第04話 おりたつ
ふたりはビルを出て、路上へ降り立った。
空は青く晴れていた。道には、灰色の鳩が数羽、うろついている。
七見は鳩を見ている京一へ向けて「せっかく午後の授業をゴメンナサイしてわざわざ都心へ来たし」といった。「どこか、よってくかい」
「今日は、光を手に入れた」と、京一は握った光るバトンへ視線を落として言う。「だから、まっすぐ帰ろう」
だから。
だから、ってなんだろう。
いまの発言のなかに、だから、まっすぐ帰る理由となる根拠は不在であった。
そのため、七見は考える。ひっかからない方が難しいし、無視するのも難しい。しかし、最終的に抵抗せず「きみが望むならそうしよう」と、いった。
問い返し、長引くのは、ごめんである。
不要なエネルギーの消耗を避けた。限られた人生という時間を、不毛な土地に水を撒いて消費したくない。
その勢いだった。七見の柔和なまなざしの奥には、その意志がきらめいている。
それらからふたりは駅へ向かった、横断歩道を渡り、駅に着く。
改札を抜ける。
電車へ乗り込み、移動し、揺られ、やがて降りて、電車を乗り換えた。
さらに降りて、三つ目の電車へ乗り換えるため、階段をあがり、通路を渡って、階段をさがる。そして、ホームへ滑り混んできた電車へ乗り込んだ。乗り込むたびに、列車は短くなり、停車駅も小さくなっていった。
車内では、ずっと、京一は「そういえば、大福モチのつくり方だが」と、大福モチの作り方を七見に語っていた。
七見は、糸目を保ちつつ、姿勢よく眠っていた。
子役時代に培った技術だった。いつでもどこでも眠れる身体だった。しかも、他者が目にしても、見苦しいかたちで眠らない。目にした人が、むしろ、微笑ましく思える ような、寝顔の維持をする。
そして、降りるときは、ぱっと目を回す。
京一はまだ話を続ける。大福モチのつくり方だった。
最後に乗り込んだ列車の車体は短く、一車両しかなかった。
夕暮れの海沿いを走る。車両には、ふたりと同じ制服の生徒も乗っていた。
電車がある駅ホームへ流れ込むと、七見は目を覚まし「じゃ、ここで」と告げた、
「うん」と、京一はうなずいた。それから「にしても、いつか大福モチをつくりたいです」といった。
なぜか敬語だった。そこは無視し、七見は応じる。
「つくったことのないものの話をずっとしてたんだね」
「しょせん、机上の空論みたいな生き方しかできないんだ」
それは、なんのための断言なのだろうか。
思ったが、七見は捨て置き、電車を降りる。
中途半端に興味を持ってはいけない。そう心で唱える。
「京一くん」
「七見くん」
「またあした、学校で」
「突然死に気をつけろ。寒い部屋から、いきなり熱いお湯に入るなよ」
「いま春だよ」
そのやり取りの末端で、列車の扉が閉まる。
ホームから七見が京一を見ると、光るバトンを取りだし、眺めていた。
ああ気に入ったんだ、アレ。
七見はこころのなかでつぶやき、改札口へ向かい、願った。
彼、アレを学校に持ってこなきゃいいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます