機蟲

第063話 女教皇 -HIGH PRIESTESS-

 ──工廠地帯西部の岸壁通り。

 艦船が係留する岸壁を左手に見る、玉砂利が敷き詰められた舗装路。

 オートバイで編成された戦姫團・機動部隊と、緑色の塗装を施された蟲型有人機動兵器一号機・女教皇ハイプリーステスが対峙。

 カマキリの胸部に相当する部位へコックピットを備えた、下半身は戦闘車両、上半身は爆撃機発艦用の実験機材という、奇抜な人造の蟲。

 通気用の金網越しに顔を覗かせる搭乗者が、荒ぶる金切り声を上げた。


「キイイィイイッ! そこにいるのは情報収集だけが取り柄の小賢しいザコ、イッカ・ゾーザリー! あなたが合格してわたしがいまこの境遇なの……納得できるもんかっ!」


「……は?」


 コックピットの拡声器を通じて放たれた、イッカのフルネーム。

 機動部隊の一員としてオートバイに跨っているイッカは、突如自分の名前を呼ばれたことに、困惑の声を上げた。


「あなた……どちらさま?」


 目の細かい金網の向こうにある顔は、紫がかったウェービーヘアーを背もたれの左右に垂らし、額と生え際をきれいに見せた、勝ち気な表情の少女。

 興奮による荒い息を、拡声器を通してフーフーと外部に漏らす。


「……おまえと同年の入團試験を受け、しょうもないケチで失格させられたヴァン・デレスだっ!」


「ヴァン……デレス…………ああ。悪臭の香水で筆記試験の妨害をした、あの小悪党……ね」


 ヴァン・デレス。

 情報の扱いに長けたイッカがかろうじて記憶していた、その名前。

 極度の不快臭を放つ特性の香水にて、予備試験、一次試験の受験者ライバルの思考、もしくは体調を乱した、成金の家の出の少女。

 己の実力が合格ラインに達していないときっちり自覚し、ほかの受験者の妨害に全振りしたこすっからい受験者。

 一次試験の最中にステラからの告発を受け、失格、不合格とされた────。


「あのあとわたしは、海軍特務部隊・セイレーンの入隊試験も受けたが、そちらでも落ち……。しかしその不屈の闘志をガスカ社に買われて、いまここにいるっ!」


「……はいはい。要するに、八つ当たりで戦姫團とセイレーンに歯向かってるわけね。そんな無様な人生送れるなんて、ある意味尊敬に値するわ。ふぅ」


 イッカは瞳を伏せて顔を左右に振り、やれやれといった様相。

 その右手でオートバイに跨るシャガーノが、遅れてヴァンを記憶から掘り起こす。


「ああっ……思い出した! 図書室で本を独り占めしていた、あの性悪女っ!」


「……はぁ? そういうおまえは誰だ?」


「わ、わたしこそは、シャガーノ・モーヴル! あの厳しい入團試験を正々堂々勝ち上がった、戦姫團期待の新人っ!」


 隣のイッカが小声で「最下位通過だけれど」と、ぼそり。

 一方のヴァンは、シャガーノの名乗りを受けて、律儀に存在を思い出そうとする。


「シャガーノ……シャガーノ……うぅん……記憶にない。主だった受験者と上官の名前は、抹殺リストに記し、そらんじているのに……」


「ハッ! そんな根暗なことやってたの? 失格に恥の上塗り……無様ねぇ!」


「うるさいっ! 抹殺リスト入りしてないモブに用はないっ! モブはモブらしく、隅っこに突っ立ってろ!」


「フンッ! わたしがモブなら、そっちはせいぜい立ち見客でしょ? この戦いが終わるまで、傍観と拍手してれば~?」


「ぐぬううぅ~! たったいまおまえを抹殺リストに加えてやったぞ! 光栄に思え モブっ! この女教皇ハイプリーステスの両鎌で、ズタズタに引き裂いてやるっ!」


 ──ブロオオォオオンッ!


 ヴァンがコックピット内のアクセルを、怒りに任せてめいいっぱい踏んだ。

 大型車両の力強いエンジン音を鳴らしつつ、女教皇ハイプリーステスが前進開始。

 計八つのタイヤを備えた胴体が、一直線に地を進む。

 胸部から生えた前脚には、鋭利な刃物を内側に備えた巨大な鎌。

 後脚と翅がないことを除けば、その体躯はほぼほぼ実物の蟲──。

 機動部隊を率いるイッカたちの先輩、ギャンが叫ぶ。


「むぅ……ひとまず後退っ! 敵の出方を見るっ!」


「「「はっ!」」」


 ギャンのオートバイが先駆けて反転。

 部下三人もそれを追ってUターンし、間合いを稼ぎだす。

 イッカがギャンと並走しながら、具申。


「隊長、敵は金属製。銃も刃物も利かぬ様子。野砲の射線まで、このまま誘導してはっ!?」


「うむ、最善策だろう。しかし……不合格者の恨みつらみがあれほどとは、恐ろしいものだ」


「偽受験者を演じた隊長にそう言われるとは、同情の余地あり……ですね。ふふっ」


「うるさいっ! あの役回り、次の入團試験では絶対おまえにやらせるからなっ! だから……こんなところで死ぬなよっ!」


「……もちろんです。ふふっ」


 機動部隊隊長、ギャン・ダット。

 イッカたちの入團試験の際、年齢を誤魔化して偽受験者を演じ、カンニング発覚からの見苦しい泣き叫びで、受験者の平常心を乱しに掛かった。

 その様はイッカの世代全員が知るところで、戦姫團内では見苦しい大泣きを意味する「ギャン泣き」という造語が生まれている。

 そのことを思い出したギャン、湧き起こる恥じらいを抑えながらイッカへ指示。


「ともあれ、強敵出現の通信灯を」


「はいっ!」


 イッカが腰に提げていた発煙筒に火を着け、海とは逆の方向へ放る。

 発煙筒からもうもうと立ち上る黄色い煙は、強敵の出現地点を報せる合図。

 その煙が、ほぼ同時に三本、戦場に立った。


「……あれと同じのが、最低三機いるってことね。こちらの野砲は一基。重火器以外での倒しかたを見つけないと……」


 イッカは小さく舌打ちをしつつ、サイドミラーに映る女教皇ハイプリーステスを見、容姿から攻略法の分析を開始────。

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