第38話 他人の支配下

 その日は最後まで、七見に対して、京一からの連絡はなかった。

 京一の使っているスマートフォンの調子があやしいとは聞いていたし、連絡がないのは、それが理由かとも考えた。考えながら、配達のアルバイトに務めた。

 夜の町を自転車で走り、荷物を届ける。

いつもの時間帯にアルバイト終了の区切りをつけて、いつものコンビニエンスストアへ向かおうとした。

 国道沿いの歩道で自転車をとめた。仕切りなく行き交う車のヘッドラインが、七見を常に照らしては、去り、照らしては去る。その行きて遠ざかる光を浴びながら、七見はスマートフォンを確認した。京一からの連絡は入っていなかった。

 画面をみつめる。たった数秒待ったところで、やはり連絡は入ることはなかった。

 七見は静かに息を吸って吐いた。そのままスマートフォンを操作する。いつもなら、この時間帯で、今日の配達は切り上げる。自分の好きな時間帯に稼げるアルバイトだった。だが、七見は、スマートフォンを操作して、新しい配達依頼を受け付けた。

 時刻は午後八時を回ろうとしている。

 その夜、七見はそのまま次々に新しい配達依頼を受けつけて、運んだ。九時になり、十時に近づく。

 かまわず、依頼を受け付ける。自転車で店へ向かい、料理を受け取ると、配達する。

 機械のように、迷いなく新しい依頼を受け付ける。

 夜を走り続けた。食事もせず、水も飲まなかった。ひたすら走る。

 明日も朝から学校だった。ひとりだったので、誰もとめる者はいなかった。依頼を受け付けては走る。ひとつ届けるごとに、その日の得るアルバイト代が増える。スマートフォンの画面の数値があがっていった。これまでの一晩の最高値が画面へ表示される、走った結果が反映される。

 夜は深まっていった。いつもなら、家に帰っている時間だった。七見はかまわず、さらに走った。あずかり、走り、届ける。画面の数値があがる。走れば、走るほど、結果に反映される。ひとつ走り終わると、すぐに次の依頼を受け付ける。

 夜に走り出す。ありったけのスピードを出す。会ったこともない、誰かへ、何かを届けるために走る。

 疲労感が全身を包む頃には、考え方がシンプルな方へと落ちていた。今夜、途方もない数値まであげてしまおう。ただ、それだけだった。それだけで頭の中を埋めようとした。車道と歩道の間を走る。後から車のヘッドライトに背中を照らされ、瞬く間に追い抜かれてゆく。何台も何台も抜かれてゆく。それでも、車は信号で止まる。追いつき、同じラインに立つ。車両は、渋滞にぶつかり、その横を自転車で追い抜く。

 そのとき、スマートフォンが鳴った。こぐのをやめ、その場で確認する。午後十時になる知らせだった。

 未成年は、十時までしかアルバイトは出来ないため、登録している配達のアルバイト先のアプリによる、受注の強制終了の合図だった。

 七見は道の真ん中で、立ち止まり、夜の中に光って浮かぶ画面をみつめる。

 呼吸はひどく乱れていた。汗が流れ続けてとまらない。

 時間切れだった。完全に持ち時間を失った。もう依頼は来ることは無い。ひどく息が切れて、疲労に包まれていても、まだ走れる身体はある。だが、もう走ることはできない。

 この、他人の支配下にある時間の中で何もできない。

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