第42話 戦場
映画の製作の大きな変更は以下の通りだった。
大規模な合戦のシーンを撮影すること。
そして、キャストだった。当初の無名だった役者から、名の知れた役者へ差し替えられた。
とくに、仇討ちをする男の殺された妹役に、人気の女優が配置された。『稲里みほり』だった。
さらに仇討ちをする男の配役は、未定のまま進むことになった。未定のまま、はじめに合戦のシーンから撮影する。大きくいえば、その戦いの結果から、映画をつくる。
常軌を逸した映画撮影だった。前例はないし、重要事項の変更から決定、撮影開始期間までが狂ったように短い。
それを可能としたのが、急激に増えた、巨額の予算だった。スポンサーが現れた。
誰もがどう見積もっても、投じた予算の回収は不可能に思えた。それでも製作費を投じることを考え直さない。
ありえない者の登場だった。しかし、製作費を出すという以上、スケジュールは切られた。
多忙を極めるはずの、稲里みほりを起用できたことも、巨額の予算のなせることだった。もともと、彼女には、別の仕事のスケジュールに入っていた、海外ロケーションのCM期間を今作のために、キャンセルさせた。製作費の出資元の関連会社の商品のCMだったことも大きい。
そのうえで、仇討ちをする男の配役は未定のままだった。
とにかく、はじめに大規模な合戦のシーンを撮影する。
リアルな合戦を撮影すると発表された。可能な限り、当時の様相を再現したうえで、大量の両陣営の兵を用意し、実際に戦っている、に等しい状況をつくりだし、それを撮影する。
無数のカメラを用意し、合戦のシーンを、決してカットをかけずに、一気に撮影する。
無謀な計画だった。無理だと思われた。かりに、実行したとして、準備期間の短さもあって、優れた映像を納められるとは、関係者は思っていなかった。
だが、巨額の予算は、その狂気的な撮影計画を可能にしてしまった。
要望する側に、優れた映像を撮ろうという意志はなかった。ただ、合戦の状況をつくりだすことが目的だった。
その合戦に、ある者たちを参加させ、戦へ投じさせることが目的だった。
ミナミノが計画した。
かつて、あのひかりのバトンが、一度だけ、海の老人の祖先が手に入れかけたことがある。持ち主が偶然、落としかけた。
それが、合戦の最中だった。
その時代、その時、合戦に参加していた足軽のひとりが、光るバトンを持っていた。そして、戦に夢中となり、バトンを懐から落とした。
海の老人の祖先は、それを拾った。しかし、その瞬間、矢で身体を射抜かれ、手から落とした。
その後、バトンはどこかへ消えてしまった。
それが唯一、海の老人の血が持つ、バトンを手にした瞬間だった。
その再現のために、映画の撮影という状況を利用する。資金は、海の老人からほとんど無限に提供された。
計画を提案したのはミナミノ、彼女だった。それでも、同意して費用の投じる海の老人には、異様さを感じた。血が彼を動かし、あらゆる消費を厭わない。
たかが、光るバトンのために。
だが、ミナモノの使命は、バトンを手に入れることにある。
映画のことなど、どうでもよかった。利用するだけだった。
如何にして、あの人物を映画に参加させるか、そのためには、わずかでも参加する動機となるような仕込みを行った。それが、人気女優の稲里みほりの起用だった。
彼をこの戦場へ立たせる可能性を高めるために、あの彼を戦場へ立つように仕向ける。
無論、計画を成功させるための可能性をあげる仕込みは、これだけではない。多くの要素を投じている。稲里みほりの起用は、その中の一部に過ぎない。
映画がどうなろうと、知ったことではない。必要な役者をそろえて、合戦が行われればいい。
戦の中なら、あらゆることが起こる。
戦さえはじまってしまえば、そこがミナミノの世界も同じだった。
どうにでもできるし、自由な世界だった。
とにかく、はじめに大規模な合戦のシーンを撮影する。
ただし、そこに方便はあった。はじめに撮影した合戦シーンの中で、活躍していた者を、逆に配役として、器用する。
この、滑稽でしかない言い分が通ったのも、やはり、莫大資金の力だった。
金さえ出せば、狂ったことをしても、人は往々にして、何もいわない。
沈黙することが、得である限り。
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