第062話 視点

 ──カイトの視点。

 すなわち、頭髪……触角から得ている情報、映像。

 薄暗い一帯の中、サーモグラフィーのように人の姿が浮かび上がる。

 シーと六日見狐の存在は、暖色で描かれた人型。

 シーは両眼と左手の眼球が、真っ白な光を放っている。

 そして六日見狐は人間にはない耳と尾が、キツネ色で捉えられる。


「ほう? 助っ人は不思議な体つきですねぇ。さしずめ獣人……といったところでしょうか。ですが僕は、獣には興味ありませんので」


「儂もお主に興味持たれとうないっ! ……っと、ああそうじゃ。お主、メズという色白の美男子を知らぬか? 頭髪まで真っ白な、赤い目の男なのじゃが」


「ほーう、彼の知り合いですか? メズの交友関係も侮れませんねぇ」


「知っておるのかっ!?」


「彼ならばいまごろ、例の改修艦の中ですよ。爆撃機……とやらの細かい調整のために、連れていかれました」


「ぬううぅ……。日光が苦手なあやつを、洋上の日の下に晒す気かぁ~!」


「まあ、替えが利く設計者はいないようですから、彼を手荒く扱ったりはしないでしょうが。いずれにせよ、無事な再会は無理ですよ? ほら……ピイイイィッ!」


 カイトの指笛を合図に、壁の蛾たちが一斉に飛翔。

 大きな翅をばたつかせて、シーたちへとゆるやかに向かう。

 有毒生物の接近を察知した六日見狐の足を、獣の本能が一歩退かせた──。


「ぬう……『ギャラガ』0面プレーヤーの儂でも、あの蛾の群れには太刀打ちできそうにないのぉ。一旦お主らに任せたぞいっ!」


「にしししっ! そのツッコミ不在の日本ボケ、愛里氏を思い出すでしなっ! まあ、あちしらに任せるでしっ!」


 ──シーの視点。

 眼鏡を外し、真の眼力を開放したシーの瞳が得た情報。

 飛来する計八匹の毒蛾、そしてカイトの姿。

 うち焦点を毒蛾に絞り、意識を集中させて挙動、予想されるコースを洞察。

 シーの意識、視界の中で、蛾の飛来がスローモーションになる。


「せいっ……でしっ!」


 シーが正面へと突き出した左手、百々目鬼の単眼。

 右手から左手へと順に、蛾の頭部のみを狙って念動力を発する────。


 ──ビシッ、ビシッ、ビシッ、ビシッ!


 毒蛾の群れが右から左へと、黄土色の体液を撒き散らしながら頭部を潰される。

 その瞬間シーの目が、毒蛾の全身から一斉に飛散する毒毛針を視認。

 続けざまに、カイトの笑い声が辺りに響いた。


「ハーッハッハッハッ! その蛾は危機を察したり死んだりすると、全身の毒針が抜けるんですよ。風下のあなたたちが、どうさばくのか見ものですねぇ。クククッ!」


 挑発を受けたシー、至って涼しい表情。


「ふふん。ではその触角で、しかと見届けるでしっ……にっししししししっ! さあ頼んだでしよ……百々目鬼ちんっ!」


 ──ギンッ、ギンッ、ギンッ!


 シーの体に計三つある眼球が、大きく見開く。

 シーの裸眼が、宙を浮遊する長さ1ミリほどの毒毛針を捕捉。

 数千、数万にも及ぶ毒毛針を、限界まで研ぎ澄まされた視力で個々にロックオン。

 その情報がシーの脳から左手へと伝達され、百々目鬼の念動力が発動────。


「いくでしーっ!!!」


 宙に漂う毒毛針の先端が、百々目鬼の眼球へと向く。

 そして一斉に刺突を開始──。

 しかしそれらすべてを、百々目鬼が装着中のインナーグラスが遮断。

 一カ所に集められた毒毛針が一塊になって地え落ち、シーがそれを踏みつけて、ぐりぐりと地中に埋め込んでいく。


「にっしししし! このインナーグラスが、試作品の厚~い状態で助かったでし」


「なっ……!? まさか……毒針を自ら引き寄せただとっ!?」


「でしでし。さすがに一つ一つを撃ち落とすのは、無理でしからゆえ~。吸引する力を一カ所発生させて処理したでし。にしししっ!」


「なるほど……なるほどなるほど。視力に釣り合った頭を、お持ちのようですねぇ。でしたらこちらも、二陣三陣の波状攻撃で対抗しますよっ!」


 カイトが右手を口へと運ぶ。

 毒蛾の二陣、三陣を、左右の建物から呼び出す予兆。

 その動きを察した六日見狐、シーの背後で高々と跳躍────。


「させんのじゃっ! 毛針攻撃には、リモコン下駄でお返しじゃぞいっ!」


 六日見狐の体が空中で、瞬時に後方回転。

 同時に、履いていた高下駄一対が投擲される。

 カイトの視点──。


「むっ!?」


 宙を直進してくる、二つの投擲物。

 暗い一帯の中に浮かび上がる、「T」字状の初見の物体。

 わずかな空気の振動からその形状、スピードを把握したカイトは、指笛を中断。

 とっさに身を屈めて、頭部を狙ってきた高下駄をやりすごす。

 裸足で着地した六日見狐、稲荷社の狐像のように目を細めて高笑い。


「にょほほほほっ! お主の負けじゃ、虫男!」


「なにっ!?」


「わからぬか? 儂は下駄を放る際、親切に言うてやったぞ。リモコン下駄じゃと」


「リモ……コン? ですが……しかし…………ああっ!?」


 六日見狐の問い掛けに気づいた様子の、大きく口を開けたカイト。

 その正解は、人を食ったふうの笑みを浮かべたシーが答える。


「そうでし。……が、まだしてないんでしよ。百々目鬼ちんの念力で、宙に浮かばせたままでしからねぇ。にししししっ!」


 カイトの数メートル背後で、いまだ宙に浮いたままの高下駄一対。

 下僕獣同士の意思疎通が行わせた、無言の連係プレー。


「投擲物の落下音がしない……という不自然に気づかない、。すなわちおまえの視覚……触角の検知が及ぶ範囲は、人間の視界のままということになるんでしなぁ。後ろ髪がかくとして働くかどうかを試したんでしが、そこは大好きな昆虫とは違ったようで。お気の毒でし」


 尾角、一部の昆虫の尾付近に備わっている器官。

 ゴキブリは天敵から身を守るために後方の振動を検知し、カマキリはそれに加えて、捕食対象であるバッタやコオロギ等の足音を背後からも得ている。

 いま地面に死骸が散らばっている蛾の幼虫にも尾角を有するものがおり、特にスズメガの仲間の尾角は数センチにも及ぶケースがあるが、こちらの使途は研究段階。

 戦姫團が戦った蟲の統率個体・女帝エンプレスは、尾角を刺突武器として用い、愛里を苦戦させている────。


「ククッ……痛いところをつきますねぇ。そうです、僕の視界は昆虫の複眼と違い、人間のまま……。だからといってこの狭い路地で、僕の背後が取れますかねぇ?」


 カイト、今度は左手を口元へと運ぶ。

 そして右手を、腰の後方に提げていたホルスター……拳銃へと回す。

 刹那、カイトの背中に無数の投擲武器が刺さった。

 忍者が使用する投擲武器にして短剣の、ない


 ──ドッドッドッドッドッドッ!


「……ぐはあっ!」


 ──シーの視点。

 カイト後方のビルの屋上に、くノ一・アサギとその配下の忍者衆が映る。

 一族の頭目になるはずだったアサギの姉・サキを、カイトに毒殺されている。

 いまのシーの眼力は、アサギの唇の動きから、彼女が発している言葉を声のように読み取った。


「……姉さん。今度こそわたしの手で……カイトを討ちますっ!」

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