第14話

 京一が校舎へ戻ると、生徒玄関で立っていた七見が問かけた。

「どうだった、ストーカー」

「車には、ふたりのっていた」京一はまっすぐに七見の目を見て告げた。「見るからに、何か屈折した人生を歩んだ感じのふたりだった」

 すると、七見の横にいた水巻が「コワイね」とつぶやく。「そうはりたくないね。そういうニンゲンにだけはなりたくないね」

 水巻は感想と願望を生徒玄関にこぼす。さらに、くわばら、くわばら、と唱えた。

「で、それからどうなったの」そこへ七見があらためて問う。

「ああ」京一はうなずき、それから「ストーカーを倒そうとし、ストーカーが電柱を倒した」と、報告する。

 粛々と、微塵の動揺もなく。

「うん、見てた」七見は答えて続けた。「だからだろうね。学校がいま、停電だよ」

「戦いの被害が、ここにも」京一が憂いある様子でいう。「だが、安心しろ」

 いって、京一は学生服の内ポケットから、それを取りだす。バトンは今日も光っていた。

「光なら、ここにある」

「そうだね、光ってるね」七見は一度受け止めて「わかった、なら、その光だけで、この学校すべての教室を照らす方法を編み出せたら、そのときあらためて情報を連携してくれ。だから、方法がみつかるまで、しまっておこうよ。それを構えるいまの君の姿は、生徒玄関に現れた、アイドルライヴ出発前の人みたいな風体になりつつある」

 三人が話していると「あの」と、声をかける女子生徒がいた。

 一同が視線を向ける。

 可憐だった。色白で、儚げな眼をした少女がたっている。長い髪を後ろで綺麗に束ねてあり、そのうねりと光沢は見事で、その見事な髪自体が何か願いを込めた供物を連想させる。背は七見ほどで、同年代の女子生徒の平均にしては高い方だった。

彼女は三人の着ている黒い学生服とは違い、群青色の制服だった。深みのある空の青さみたいな色だった。

制服の違いでよけいに目立つ。しかし、けっきょく、その外見だけでも、充分に目立ち、際立っている。性別を問わず、他者の眸を奪う様子を有していた。

「ありがとうございます」

 と、少女は深く頭をさげる。鈴の音のような声だった。その声が、彼女の儚げな眼に、より儚さを追加させてゆく。

 儚さへ、儚さを重ねた存在感を放つ。

 この人は守らねば、保護せねば。

 少女を目にした者の心の、その感情を誘発させる、駆り立てさせるものがある。もはや、それは、避けがたい攻撃にも似た儚さだった。

 その儚さを満載した少女が三人へ近づく。

 少女は色の薄く、しかし、間近で見ると、ふんわりとした小さな唇をわずかに開き、いった。

「ごめんあさい、まだお友だちでもないのに、あんなことを頼んでしまって」

 鈴の音のような声で、謝る。

 七見は「小町さん」と、彼女の名を呼んだ。

「七見さん」と少女は呼び返す。憂いを燈す表情を添えていた。「あなたたちに、お願いすれば、安心だって教えていだだいて。あの、同じクラスの方から、何人かがそうおっしゃって」

「転校初日から大変だよね」七見が肩をすくめながらいった。「わざわざストーカーから逃げるために、引っ越して転校したのに、初日から学校まで来るなんて」

 小町はうつむいてから「はい」といった。「でも、貴方たちならって、クラスの優しい方たちが」

「ぼくたちというより」七見は京一へ視線を向けた。「彼、単独の生命活動の話しだよ。京一くんに頼めば動いてくれる、なぜか全生命力で。しかも無料だし」

「ええ、聞きました」

「で、信じたんだね」

「はい」

「そんな怪奇としか思えない情報を転校初日に素直に信じたんだね」

「はい」

 小町は二度の問いかけのどちらも、きれいにうなずいてみせる。

「すごいな」と、七見は、ぼそ、っとつぶやく。

 すると、小町は小さな声で「七見さん」と、彼だけに聞こえる声で呼びかけ、気をひいた。「あなたにぜひ、お礼がしたいのです」

「お礼」

七見が見返すと、小町は微笑んだ。

その横で水巻が、じいい、っとやり取りを観察している。隠し見るという気配はなく、露骨ままでに、じいい、っと見ていた。

「もし、お時間あれば、今日の放課後にでも、お茶をご馳走いたします」

 小町の微笑みは継続され、提案される。七見は「実行犯は京一くんの方ですよ」と、教えた。

 しかし、小町は柔らかく微笑んで返すだけだった、あとは何も言わない。それで、 けっきょく、七見はつい、そのままその微笑み見返してしまう。

 彼女は可憐だった。しかも、ふしぎと照れもなくずっと見返していられる。出会ったばかりの相手と目をずっと合わせているのに、こちらに罪悪すら感じない。

 ああ、とらわれているぞ。と、七見が思った矢先、ふいに服の袖をひっぱられた。視線を向けると、水巻が片方で七見の服の袖をひっぱり、もう片方で指さす。

 廊下の向こうで、京一が学校を代表する屈強な教師たち三人に囲われて、連れられてゆく姿があった。

 おそらく、学校前の道路で車が電柱を倒した件の関係者として、事情聴取でもされるのだろう。現場にいるところを見られていたに違いない。

 だが、連行される京一は堂々としている。あいまわらず、眸に敗北めいた霞もない。そして、手にはあの光るバトンを堂々と手にしている。

 少しの間、観察した後で、七見は「すごいな」といった。

 すると、小町がそんな七見の顔をのぞきこんできた。

 そして、彼女は微笑み「お礼先が消滅したので、やはり、七見さんで」と、あらためて指名した。

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