異眼対決

第060話 異眼対決

 ──工廠内の、幅三メートルほどの建物間の未舗装路。

 そこに並ぶフィルルとシー、そして対峙するカイト。

 カイトは二対一の状況にも臆せず、新たに現れたシーへと鼻の頭を向ける。


「……おやおや。どうやら僕と、似た異眼をお持ちの様子。それも……気配は三つ」


「新聞に載っていた、脱獄の昆虫学者……でしか。異眼を触角へと変えたのもさることながら、あちしの三つ目に驚かないのは、そら恐ろしいでしなぁ」


「昆虫学者の僕が、たかだか三つ目に驚くようでは話になりませんが?」


「なるほど……でしでし。さすが、複眼が当たり前の昆虫……その専門家でしなぁ」


 ──複眼。

 主に昆虫が有する、小さな眼球の集合体による目。

 昆虫学者のカイトには、ごくごく当たり前の構造。

 博学にして「蟲」の研究に長く携わるシーにも、さして珍しくない生態。

 それを察し合っている二人のうち、先に口を開いたのはカイト。


「……とはいえあなたの第三の目は、寄生生物によるものの様子。寄生生物を完全にコントロールできている例は、昆虫界では稀。研究対象として、大いに興味ありますよ。クックックックッ……」


 カイトの言葉を受け、緊迫していたシーの表情が不敵に緩む。

 そしていつもの、白い歯をかち合わせたニカッとした笑いを浮かべた。


「……なるほどなるほど。あちしと同じ異眼ではあるものの、かなりの節穴のようでしなぁ。にっしっしっしっ!」


「……なんですと?」


「百々目鬼ちんが……あちしに寄生? たとえに複眼が一億一兆あっても、きっと心はただの一つも読み解けんでしなっ! そして……共生も知らぬとは、昆虫学者としてもド三流でしっ!」


 シーの口から出るには珍しい、「おまえ」という非礼な呼称。

 世界の壁を越えた、日本妖怪との一体化、共生────。

 いまや、愛里&アリスにも負けない異世界コンビ。

 シーにとってはもはや自分の一部である百々目鬼を、寄生生物と称した無礼。

 普段は人を食った態度のシーがいま見せる、心の底からの怒り────。


「おまえの異眼の力は、眼底が源でしなっ! 速攻で破壊させていただくでしっ!」


 シーが左腕を正面へと伸ばし、掌をカイトの顔面へと向ける。

 かつてのフィルルとカイトの戦いは、毒蝶の鱗粉でカイトの眼球のレンズを破壊することで決着した。

 それでもしぶとく異眼の能力を保ったカイトへ対し、シーと百々目鬼のコンビは、眼球そのものの破壊を判断。


の怒りを……永遠の漆黒で噛みしめるでしっ!」


 厚いグラスの眼鏡の奥で吊り上がる、シーの怒りの目つき。

 それをそっくり反映した、シーの左手に宿る単眼の百々目鬼。

 いま百々目鬼が、カイトの両眼を念動力で粉砕するべく、二度瞬きを行った────。


 ──バシッ!

 ──バシッ!


「「「……………………」」」


 怒りをぶつけたシー。

 それを受けたカイト。

 傍観していたフィルル。

 三者三様にして三者共通の沈黙。

 それを最初に破ったのは、シー。


「ま、まさか……。防いだ…………でしか?」


 右足を半歩引いて、いまの念動力放出の反動を堪えたシー。

 対して、たじろぎもせず口を歪ませて笑むカイト。


「……ほほう。眼力によるダイレクトな物的干渉、ですか。いやはや、その遠距離から行えるとは、さすがに驚きました。先ほどの発言を詫び、撤回しましょう。は、実にすばらしき共生関係! ですが僕にも、近い能力がありましてねぇ……クックックックッ!」


「なんでしとっ!?」


「僕の異眼は、そこのフィルルさんに表層を破壊されましてね。力が体内に発現……体毛を触角化するという奇跡を起こしたのです。ですが奇跡は、それだけに留まりませんでした」


「もしや……。己の体内限定で、あちしたちと同じ念動力が働く……と?」


「クククッ……さすが察しがいい! 僕の体内では、視線を失った異眼の力が絶えず滞留していましてねぇ……。が僕の眼球、脳、心臓を念動力で破壊しようとしても、それを瞬時に察知し、ピンポイントでガードできるんですよ! クックックッ……!」


 触角と化した髪の毛を、潮風の流れに逆らわせながら揺らがせるカイト。

 さすがにシーと百々目鬼のコンビも、相手がつわものであると認めざるを得ない。

 その状況へ追い打ちを掛けるように、カイトの遥か背後にある倉庫のシャッターが上がり、黄色に塗装された蟲型有人機動兵器が姿を現す────。


 ──ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


「むっ……蟲を模した兵器、でしかっ!?」


「……おやおや。想定より早い起動ですねぇ。ですがまあ、僕発案の蟲型兵器が、戦姫團團長のフィルルさんを肉片に変える様をられるのは、幸いですねぇ……ククククッ!」


「……團長殿っ! 状況が状況でしっ! この通りは迂回して、皆を指揮するでしっ! この男は、あちしに任せるでしっ!」


 いつにないシーの強い口調。

 年齢不詳の小柄な人物ではあるが、ナルザーク城塞にはフィルルよりずっと長く詰めている軍人の一人。

 その指示を受け、フィルルがわずかに翻る。


「一人で大丈夫……ですの?」


「いま百々目鬼ちんが、応援を一人呼びましたゆえ大丈夫でしよ。あっと、一人ではなく一体……でしな」


「一体…………なるほど、あの狐女を。そちらのほうが息が合いそうですし、わたくしはあの蟲型兵器攻略の、指揮を執らせていただきますっ! あの男は毒蝶を操りますゆえ、ご注意くださいなっ!」


 踵を返したフィルルが、対カイト戦から離脱。

 フィルルへの遺恨を抱くカイト、それを追わず────。


「……團長を追わないでしか?」


「あの蟲型機動兵器は、僕の手駒ですからねぇ。そちらで仕留めてもらっても、一向に構いませんよ。ところであなたたちは、応援を呼んだそうですが……。僕もそうさせていただきますかねぇ。クククッ」


 ──ピイイィイイィッ!


 カイトが指笛を長めに吹く。

 それに誘われて、右手の建物二階の窓から、黄色い翅を持つ昆虫が数匹飛来。

 翅の長さ二〇センチほどのその昆虫は、通路の両脇の建物の壁に、翅を広げてペタリと張りつく。


「蝶……いや、あのフォルムは蛾でしか」


「ええ。サンの仲間にチャドクガの毒性を帯びさせた亜種ですよ。フィルルさんの糸目を潰すために用意したのですが、あなたたちに使うほうが面白そうだっ! ハーッハッハッハッハッ──!」

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