第30話 通路の扉
とつぜん、無人だったマンション内の通路の扉が開いた。
そして、小学生三年生くらいの小町に同じように黒い髪を後ろでしばった女の子が飛び出してきて、サッカーボールを蹴った。それは通路の壁にあたり、七見と水巻の合間をすりぬけて、京一の頭部へ直撃する。
サッカーボールには、仕掛けがしてあった。通常より重いボールだった。よって、直撃を受けた者への首への衝撃は、まっとうなサッカー競技中に受けるボール衝突の ダメージより遥かに大きい。京一は大きく、よろめく。
直後、今度は背後の鋼鉄のドアが急速に開く。
ドアは、よろけた京一の背中へ激突する。
連続で与えられた衝撃で、京一は前のめりになった。
「京一さん」
と、そこへ小町が近づく。
が、京一は片膝をつきかけ、持ちこたえた。倒れない。
小町は近づくのを途中でやめた。
京一は屈みかけた状態から、すっと、背を伸ばす。
そしていった。
「いたい」
と、一言だった。
それは一瞬の出来後だった。七見と、水巻もまだ反応できていない。
サッカーボールの頭部直のときも、鋼鉄のドアの激突のときも、すさまじい音がした。大怪我をしてもおかしくない。
しかし、京一は倒れない。鳳凰眼の光は強くともしたままだった。
京一は前のめりになったまま、サッカーボールを蹴った少女へ双眼を向けた。
少女は、びく、っとなり、硬直した。絶命のイメージが、脳内をよぎったかのように。
そして、少女へ京一は告げる。
「オレじゃなきゃ、一点とられていたぞ」
その場にいた全員が、黙った。ゴールキーパーの立場の気分で言っていたとしても、おかしい発言だった。
それから、京一はいきなり開いたドアの相手を見る。二十歳ほどの女性だった。小町と同様、黒い長い髪を後ろでまとめてある。
京一は扉を開けた女性へ告げる。
「扉が開き、オレの瞳孔も開くところでした」
何の報告なのだろうか。
あるいは、感想なのか。
女性が壮烈に戸惑っていると、二十メートル先の通路の向こうのエレベーターが動き出した。同階でとまって、自動で扉が左右に開く。
直後、エレベーターの中から、黒い体毛のシャープな身体つきの大型犬が飛び出てきた。
そして、犬は京一へ飛び掛かる。
瞬間、京一は空中にいた犬の胴体を両手で掴む。鼻先寸前には、牙をむき出しにして開けた犬の顔があった。
「よしよし」
と、京一は犬へ淡々とした声で宥めを入れ、掴んだ犬を床へ置く。
床に四肢で立たされた犬はすぐに京一の右の靴へかみついた。
それを見下ろしつつ京一は「靴は食料ではないぞ、犬」と、犬へ告げた。続けて、さらにいった。「いいか、犬、エレベーター犬の、エレケン」
エレケン。
勝手に命名を果たす。
そして続ける。
「いま、おれの靴から口を離せば一回だけ許そう、ワンチャンスだ、ワン」と、そう告げた。
犬は京一の鳳凰のような目で見降ろされると、靴を噛むのをやめ引きさがった。
それから京一は「ここはペットを、飼っていいマンションである」と言い放つ。
誰へ向けて言い放ったのかは、得体の知れない発言だった。
水巻はその発言を無視し「というか、エレベーターが動いている」と、いって、指をさした。
すると、京一はいった。
「いいや、いま機械を信じるのは危険だ」
水巻は「だからといって、あなたを信じるのは、より危険だ」といった。「わたしには全滅の足音がきこえる」
「オレには、その全滅の足音がタップダンスのように、聞こえるのさ」
「耳鼻咽喉科へ行け」
水巻の指示を入れる。
すると、京一が通路の果てへ視線を向けた。
「向こう側にも別の非常階段がある。あれであがろう。いままさに、非常事態だし」
そこへ水巻が「もろもろ非常な君がそういうと、説得力がパニックだわ」と、コメントをよせた。
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