第059話 蟲型有人機動兵器

 ──工廠地帯中心部、ガスカ社ビル。

 その背後には、双胴空母・シーガルダインが進水を待つドック。

 正面と左右の三方に、自社の倉庫兼事務所を有する。

 四階の支社長室から、支社長のワーラー・ガスカッチャがドックを見下ろす。


「……騒がしくなってきましたね。進水の準備も整ったようですし、そろそろふねへと移りましょうか。海軍大臣」


 隣で同じくドックを見下ろしていた、海軍大臣のザッパ・ラルス。

 平和を停滞と断じるその男が、無表情でワーラーへと向いた。


「……大丈夫ですか?」


「ドックへはここの地階から、直接行けますわ。大臣が戦闘に巻き込まれる心配はありません。例の機動兵器も、三方へ配備しておりますから」


「それは承知しています。わたしが言いたいのは、あなたの姪子のことです。来るのでしょう、ここへ?」


「ふふっ。破壊と再生スクラップ&ビルドを信条とする大臣のお言葉とは、およそ思えない気配りですね?」


「あなたの姪子への残心が、計画へひずみを生まぬか確認しているまでです」


「さすが、その若さで大臣職へと上り詰めた抜け目のなさですね。そうね。正直あの子……ミオンは、かわいい姪っ子。アタシの生まれながらの、心身の性別の差……。それを色目で見なかったのは、あの子とその父親……兄だけですもの」


 がっちりとした体躯に角ばった顔のワーラーが、赤い口紅に染まった唇から葉巻を離す。

 心は女性でありながらも、生まれながらに恰幅のいい男性の体を持ったワーラー。

 丸刈りの頭髪は、女性らしいおしゃれを諦めたゆえの悟りの表明。

 日本で言うところの、尼僧にも似た風体。

 生みの親でさえもその生き方を否定する中、ワーラーをかばい続けた実兄。

 その忘れ形見で、「叔父さん」とは呼びながらも笑顔で接してくる姪・ミオン。

 白い目を向けてくる世間への復讐心が駆り立てた、軍需産業への執着と、此度のクーデター。

 綿密に企てた計画だったが、ただ一人守りたいミオンが海軍特務部隊・セイレーンへと入隊したのが、ワーラーの誤算だった。


「あの子……ミオンは、父親が作った負の遺産、風読計を必ず破壊しに来ます。そしてその風読計はいま、シーガルダインの艦上。あの子と相まみえるならば、それは洋上。いまは考慮に値しません」


「あなたのその、姪子への甘さ。その姪子がいま、戦姫團と合流している事実。それがわたしの不安要素なのですよ」


「……大臣のその、常日頃の戦姫團への高評価の根拠は?」


「蟲の駆逐を成し遂げた前世代の力量も、侮れませんが……。フィルル・フォーフルールを團長とする現世代には、よりいっそうの脅威を覚えるのです。なぜか彼女らには、破壊と再生スクラップ&ビルドの死線を越えてきた気配があります」


 令和日本の長崎市で戦闘を繰り広げた、戦姫團とその関係者たち。

 原子爆弾の投下によって焦土と化し、すべてがゼロへとリセットされたその地の復興を、己の目で履修済みの面々。

 異能にも近い感性をもって海軍大臣の座へと就いたザッパは、戦姫團がこの世界で異彩を放つ存在であることを、強かに嗅ぎ取っていた────。


「われわれが脱獄させ、蟲の飛翔能力を分析させた昆虫学者、カイト。わたしが進水式に祝辞を送った駆逐艦強奪事件。クーデターに取り込むつもりだった陸軍を足止めさせた、イマウンド社の『インナーグラス』開発中止の件……。そのすべてに、フィルルが関与しているのも不気味」


「おやおや。自信家の野心家でいらっしゃる海軍大臣様とは思えぬ弱気を」


「わたしの懸念材料の戦姫團。あなたの泣き所である姪子が所属する海軍特務部隊。その二つが合流していなければ、この違和感もなかったのでしょうが。わたしは抱いた違和感を解消し続けることで、いまの地位を得たのですよ」


「おほほほっ! ではその違和感を解消するよう、切り札を出すとしましょう!」


 ワーラーがデスク上にあるマイクロフォンの受話器を取り、周囲の倉庫で待機している部下たちへと厳命を発する────。


むし型有人機動兵器、全機出撃っ! ドックを三方から守備し、襲撃者を殲滅せしめよっ! それから設計技師のメズ・ウォーエンは、爆撃機の最終メンテナンスのために、シーガルダイン艦内へと移動させよっ!」


 支社長室の天井付近三方に据えられたスピーカーから、ノイズがたっぷりと乗ったガサついた音声で、返答が次々と響く。


『蟲型有人機動兵器一号機・女教皇ハイプリーステス! 出撃しますっ!』

『蟲型有人機動兵器二号機・皇帝エンペラー! 出撃しますっ!』

『蟲型有人機動兵器三号機・教皇ハイエロファント! 出撃しますっ!』


 ガスカ社ビル三方に配された倉庫のシャッターが、ほぼ同じタイミングで開いた。

 そして中からは体高約三メートルの、カマキリを模した金属製有人兵器が現れる。

 搭乗者一人、コックピット内に無数に並ぶ操縦機器で、全身の可動部を細かに駆動可能。

 腹部には自動車の構造が用いられ、四輪のタイヤで移動し、四本の中脚と後脚で進路変更と立ち位置の固定を行う。

 前脚、並びに胸部から上には、一号機から三号機まで独自の武装がある。

 カラーリングは、一号機が緑、二号機が赤、三号機が黄色────。


「ほほほほっ! 爆撃機発艦時の推進力を稼ぐブースター。その構造を研究するための、蟲のデコイでしたが……。いまや立派な陸戦兵器っ! さあ、防衛はわが社の私兵に任せて、われわれは艦上へとまいりましょう」


 ワーラーが葉巻を灰皿へと置き、内開きのドアを引いて海軍大臣の通過を待つ。

 改国派内では序列は等しくとも、民間人と政治家との身分差はわきまえている。

 ザッパはドアをくぐりながら思案────。


(防衛……か。わたしは常に、破壊と再生スクラップ&ビルドの破壊者でなければならん。受け身の姿勢が強いこのは、早めに切らねばならんな)


 ──バタン。


 支社長室のドアが閉じられる。

 無人となった室内では、主を失った葉巻が紫煙を垂直に上らせ続けた────。

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