第42話

 参加する映画のことを考えた。

 はじめに聞かされた内容は、製作費の少ない時代劇だった。

 合戦のシーンがある。お金はないが、とにかく、人数が必要になるため、キャリアの弱い役者でも、採用される可能性が高いときいて、オーディションを受けた。制作側は、なるべく、無料で使える人数が欲しいので、京一を誘った。京一は喜んだ。

「また、きみと同じ戦場に立るのか、七見くん」

 といって。

 そのとき、七見は苦笑してみせた。

 どういう内容の映画かというと、仇討ちの話だった。

 とある地方の貧しい侍の男が家に戻ると、親と兄、妹が殺されていた。犯人を調べると、殺したのは、通りがかりの侍たちだった。侍たちは剣術修行の旅をしている者たちで、身勝手で非道な理由で男の家族を殺したうえ、そのまま旅を続けていった。侍たちの顔はわからなかった。ただ、村ではそのうちのひとりの呼び名だけ聞いていた者がいた。わずかな手がかりをもとに、男は仇討ちを決意する。まずは、仇討ちの件を上位へ訴えた。認可を受けるために。だが、その件は仇討ち側に悟られることになる。相手は男より上層の身分だった。仇討ちは、認められた制度ではあるが、認めてしまえば、維持すべき血筋の危機となり、家の名も汚すことになる。けっきょく、仕組みの悪用により、仇討ちそのものが認められずに終わった。

 それからほどなくして、戦がはじまった。仇討ちすべき侍たちは合戦へ出陣した。剣術修行の成果を披露する場でもあった。

 そして、明日にも勝敗の決定打となる一戦を控えたその夜、野営地で事件が起こる。

 ある侍が殺され、躯となっているがみつかる。はじめは、敵陣の賊が侵入したとさわがれた。躯には、拷問のあとがある。

 だが、しばらくして、二人目の躯がみつかり、青ざめる者がいた。これにも、拷問のあとがある。

 あのとき、あの村で、非道な蛮行に及んだ剣術修行の仲間のふたりだった。

 明日の一戦を控えた夜の野営地に、我らの仇討ちを狙う者がひそんでいる。しかし、野営地には、多くの兵がいる。みなが、しっかりと身元の割れた者たちではない。急募に名乗って来た者たちが数多いる。

 そんな状況になかで、その者たちの眠れぬ夜がはじまる。

 という、内容の映画だった。

 映画の大半は、夜のシーンで、戦の前夜の野営地で休息をとる足軽たちの中に、仇討ちを目的とする暗殺者が潜んでいる。それを探す、仇討ちされる側の視点で描かれる。

 製作費はとぼしいので、大きな合戦のシーンはない。

 カットのつなぎ合わせで、壮絶な合戦を示唆する場面を挿入する予定だった。

 明日、大勢が死ぬかもしれない夜に起こった殺人を気にする者は少ない。

 そして、かりに戦場で死ねば、侍として名誉の死で扱われる。それを阻止する。

 以前与えられた台本には、物語しか記されていない。この物語を映像化することにより、観る者に、どういう印象を与えようとしているかなど、書いてなかった。台本から読み取って自己解釈を完成させるか、ただ、製作側の指示に従って演じるべきか否かは、その役者次第だった。

 とにかく、そういう物語だった。

 七見は合戦前夜の野営地で休息している、足軽のひとりだった。休息中なので、用意された足軽たち人数分の武器や鎧はないらしい。夜間の撮影で、いろいろなものを誤魔化して撮る狙いもありそうだった。

 製作費の乏しい映画だった。

 それが、最初から聞かされていたことだった。

 ところが変わった。

 製作費が巨大になった。そして状況は、すべて変えられた。

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