教皇 -HIEROPHANT-
第068話 責任転嫁
──工廠地帯西側、機蟲・
「えーいっ!」
──ガゴオオオォンッ!
重鎧を纏ったナホによる、機蟲への激しいタックル。
しかし機蟲は、鎌の代わりに備え付けた鋼鉄の盾で、それを容易に防御。
弾き返されたナホは、腰を曲げた姿勢で後方へと飛び、激しく尻もち。
「いった~い! わたし、重鎧着て戦うたびに尻もちついてる気がする~っ!」
「ナホ、お尻さすってる暇ないですっ! 横へよけるですっ!」
「ふえぇ?」
ナホの遥か頭上に、一つの黒い点。
それが見る見る大きくなり、コンクリートの塊だと視認できる距離へ。
「きゃあっ!」
慌てて横転するナホ。
未舗装路にうっすら刻まれていた尻もちの跡へ、コンクリートの塊が深々と着弾。
──ドンッ!
一瞬の差で逃れたナホが、カニ歩きのような姿勢で恐る恐る後退。
ディーナの隣に並ぶ。
「ふええぇええっ! しっ……死ぬところでしたぁ!」
「ふむ……。あの投石器、距離も方向も、細かく調整できるみたいです。そして搭乗者は……わたしと同じくらい、測距の名人のようです」
「だったら……どうすればいいっ!?」
「瓦礫を補充してる中脚を破壊すれば、投石器は無力化できるですが……。ナホ、できそうです?」
「無理っ! あの盾、ただ厚いだけじゃなくって、手首に強力なバネがあるっぽい! こっちの体当たりを……そのまま跳ね返してきたっ!」
「……ですか。ではやはり、砲隊長の野砲が回ってくるのを待つです……んっ?」
──ガッ、ガッ……ガガッ……ガンッ!
投擲する瓦礫を補充するべく、壁向こうの瓦礫置き場へと中脚を伸ばした機蟲。
その中脚の先端が、壁向こうから戻ってこない。
金属が擦れる音、重い物が壁面にぶつかっている音が、断続的に鳴る。
中脚の関節がギリギリと軋みながら、掴んだ物をさも重そうに持ち上げる。
壁向こうから部分的に見えたそれは、白と黒の二色に塗装された鉄板────。
「えっ……? もしかして、あれって……」
「パトカーの……ドア……です?」
機蟲の中脚が吊り上げたのは、窓が割れたパトカーのドア。
その手前から細身の人影が一つ、華麗な跳躍で壁を飛び越えてきた。
「……おやおや、大切な警察車両がスクラップだ。クーデター一派に弁済してもらわねばな。ハハッ!」
松葉杖と両足先を揃えて着地したのは、白地の制服に身を包んだエルゼル。
半壊したパトカーに中脚を引っ掛けてしまった機蟲を見て、ニヤリと不敵な笑み。
「エルゼル様っ!?」
「エルゼル様ですっ!?」
「やあ、陸軍戦姫團の諸君。見ての通り、シモンジュ警察から借り受けたパトカーが、改国派に壊されてしまった。証人になってもらいたい」
キラッと歯を輝かせて、爽やかな笑顔で前髪を撫でてみせるエルゼル。
恐る恐る、ナホが返答──。
「えっと……。あのパトカーって、エルゼル様が壁にぶつけて壊して……。そもそもぶつかる前に、あちこち壊れてた……ような……」
「ハハハハッ、ナホは相変わらずの、ぼそぼそトークだな。よく聞こえなかった! 復唱願いたいッ!」
エルゼルが笑顔のままで松葉杖の上辺を取り去り、内部のゴムバンドを露呈。
右手の指の間には、腰のベルトに嵌め込んでいた鉄球を四個挟む。
ほんの一瞬にて、スリングショットの準備を完了。
いくら重鎧に覆われているナホとは言え、エルゼルの強力なスリングショットを頭部へ連投されれば、失神は免れない。
「い……いえっ! あの機械の蟲が、パトカーを壊すところ見ましたっ! 一部始終っ! 事細かにっ!」
「ご協力感謝するッ! 皆で証言が食い違わぬよう、話を合わせておいてくれッ! ハハハハッ!」
「「…………」」
パトカーを壊した罪を、エルゼルはまんまとクーデター派になすりつけた。
顎に手を添えてうんうんと一人納得するエルゼルに背を向けて、ナホとディーナはひそひそ話──。
「……エルゼル様、團長のときからキャラ変わってない?」
「例の愛里さんのこと、結構尊敬してたみたいです。それで会えなくなったいまになって、影響がでてきてるって……噂です」
「そう言えば……。車に乗ってきて蟲に掴ませるって発想、以前のエルゼル様じゃあできなかった……かも……」
エルゼルと愛里。
生真面目で規律を重視するエルゼルにとって、自由奔放に振る舞いつつ結果を出す愛里の存在は忌々しくもあったが、心の奥底では畏敬の念を抱いていた。
愛里との再会が恐らくもうないであろうこと、軍を退役したこと……もあって、エルゼルの言動の端々に、愛里の影響が伺えるようになっていた。
「……さて、ディーナ。きみのその珍妙な武器で、車体と蟲をしっかり繋いでくれ。瓦礫の投擲さえ封じれば、あれはただの障害物。焦って倒す必要もなかろう」
「は……はいですっ! んんんん……えーいですっ!」
長いチェーンで鉄球を投擲するディーナの武器、モーニングアンカー。
百発百中のその腕前で、機蟲の中脚の関節部と、パトカーの車体の端々をがっちりと繋ぎ止めた。
車両の重みで瓦礫……投石の補充ができなくなった機蟲・
エルゼルはその様を見ながら、脳裏に愛里のにやけ顔を思い浮かべた────。
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