第064話 教皇 -HIEROPHANT-
工廠地帯西部。
廃材、火薬、燃料を厚い石壁の向こうに蓄えた、工廠の西端。
ガスカ社支社ビル、ひいては進水を控えた双胴空母が控えるドックへの道を守るのは、黄土色に塗装された機蟲・
発煙筒から発せられる黄色い煙を挟んで対峙するのは、重鎧兵を纏ったナホと、長銃を構えた砲兵数人。
砲兵の中には、戦姫團へとしっかり心を向けたディーナの姿もある。
信号用の煙が煙幕の役割を果たし、双方一時的に様子見。
戦姫團陣営は、機蟲と遭遇した際に生じた動揺を、この隙になんとか鎮めようと躍起────。
「ディーナ……いまの蟲っ! 機械の蟲っ! ねぇどうするっ!?」
厚い鎧越しにジタバタと暴れるナホ。
重鎧が胸元で両手を絡めて、細かい足踏みを見せる。
その両肩をディーナが背後から掴み、落ち着かせようと力を込めた。
「どうするもこうするも……進軍を邪魔する者は倒すだけですっ!」
「だからぁ、どうやって! あの装甲から見て、たぶん銃撃通用しないよっ!?」
「そ、それは……です……。隊長の野砲が来るまで牽制、足止め……です?」
「でもでもぉ! あいつきっと足止め用だから、それじゃあ思う壺なんじゃ……って、ああっ! そうだっ! 隊長っ!」
ナホがジタバタをピタリと止め、両拳を固く握った。
鎧の腕の関節が擦れ、ギリギリと鈍い音を立てた。
鎧の震えの収まりを受けて、ディーナがそっと両手を離す。
「隊長が……どうしたですか?」
「入團試験のゴーレムの中、隊長たちが入ってたよねっ?」
「は……はいです。わたし、隊長のゴーレムと戦ったです」
「わたしはゴーレムを思いっきり叩いて、中の先輩を衝撃で気絶させたの! あの機械の蟲も、中にだれか乗ってる! だからわたしが思いっきり殴りつければ、操縦者気絶させられるかもっ! 蟲じゃなくって、中の人と戦うって考えればよくない!?」
「おぉ! それは至極建設的な考えですっ!」
ナホとディーナの世代の入團試験。
ナホがいま纏っている重鎧の兵と一戦交える試験があった。
その際ナホは、強烈な打撃で衝撃を与え、重鎧内の女性兵を気絶させて攻略。
ディーナはモーニングスターの鉄球部を長い鎖で繋いだ即興の武器、「モーニングアンカー」を用いて、重鎧兵に設定されていた弱点をすべて破壊し、攻略。
いまこの場で、そのモーニングアンカーの鎖が地面と触れて音を立てる──。
──ジャラッ……!
「じゃあわたしは、ナホの接近をサポートするですっ! このモーニングアンカーで、ですっ!」
「お願いっ! 鎌の攻撃を押さえてくれれば、わたしが正面から突っ込むからっ!」
「任せるですっ! さあいよいよ……機械の蟲のお出ましですっ!」
──ブロロォオオォン!
薄まっていた信号灯の煙の向こうで鳴る、大型車両のエンジン音。
そこへサーッと潮風が吹き寄せてきて、辺りの視界を良好に戻した。
視界の向こうから、いまくっきりと
両前脚には、鎌の代わりに盾状の厚い鉄板を備えている。
それ以外は、いまイッカたちが交戦中の
少なくとも、ナホたちの目からは──。
──ブオンッ!
「はっ!? なんですっ!?」
空気が力で引き裂かれるような音。
機蟲の背後から高く宙へと飛んだ、なにか。
そのなにかが空中で回転しながら、放物線を描いて落下してくる──。
「危ないですっ! みんな伏せるですっ!」
測距の才能に優れるディーナが、とっさにチェーンを振って棘付き鉄球をそれへとぶつけた。
鉄球が宙でぶつかったもの。
それは、コンクリートを不規則に付着させた、錆びついた太い鉄骨。
ビル解体時に出たであろう廃材。
日本で言うところの産業廃棄物。
鉄球の衝突を受けて失速した鉄骨が、ディーナたちと機蟲の間に落下。
砕け散ったコンクリートの破片が、伏せていた砲兵たちの体にピシピシと当たる。
一瞬生じる静寂。
それをナホとディーナの悲鳴が破った────。
「とっ……投石器ぃ!?」
「とっ……投石器ですぅ!?」
投石器、その形状や大きさは様々。
シーソーの一方に石を積み、もう一方により重いものを乗せた勢いで投擲。
しならせた木材等に石を積み、しなりを解いた反動で投擲。
目の前の機蟲は、腹部……車両部分の屋根にスプーン状の巨大な投石器を搭載し、投石器が横になった際にバネが縮み、その反動で投擲する構造。
その操作をコックピット内で行っている。
──ブオンッ!
「来るです二投目っ! わたし間に合わないですっ!」
「じゃあわたしが……でええぇええいっ!」
次に放たれたのは、白いセメントで連結された複数のレンガの塊。
見るからにレンガ造りの建物の廃材。
今度はナホが、ギリギリまで引きつけてからパンチで粉砕──。
──ドゴッ……ンッ!
「いったああぁいっ!」
一塊になっていたレンガが拳を受けて分散し、四方へとばら撒かれる。
セメントとレンガの破片がナホの重鎧へと、カンカンと音を立ててぶつかった。
ナホは右手を手首からぷらぷら振って、痛みを宙へ飛ばそうとする。
「いたたたた……。あっちの世界で怪獣の頭殴ったときより痛いかもぉ……」
「ナ……ナホっ! 見るですっ!」
「ふえぇ……?」
慌てふためくディーナが指さす先────。
そこでは機蟲の中脚が伸び、向かって右手の石壁の向こうから廃材をつまみ上げ、投石器へと積んでいた。
「ディーナ……。そう言えばここ、廃材置き場だった……よね?」
「で、です……。ということはです……」
「敵の弾……無尽蔵ってことぉ!?」
「敵の弾……無尽蔵ってことですぅ!?」
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