とんこつTRINITY SEAFOOD!!! -轟け、セイレーンの凱歌!-
椒央スミカ
海軍特務部隊・セイレーン
反乱
第001話 降ってきた少女
姉妹世界「日本」を脅かしき魔物、
──まだ日差しが鋭い、初秋の港町。
玉砂利交じりのコンクリートで舗装された、長い直線の船着き場。
それに沿って、鮮魚、乾物、交易品を扱う店舗がびっしりと並ぶ。
一帯には、近所から、遠方から、多くの買い物客が訪れている。
その喧騒に紛れて、石畳を擦る鈍い音が鳴り続ける──。
──ガラガラガラガラッ!
商業エリアの背後に広がる、なだらかな斜面地の住宅街。
石畳敷きの緩い坂道を、買い物用のカートが、日用品を山積みにしたまま、主もなく下っている。
徐々に加速するカートは、坂道の中央を、我が物顔で一直線に走る。
坂道の先には、二階建て家屋ほどの高低差の、コンクリート製の階段。
その最下段に、幼い娘の手を引いた母親が、足をかけようとしていた──。
「ああああ~っ! 待ってえええぇ! 止まってええぇええぇ!」
人語を解するはずもない無機物へ必死に懇願しながら、後を追うカートの持ち主。
年のころ十五歳前後の、まだ丸みを帯びた輪郭の少女。
厚手の白い長袖シャツに、サスペンダーを着けた
橙色の大きく丸い瞳は、坂道でカートを手放すという失態に涙ぐんでいる。
ワインレッドの長いツインテールは、全力疾走を受けて真後ろに泳ぐ。
先行くカートの取っ手を掴もうと懸命に伸ばす右腕は、空しく空を切る──。
「だれかそれ止めて~! みんなそれよけて~!」
パニック状態の少女が叫ぶ、相反する要求。
周囲の人々は皆、回避の選択を取る。
次第に勢いを増し、走行を暴走へと変えるカート。
日用品を前後左右へ振り落としつつも、籠の底を陣取る二〇キログラム入りの小麦粉の麻袋が重心となって、カートは倒れない。
カートは勢いよく階段へと飛び出し、金属音をがなり立てながらバウンド。
階段を上り始めていた母子目がけ、降って落ちる。
必死の金切り声を上げる、カートの主。
「キャアアァアアーッ! 逃げてええぇええーっ!」
その声と、カートが落下する異音に反応し、体が固まる母親。
しかし幼き娘は、足元から目を離さず、険しく高い段差を一歩上がる────。
────ガッ!
母子とカートの間にすばやく割って入る、一つの人影。
内容物でパンパンに膨らんだ登山用リュックを盾にカートを受け止める、精悍な顔つきの少女────。
ラネット・ジョスター。
内陸の陸軍の城塞、ナルザーク城塞に陸軍研究團・異能「声」として勤める傍ら、城下町で異国の料理「とんこつラーメン」の店を営む十八歳。
輝く金髪のセミロング、青年然とした凛々しい顔つき、七分袖の麻製ジャケット、膝下丈の麻製パンツに登山用のシューズと、軽装に身を包んでいる。
肩越しに母子の無事を確認したラネットは、避難を進言──。
「……お母さん、早くここからっ!」
「は……はいっ!」
母親がわが子を胸に抱きかかえ、ラネットの背後を右から左へ一直線に退避。
それを確認してラネットは、カートを階段下までガタガタと引き下ろす。
「……ふぅ。ギリ間に合った」
ラネットの安堵も束の間。
カートを追ってきた少女が、勢いあまって階段の最上段から、前のめりに転倒し始めている。
革製ショートブーツの先端だけで地面を捉えている少女の上半身が、宙を泳ぐ。
「キャアアァアアアーッ! 落ちるううぅううっ!」
とっさにリュックを階段の下へ放り投げ、ラネットは駆け上がる。
つま先を軸として、前転のように顔から階段へ倒れ込む少女。
ラネットは少女の背にある、スカートのサスペンダーを両手で掴んで引っ張り上げ、顔面の階段への衝突を回避。
ラネットに背を向けて、上下逆さまになった少女の体。
その腹部に腕を回し、ぎゅっと抱き締めるラネット。
少女を受け止めた衝撃で背後へ転倒しそうになったラネットは、勢いよく階段を蹴って、少女ごとその身を宙に投げる。
「できるだけ頭上げてっ!」
「キャアアァアアァーッ!?」
再び叫ぶ少女。
背を下にして、落下していくラネット。
二人の目に、同じ青い空が映る────。
──ドスッ!
ラネットが肩から落ちたのは、登山用リュックの上。
すぐにヒップが地面へ叩きつけられるも、足の裏で地面を叩く即興の受け身で衝撃を分散し、ダメージを最小限に抑える。
少女は喉と肺をひくつかせながら、恐怖でふにゃふにゃに歪んでいた口から、安堵の息を漏らした。
「はうああぅあううぅ~……」
少女への衝撃は、ラネットがほぼ吸収していたためダメージはない。
それでも落下の際に脳が揺さぶられたため、目の焦点が失われている。
上下逆さまの少女の頭部は、地面からわずかなところで止まり、垂れたツインテールが麺料理のように地面に広がっている。
少女の両膝はラネットの肩を挟んでおり、スカートは胸元まで盛大にまくれ、ラネットの眼前には、白と青のストライプ柄のショーツが露呈している。
ショーツの向こうから、呆けた顔の少女がラネットを見つめ、礼を述べ始める。
「あ、ありがとう……ございます……」
「……どういたしまして。きみの背があと一〇センチ高かったら、危なかったかも。あはははっ」
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