよう」

「あ、ごねん、昼ごはん中に………」

 ごめんは口癖らしい。

 京一は立ち上がると、七見と水巻へ告げた。「ふたりは、このまま食事を続けていてくれ。現場はきっと死闘になる。必殺技の出し合いのような、戦いなる可能性がある」

すぐさま水巻が「必殺技って、なにさ」と、指摘する。

「では、翼の或る者とやりあってくる」

「謎だけ残していってしまうのね」

 そして、京一は佐山たちと行ってしまう。

 七見と水巻はふたりだけになる。丁度、京一がふたりの間に座っていたため、ひとりぶんの席の距離ができた。

 しばらく、お互いの弁当の消費に務めた。

「ふたりだけだとアレだね」

 先に口を開いたのは水巻だった。

「将棋のコマでいったら、歩と、香、みたいな二人だものね」

「それは、どっちがどっちのコマなんだい」

「将棋のことはさ、よく知らない」

 水まきはたとえ話に将棋を使っておきながら、身勝手にもそう返す。

「なあ、七見くん」

「なんだい」

「わたしがずっと聞いてみたかったことと、最近になって聞いてみたくなったこと、ふたつあるけど、どっちを聞いてみてほしい」

「選択権がぼくにあるのかい」

「拒否権はないけどね」

「ひらがなで書いた、じごく、のような選択肢しかないんだね」七見は苦笑した。「なら、最近になって聞いてみたくなった方は」

「七見くんは、京一くんのどこが好きなの」

「好きとかとは、なんかちがうかな」

「ならば、ペット的な距離感か」

「いや、そういうジャンルでもないよ」

「しからば、培養液に浸かった悲劇の実験体をケース越しに慈しむ的な、距離感かね」

「きみは、直近で、なにか精神に与える刺激の強いマンガでも読んだのか」

「え、ああー、なに? おもしろいマンガの話とかの方がよかったかい。いえ、教室では席が近いのに、京一くんがいないと、まったく話さないわたしたちだし、この気まずい空気の解消のために、無い話題を捏造してみたんだけど」

「やっぱり、気をつかったんだね」

「そこを、まず、ほめてくれてもいい」水巻は弁当箱の蓋を閉じながらいった。「ほめる演技でもよい、わたしは、演技のことはわからないし」

「つまり、役者の話を聞きたいんだね」

「おっと、見抜くんだね」

 その発言を受け、七見は視線を遠くへ向けて「さいきん、別の人にも似たようなことを言われた」といった。それから「水巻さん、もしかして小町さんの件を、気を紛らわらせようとしてくれているのかい」そう続けた。

「それもあるよ」水巻はあっさりとみとめつつ、弁当箱を布でくるみ。「そんなのは、仲間として、とうぜんのオポッサムさ」

 意味がわからない言葉遣いを、さも、当然存在するように言うという。

 間があいたが、つられて七見もやがて「オポッサム」といった。「そういうオポッサムもあるか」

「まあオポッサムさ」

 水巻はいって、口を横一文字にした。

 どういう感情なのか、まったくわからない表情だった。

 すると、七見は視線を空へ向けた。微妙に晴れている。

「やっぱり好きかも」

「うお」水巻は虚をつかれたように、口を、ぱっ、とあけた。「いや、まさか、それって、小町さんのこと?」

「いや、京一くんのことさ」

「なんだそっちか」

「その反応、クジが外れたときの反応と同じだね」

「そういえば、七見くんさ」水巻にあらためて、名前を呼ばれ、七見は顔を向けた。「京一くんと一緒に行動するようになったきっかけ、ってなに」

「きっかけは戦場で出会ったからさ」

 するりという。水巻はきょとんとした。

「なにそれ」

「その反応、クジで変なものが当たったときの反応と同じだね」

「わたしをオモチャのようにもてあそんだのね」水巻はそう言い返し、淡々とした声で「きー」と、いった。

「タネを明かそう」

 七見は肩をすくめてみせた。

「京一くんの存在は、この学校に入学してすぐに知ったよ。彼、目立つし」

「うん、悪目立ちしてる」水巻は愚弄を含ませつつ、肯定した。

「彼自身はなにも作意はなく、みんなと同じ制服を着ているだけなのに、この学校の風景に馴染めない存在感というか」

「ああ、そんな感じだ、やろうは、うん」

「中学校も別で、もともと知り合いじゃなかったし。クラスもちがったし。でも、あるとき、ある映画の撮影の参加したときさ、ねえ、足軽、ってわかるかな」

「将棋のコマでいったら、歩」

「それさ」七見はうなずき、続けた。「ぼくはある時代劇映画で、足軽のエキストラで参加したんだ。山奥での撮影だった。合戦のシーンの待つで、出番まで撮影隊がかりてた体育館で待ってたんだ、足軽姿で。でも、トラブルのせいでかなり長い時間、撮影できずにいたんだ。その間も、ずっと足軽姿で待ってた。みんな待っている間は、足軽姿でスマホいじっている状態だった。そしたら、京一くんがいたんだ、同じ、足軽姿で。彼も撮影に参加してたんだ」

「なぜにだ」

「あとから聞いたんだけど、ぼくがあの映画の撮影に参加するのを聞いて、彼も参加しようと思ったんだって。どういう経路で参加できたのかはきいてない」

「なぜきいてない」

「知ったら犯罪に巻き込まれるんじゃないかと思って」

「だな」

 と、水巻は同意をしめす。

「撮影はぜんぜん再開しそうになかった、そのまま完全に夜になってた。日帰りの撮影のはずだったのに、参加してるエキストラはずっと体育館で足軽姿だった。スタッフからは、体育館から出ないように言われた。外へ出ても、そこは山の奥だからなにもないんだけどね。そしたらさ、近くにいた、同じエキストラの男の人が、じつは、付き合ってる彼女が撮影現場の近くまで来てるから、こっそり体育館から抜け出して会いに行こうかどうか迷ってるって、話をされたんだ」

「それで」

「そしたら、京一くんが彼女の会うべきだって。言い出して。撮影スタッフには、体育館で待機してろ言われたけど、その撮影は本来は昼間にやるはずだったし、もう夜で真っ暗だから、明日の朝まで撮影再開はないだろうってことで、ぼくたち三人は足軽姿のまま体育館をこっそり抜け出したんだ」

「足軽姿である必要は」

「いま思えば狂ってるところはあったさ、ぼくも」

 認めて、七見は指で鼻さきをかく。

「撮影は山の奥で、体育館のその山の奥の廃校の体育館だったんだ。ぼくたちは足軽姿のまま、こっそり、抜け出して、その男の人の彼女さんが待ってるっていう、駅まで山を下りて向かったんだ。すごく暗い、山の中を」

「勇気あるのね」

「そしたら、熊に出会った」

「ああ、おわりだ」

「京一くんは熊の前に立ったんだ、足軽の姿で」

 話す七見の目は、まるでそれを目の前で見ているかのような光を持ちはじめる。

「熊の前に立った京一くんは、刀を抜いたんだ。つくりもの、竹光の刀を。そして、いったんだ」

 七見は神妙な面持ちを浮かべた。

「クマった、クマめ」

 きいて、水巻は黙った。

「すると、急激に熊が怒って、京一くんともみ合いになった。そのまま、ひとりといっぴきで、からまって山の奥へ消えていった」

「死んだのか」

「いや、なんだかんだ、京一くんは生きていた。ぼろぼろの足軽姿で戻って来た」

「社会常識は死んでるけどね」

「やがて朝になって、撮影が再開したんだ」

「よかったね、うん、あけない朝はないものさ」

「撮影が延期していた理由は、撮影しているロケ現場の近くにクマが出たからで、そのクマが朝には捕まったって。きっと京一くんが弱らせたから、クマが捕まえられたんだよ」

「そんなばかな」

「翌朝から撮影は再開したけど、京一くんだけぼろぼろなんだよね、ぼろぼろの足軽」七見は空を眺めながら話す。「けっきょく、京一くんは、監督にみつかって、なんで『おまえだけ落ち武者なんだ』みたいなことを指摘されて」

 七見は自分の手の平をみつめながら続けた。

「そしたら、京一くんは『オレならこの状態からでも勝てます』って言い放ったんだ」

 視線を手の平から、空へ移す。

 水巻はそんな七見を眺めながら「どうしようも、ねえヤツだ」といった。

 七見は空を見上げ続けていた。曇り気味だったが、その雲の隙間から、陽の光もかすかに見える。風が吹けば、たちまち、雲に覆われてしまうほど小さい、存在のあやうい光だった。

 ほどなくして、七見はいった。

「ぼくは演じて生きて来たから、人が演じているかどうかがわかる」

 ふと、そういわれ、水巻は見返す。

 そして、七見は続けた。

「でも、彼が芝居をしているかどうかは、わからない」

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