第058話 再会

 ──同時刻、工廠地帯西側。

 ナホの機銃掃射によって砕け散ったバリケードから、改国派から労働を強いられていた老若男女の労働者たちが逃げ始める。

 その中には、武装解除の上で投降したクーデター兵も。

 彼ら彼女らを幹線道路上で招くのは、前副團長にして国民的俳優のロミア。


「みんなーっ、こっちヨー! 負傷者のための救護所もあるワっ!」


 その姿、その美貌を見た工員たちは、恐る恐るだった歩幅を大きく広げた。


「おいっ……あれ! 女優のロミア・ブリッツじゃないかっ!?」

「本当だ、ロミアだっ! 元軍人の彼女が……俺たちを助けに来てくれたのか!?」

「きゃーっ、ロミア様ーっ! 戦姫團時代からのファンでしたーっ!」


 逃走中の工員たちが、ロミアを見て半ば暴徒化。

 密集し、一塊となって工廠地帯の外を目指す。

 銃を構えて立ち塞がった男性兵たちが、その人波に飲み込まれる──。


「おまえたち止まれっ! 止まらないと撃つ……ぞ……ぐわあああっ!」

「ええいっ! ロミアが呼んでるなら話は別っ! 俺は改国派抜けるっ!」


 脱出する工員たちに踏み潰される兵。

 元々士気が低く、ロミアを見てあっさり裏切るクーデター兵。

 それらが続出。

 幹線道路へと雪崩れた工員の人波──。

 それらがさらに、主に女性陣を中心に枝分かれする。


「……ああっ! あそこにいるの、漫画家のリム・デックス先生じゃないっ!?」

「本当っ! わたしサイン会でお顔を拝見したわ! 間違いなくリム先生よっ!」

「あたし全作品のセリフ丸暗記してるほどのファンなのよーっ!」

「サインをっ! サインをお願いしまーっす!」


 いまだ巫女服のままで、救護所の案内を手伝っていたリム。

 身バレするや否や、ロミアと同じほどのファンに囲まれてしまう。


「えっ!? えっ!?」


 異なるのは、ロミアのファンは男女比率が9:1。

 一方のリムのファンの男女比率は1:9。

 この状況での人のさばきかたを心得ているロミアとは違い、リムはただただ、群衆に圧殺されそうになた。


「あっ……あのっ! けがをしている人は、そちらの救護所へっ! それから医療の資格、経験をお持ちの方がいましたら、救護への従事にご協力願いますっ!」


 現状における適切な指示を喚いたリム。

 しかし戦時下における混乱と、そこへ現れた国民的スターと漫画家に周囲の熱狂は収まらない。

 リムはこれまでの経験で得た判断力を元に、機転を利かせてもう一声────。


「あ……あのっ! この先に小学校がありますので、健康な方はそちらへ避難をっ! ご希望の方にはクーデター阻止後に、わたしとロミアさんのサイン会を開きますのでーっ! わたしのサインは希望のキャラ付き、ロミアさんは握手付きですっ!」


 ──わっ!


 その宣言により、工員の群れが一気にリムとロミアから離れる。

 そしてわれ先にと、先ほどまで仮の陣地が敷かれていた小学校を目指す。

 群衆から解放されたリムが、安堵の息を吹いた。


「ふーっ……びっくりしました。あの……ロミアさん、勝手に握手付きサイン会だなんて言って、すみませんでした」


「ううん、あのパニックを抑える最善の選択だったワ。さすが二次試験までわたしたちを騙した不正受験者……ネ。ンフフフッ♪」


「で、できればその件はもう、忘れていただけたら……と。アハハハ……」


 ──カラン、カラン。


 等間隔の響きで二人へと近づいてくる、低い位置からの軽快な音。

 固い木材と、コンクリート舗装がぶつかり合う、独特の足音。

 その響きの足音を持つ者は、この世界に一人……否、一体。

 一本歯の高下駄で淀みなく歩み、リムの衣服を身に纏っている六日見狐。

 その姿を見て、リムが一目散に駆け出す────。


「……見狐さんっ!」


「にょほほほっ! さすがの人気よのう、リム」


「ああっ……無事なようですねっ! よかったです……本当に……ぐすっ」


「これでも妖狐ぞ。戦争も、お主らとの一戦を加えれば二度経験しておる。ここの囲みを破るくらい朝飯前の夜食後じゃぞい。お主こそ、家でおとなしく待っておれんかったのかのぉ?」


「わ……わたしだって、蟲との戦いやお師匠様の世界の戦いで、ちょっとは役に立ってますからっ! それにしても……その下駄で連れ去られていたんですね?」


「ふむ。靴は性に合わなくてのう。お主こそ、巫女装束にローファーとはめちゃくちゃぞ。にょほほほっ!」


「アハハハ……。こちらの世界には、巫女装束はこの一着だけですから。着こなしかたがわからなくって……」


 服装と靴がちぐはぐな二人。

 互いに珍妙な格好を見合って、再会の喜びを隠した照れ笑い。

 二人のわきへロミアが寄り、話に加わる。


「久しぶりネ、見狐ちゃん」


「うむ。ロミアはますます、美しさに磨きが掛かっておるのう。やはりフランソワーズは、愛里ではなくお主じゃわい」


「えっ……? フラン……?」


「にょほほっ! なんでもないぞい!」


「このやりとり、以前もしたような……」


「それはさておきじゃ……こほん。その、二人とも……」


 突如、あらたまった表情と声色になる六日見狐。

 二人を交互に見ながら、ほんのわずかに頬を赤くして問い掛け──。


「工廠を抜けた者たちの中に、白髪で白肌の男を見掛けなかったかの? あ……奴は肌が弱かったゆえ、全身をなにかで覆っていたかもしれぬが」


「「男……?」」


「それから背が高く、細身で……瞳は赤じゃ。病気持ちゆえ、救護所におるやもしれんのじゃが……ふむ」


 ちらちらと二人を交互に見ていた六日見狐の瞳が、上下へと泳ぎだす。

 それを見てロミア、察する──。


「もしかしてそれってぇ、見狐ちゃんのいい人……かしらねネ? ンフフフッ♪」


「そ、そういうわけではないのじゃが……な。まあ、儂の目にかなう美男ではあったかのう……こほん」


「ンフフッ。残念ながら、そういう男性は見掛けなかったわね。リムちゃんはどう? さっきまで救護所内にいたでしょ?」


 ロミアがウインクをしながら、リムへとバトンタッチ。

 そのウインクには「からかいの継続」が含まれている。


「え、ええっと……。怪我人はエルゼルさんお一人でしたから、その男性はわたしも見ていませんね……はい。それにしても、白髪で細身で病弱ですか……。連れ去られる前に言ってた人気キャラの条件、もしかして見狐さんの趣味だったんですかぁ? うふふふっ♪」


「ふ……二人してからかうでないっ! それよりリム、早う服を交換せいっ! 巫女装束でないと、どうも重心が取りにくいぞいっ」


「あ、はい。わたしもこの衣装は重くて、実のところ早く着替えたいです……アハ」


「地面で擦ったりしてはおらんじゃろうな…………むっ!?」


 ──ピンッ!


 六日見狐の尾、そして両耳が瞬時に垂直に立った。

 強い妖力を検知────。


「百々目鬼が儂を呼んでおるっ! やはりもう一度……工廠内へと行かねばのっ!」


 六日見狐、そしてリムの足元からつむじ風が巻き起こり、二人の衣装が風に舞う。

 高々と跳躍した六日見狐は、空中で巫女装束を身に纏う。

 一方のリムは下着姿。

 自身の衣装は、ふわふわと宙を舞っている。


「えっ、えええーっ!? なにするんですか見狐さんっ!」


「儂をからかった罰じゃ! 急いでおるゆえ、着替えはセルフで頼むぞいっ!」


 ──カカッ!


 高下駄で着地した六日見狐は、今度は自身の意思で工廠内へと向かう────。


(百々目鬼が救援を要請するほどの相手…………あのとき感じた異眼の気配かっ! それにまだあやつも工廠内にいる様子……。まとめて助けてやるかの……んんっ? 百々目鬼からの連絡……まだ続きがっ!?)


 追加の救難信号を察知して、六日見狐が足を止め、大声を上げた────。


「すまんっ! この場に、シノ・イマウンドという者はおらぬかーっ!?」


 

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