工廠地帯攻略戦

進撃

第057話 復讐

 ──先陣を切る機動部隊のオートバイ三台。

 それぞれ一本の通りに分かれて、目的地たるガスカ社のビルを目指す。

 その進路にはいずれも、土嚢を積んだ防衛線。

 三台は即座にオートバイを反転させ、後輪で巻き上げた砂を煙幕としながら、敵兵の銃撃から逃れる。

 機動部隊隊長・ギャンが、クラクションを数回鳴らした────。


 ──パパーッ! パパパーッ! パーッ!


 工廠外の建物にいるトーンがその音を拾い、回数と間隔から情報を回収。

 ラネットへと伝え、それをラネットが大声で伝令。


「機動部隊の進路いずれにも、土嚢を遮蔽とする銃砲隊ありっ! 繰り返すっ! 機動部隊の進路いずれにも、土嚢を遮蔽とする銃砲隊ありっ!」


 クラクションによる信号は音として弱く、聴き間違いも起きやすい。

 しかしその信号を異能「耳」・トーンが完璧に受信し、異能「声」のラネットが大声で確実に伝令。

 戦姫たちならではの戦略。

 そしてすぐに砲隊長・ノアを先頭として、砲隊が進軍。

 三つある通りに三班を配置し、銃撃戦に入る。


「常にしっかりと地を踏みしている我らの砲撃の練度、見せてくれるッ!」


 重量の都合で一台のみ輸送してきた、虎の子の八センチ口径の野砲。

 車輪による移動のち、砲兵たちにより瞬時に土嚢制の砲座が敷かれ、射線を敵が積んだ土嚢の壁へと向ける──。


てーッ!」


 ──ドオォンッ!


 動きの乱れも時間のロスもいっさいない砲撃。

 砲弾は遮蔽用の土嚢に直撃し、爆炎を上げながらそれを四散させた。

 敵陣は熱波交じりの土煙に包まれ、一時的に無力化。


「ハーッハッハッハッ! これでもう午砲隊などと呼ばせぬぞッ! さあ次ッ!」


 ノアは即座に野砲を移動させ、隣の通りの防御壁破壊に着手。

 午砲とは、正午の合図として鳴らされる空砲のこと。

 いま火を噴いた野砲も、普段は午砲の役割を担っている。

 ノアはかつて海軍兵から、「戦姫團の野砲はお飾り、砲隊ではなく午砲隊」と揶揄されたことがあり、その一件以降大の海軍嫌いへ。

 その出来事が当初海軍かぶれと見られていたディーナへの偏見に繋がっていた。

 いわば意趣返しの一撃。

 それが生んだ土煙の向こうでは、顔を土埃まみれにした男性兵たちが歯噛み──。


「くそっ! 砲固定の隙など与えんつもりだったが……なんたる手際っ! みんな、女相手だからと油断すると痛い目に…………ぬっ!?」


 しつこくその場に滞留し続ける、高熱を帯びた濃い土煙。

 その中心に、一際濃い部分が生じる。

 人影────。

 そこへ二筋の剣跡がはしり、道を空けよと土埃を左右へ両断。

 剛腕の双剣が強引に、かつ流麗に、我が道を作った。

 現れる武人は戦姫團團長・フィルル。

 その姿はあたかも島原の乱最後の日、業火をゆっくりと抜けて山田右衛門作の前に立ち塞がった、天下無双の剣豪・宮本武蔵のごとく────。


「フィルル・フォーフルール推参っ……ですわ!」


「なっ……敵将自らっ!? ごふっ……!」


 フィルルは真正面にいた男性兵の顔面を、半月剣を握る拳でそのまま殴打。

 派手に後方へ吹っ飛んだ男性兵は、宙へ鼻血の糸を引きながら落下、気絶。

 同時にフィルルは左手の剣で、左方にいた男性兵の銃身を破断。

 自慢の長い脚で、すかさず腹部へと蹴り。

 内臓を損傷した男性兵は口から血を漏らしながら、壁に叩きつけられて気絶。

 二人同時に斬り掛かってきた男性兵の長剣を、同時に受け、剣圧で弾き飛ばす。

 名乗りから数秒の出来事────。


「おとなしく投降すれば、命は取りません。工廠西側から離脱しなさいな」


「「ひいいいっ!」」


 熱波の中から現れた、鬼神のごとき女剣士。

 徒手空拳となった男性兵二人は、一目散に工廠西側へと逃走──。


「フフッ……。この調子ならば、双方の損耗もわずかで片がつきそうですわね」


「さて、そう簡単に上手くいきますかねぇ? クックックックッ……」


「……はっ!?」


 聞き覚えのある声を受けて、男性兵たちの背中から顔を正面に戻すフィルル。

 そこには見覚えのある、細身で長身の男が立っていた。


「……カイト・ディデュクス。思ったより、お元気そうね」


「まあ、あなたのせいで両眼を失いましたがね。瞳がないのはお互い様でしょうか。クックックッ……」


 挨拶代わりにフィルルの糸目を揶揄するカイト。

 かつてフィルルをたらしこもうとした催眠効果を有する瞳は、両方とも包帯で幾重にも巻かれている。


「ご自慢の剣術、ますます磨きが掛かっているご様子。しかし僕としては、かわいいあの毒蝶たちの仇を、取らねばならないんですよ……クックックックッ!」


「あなたまさか……見えているのっ!?」


「見えかたは以前と少々異なりますがね。まあいまのほうが、昆虫愛好家の僕にふさわしい見えかた……でしょうか。クックックックッ……ハーッハッハッハッハッ!」


 以前より長めになったカイトの髪の端々で、毛が天に向かって逆立つ。

 そして昆虫の触角のようにうねうねと揺れ始め、周囲の動向を探り出す────。


「……触角、ですか」


「眼球のレンズ部は壊れましたが、異眼の力は眼底部にそのまま残っていましてね。それが出口を求めて、体毛から発現したんですよ。獄中でそれに気づいたときは、あなたに軽く感謝したほどです。クククク……」


 包帯越しに両眼を右手でさすって見せるカイト。

 フィルルの動きが双剣を下げたまま止まり、二人は真正面から対峙する格好。


(わたくしの剣技を知った上でなお、再戦してくる……。すなわち彼には勝算が……ある! うかつに動けませんわね……)


 触角という新たな目を手に入れたカイトが、歪んだ笑みを不気味に浮かべる。

 フィルルが試しに、右の半月剣を体の正面に構える。

 カイトの立った髪の幾本かが、刃の動きを追尾────。


(やはり……えていますわっ! そして彼には、虫を操るという能力がまだ……)


「にっししししっ! 戦姫團團長ともあろうお方が、ずいぶんと慎重でしなぁ! 耳には耳を、鼻には鼻を……。そして目には目を、でしぞっ!」


「ハッ!? シーさんっ!?」


 一陣の潮風によって最後の土煙が去った一帯。

 フィルルの背後には、シーがニカッとした笑みを浮かべて立っていた────。

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