第35話

 空が森は失敗した。その情報はミナミノのもとにも届いていた。

 奇抜な方法でバトンを手に入れようとし、しくじった。しかし、バトンの入手には奇抜にならざるを得ないことは、ミナモノも理解していた。

 いまの持ち主が、偶然バトンを落とし、その場面に立ち会って拾わなければ、バトンは手に入れることができない。

 いかなる仕組みのそうなっているかは不明。だが、これまで、あのバトンをめぐって、大勢追いかけ、しかし、手に入れることができないまま終わっていった。

 ただ、光るだけのバトン。光る以外、何をしても壊れない、それだけだった。バトンの光と、未知材質を何かの技術に転用できるわけでもない。バトンができることは、ただ光り続け、ただ不滅であるだけ。

 しかし、あのバトンを手に入れようとすることで、なぜか、その個人、もしくは共同体は、繁栄する。それがバトンと関係する根拠は零だった。しかし、バトンを追い続けることで、繁栄した者たちは、信じて、バトンを追い続けている。同時に、その者たちが、バトンを手に入れることを放棄した場合、共同体はなぜか衰えはじめる。

 そして、強引に入手すれば、光のバトンは四年間、世界から完全の姿を消す。バトンが消息不明になった四年間は、はやり、繁栄は滞り、衰えてゆく。

 らしい。

 だが、いっぽうで、依頼主である海の老人と呼ばれる男の一族は、代々どの時代でも光るバトンを追い求めていた。そして、時代々々で、バトンの所在を正確に捕捉しつつも、一度も入手できずにいた。なぜか、どの時代でも、どうしても取り逃がしてしまう。

 スーツで身を固めたミナミノは階段をのぼりながら、考えていた。

 非科学的、極まりない。しかし、その非科学的な部分から端を発し、この依頼は生成された。それに、自身の請負人としてのキャリアからすれば、数値の大きな案件だった。あの光のバトンを入手する、その達成難易度は最初から見えていないし、いまも見えていないが、成功すれば、キャリアのシンボルとして刻めるほどの大きな成果となる。

 らしい。

 正直、そこもあまりピンとは来ていない。だが、可能な範疇で光のバトンについて調査した限りでは、入手に成功すれば、業界内でも偉業となる、名を轟かせることになる。

 らしい。

 あれを手にいれただけで、偉業あつかい。名も挙がる。

 らしい。

 はたして、自身が身を置くのは、どういう業界なんだ。その根本を疑いそうになる。

 しかし、いずれにしろ、依頼を成功させれば特別な存在感を持つことになる。駆けだし身としては、魅力的だった。

 とにかく、あの光るバトンを入手する。いまの持ち主である、あの京一という少年が、偶然、落とすように仕向ける。

 考えながら、ミナミノは一歩一歩、階段をのぼる。エレベーターは故障中だった。階段の幅は狭く、上から誰か降りて来たら、互いに壁へぴったりと張り付くようにして行き交うことしたできない幅だった。

 品祖な階段だった。ゆえに、自身の育った環境を思い出す。こういう狭く、急な階段を、毎日、のぼりおりる日々だった。

 だが、ミナモノは過去の記憶はすぐに遠ざける。訓練しているため、脳内からの情緒の排除はたやすい。頭をいまだけに使う。

 海の老人の一族には、バトンを追い続けた長い歴史ある。そして、その歴史のなかで、唯一、バトンを手に入れかけたときの記録が残されていた。あくまでも、手に入れかけただけだった。しかし、おそらく、この記録こそが、いまの持ち主が偶然にバトンを落とした際に拾えば、バトン手に入れることができる、その発見に至った出来事と予想できる。

 ならば。

 彼女は四階まで階段をのぼり切る。息は微塵も切れていない。

視線のその先に、扉があった。その扉には『株式会社 エダ・プロダクション』と表記してある。

 その歴史のなかで、唯一、バトンを手に入れかけた記録。

 それを再現する。

 それを実行すべく、彼女はその扉をあけた。

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