第5話

 ふたりはビルを出て、路上へ降り立った。

 空は青く晴れていた。道には、灰色の鳩が数羽、うろついている。

 七見は鳩を見ている京一へ向けて「せっかく午後の授業をゴメンナサイしてわざわざ都心へ来たし」といった。「どこか、よってくかい」

「今日は、光を手に入れた」と、京一は握った光るバトンへ視線を落として言う。「だから、まっすぐ帰ろう」

 だから。

 だから、ってなんだろう。

 いまの発言のなかに、だから、まっすぐ帰る理由となる根拠は不在であった。

 そのため、七見は考える。ひっかからない方が難しいし、無視するのも難しい。しかし、最終的に抵抗せず「きみが望むならそうしよう」と、いった。

 問い返し、長引くのは、ごめんである。

 不要なエネルギーの消耗を避けた。限られた人生という時間を、不毛な土地に水を撒いて消費したくない。

 その勢いだった。七見の柔和なまなざしの奥には、その意志がきらめいている。

それらからふたりは駅へ向かった、横断歩道を渡り、駅に着く。

 改札を抜ける。

 電車へ乗り込み、移動し、揺られ、やがて降りて、電車を乗り換えた。

 さらに降りて、三つ目の電車へ乗り換えるため、階段をあがり、通路を渡って、階段をさがる。そして、ホームへ滑り混んできた電車へ乗り込んだ。乗り込むたびに、列車は短くなり、停車駅も小さくなっていった。

 車内では、ずっと、京一は「そういえば、大福モチのつくり方だが」と、大福モチの作り方を七見に語っていた。

 七見は、糸目を保ちつつ、姿勢よく眠っていた。

 子役時代に培った技術だった。いつでもどこでも眠れる身体だった。しかも、他者が目にしても、見苦しいかたちで眠らない。目にした人が、むしろ、微笑ましく思える ような、寝顔の維持をする。

 そして、降りるときは、ぱっと目を回す。

 京一はまだ話を続ける。大福モチのつくり方だった。

 最後に乗り込んだ列車の車体は短く、一車両しかなかった。

 夕暮れの海沿いを走る。車両には、ふたりと同じ制服の生徒も乗っていた。

 電車がある駅ホームへ流れ込むと、七見は目を覚まし「じゃ、ここで」と告げた、

「うん」と、京一はうなずいた。それから「にしても、いつか大福モチをつくりたいです」といった。

 なぜか敬語だった。そこは無視し、七見は応じる。

「つくったことのないものの話をずっとしてたんだね」

「しょせん、机上みたいな生き方しかできないんだ」

 それは、なんのための断言なのだろうか。

 思ったが、七見は捨て置き、電車を降りる。

 中途半端に興味を持ってはいけない。そう心で唱える。

「京一くん」

「七見くん」

「またあした、学校で」

「突然死に気をつけろ。寒い部屋から、いきなり熱いお湯に入るなよ」

「いま春だよ」

 そのやり取りの末端で、列車の扉が閉まる。

 ホームから七見が京一を見ると、光るバトンを取りだし、眺めていた。

 ああ気に入ったんだ、アレ。

 七見はこころのなかでつぶやき、改札口へ向かい、願った。

 彼、アレを学校に持ってこなきゃいいな。

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